私が30年にわたる半導体業界での経験の中で見聞きした業界用語とそれにまつわる思い出を絡ませたコラムをしばらく続けている。これはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。今回は「FAE(Field Application Engineer)」を取り上げてみたい。なお、これらはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。
日本AMDに集結した優秀なエンジニア集団、FAE
以前、このコラムでも取り上げたように、半導体ビジネスにとって営業と同じくらいに重要な役割を持つのが「FAE(Field Application Engineer)」である。
営業がカスタマーとの関係全体を統括するのに対し、FAEは自社の半導体製品(パーツ)のカスタマーの機器への「デザインイン」を推進することに注力する。FAEに期待される要件とは下記のようなものである。
- 自社の半導体製品の特徴をよく理解し、それを使うことによるカスタマー側のメリットを売りに営業と一緒にデザインインを推進する。カスタマーへの技術サポートを一手に引き受ける。
- それができるためには自社の半導体製品のみならず、カスタマー側の機器の設計構造をよく理解し、自社半導体製品をどう組み込むかに関する技術的な助言をする。それと同時に本社へ技術動向を報告し、開発エンジニアグループに対し次期製品などへの助言も行う。
こう並べてみるといかにも当たり前のような要件に見えるが実際には半導体とそれを使用した電子機器両方の知識を持ち合わせていなければならず、大変に高度な技術的知見が要求される。
私がAMDに入社した1986年前後では、当時のやり手日本支社長の方針でヘッドハンターを駆使して優秀なFAEを中途採用でリクルートしまくっていた。年齢が似通っていたせいもあり「同期入社」のような感覚でその中の何人かとは現在でも時々飲み会などを開くが、「よくもこれだけ優秀なエンジニアが集まったな」と感心するくらい誰もが逸材であった。
これらのFAEはほとんどが日本の大手電機メーカーの技術部門で働いていた若手のエンジニアである。しかし上記の要件をすべてのアプリケーション領域で満たすようなスーパーマンはさすがにいなくて、記憶装置・通信機器・オフィス機器などのエンド機器メーカーの設計エンジニアか、半導体メーカーでCPUの設計に携わった人たちなどいろいろと異なる経歴を持った個性派が集まっていて、アプリケーションの担当分野によってそれぞれの持ち場が決まっていた。
いわば寄せ集めスペシャリストの外国人部隊のような感じだが、皆が生き生きとしていたのはAMDというシリコンバレーの躍進企業に働いているという誇りと、外資系での新しい経験に対する物珍しさがあったからだと思う。その個性的なエンジニアの集団は、各々が技術には絶対の自信を持っているが、どうも日本企業文化にはフィットしないような規格外の人たちが多かったような印象を私は持っている。ほとんどのエンジニア達は最初は英語による本社のやり取りに大変苦労していた(中には米国大学出身のバイリンガルの猛者もいた)が、その辺は「若さとやる気と度胸」で皆短時間に乗り越えていった。
現在では高性能CPUと効率の良いソフトの組み合わせでほとんどのアプリケーションの要求は満たされるようになったので、FAEのような職業の要件はかなり変わってきていると思う。当時はある機能を高速に処理する専用ハードとしての半導体パーツを、多種多様なアプリケーションに売るというケースが多かった。その優れた機能をどんなアプリケーションに使えばカスタマーのエンド機器の価値が高められるかという問題を突き止めて、いち早くビジネスにつなげるのがFAEのメインの仕事であった。
当時のAMDの製品で、データの圧縮/伸張を高速に実行する「CEP(Compression Expansion Processor)」という製品などは私の記憶に強く残る例で、FAE達がカスタマーとのやり取りで一番フィットするアプリケーションを探した結果、当時はやりだしたFAXマシンにバカ売れしたことがあった。
またAMDがx86 CPUに方向転換する以前に注力していた高性能CPUの構築(CPUの中身を自社仕様に最適化するための機能ブロックパーツ)に必要なバイポーラの「ビットスライス」CPU製品などは、当時通産省が主導した「第5世代コンピューター」プロジェクトなどにも採用され、ここでも担当FAEが大活躍した。
個性的で頑固な愛すべき輩の集団、FAE
AMDに勤めなければ私が一生知り会えなかったであろうFAEたちは、エンジニアではない私にとっては一風変わった猛者たちの集団であったが、彼らには共通した傾向があったように思う。以下はあくまで私の個人的な観察であるが、私の目に映ったFAE達の共通した傾向とは次のようなものだった。
- かなりコアなエンジニアなので技術信奉は非常に強く、一本気な人たちが多かった。本社の人間の中で技術的に明るい人には大きな尊敬の念をもっているが、本当は技術のことは解かっていないくせにやたらと製品の利点ばかり強調するMBA系の本社マーケッターなどは徹底的に馬鹿にする。これは無理からぬことで、もともと技術集約的な業界なので、経理とか人事などの管理部門の人間以外は誰もがある程度は技術がわかっていないと仕事にならないが、その理解度は各部門によって異なっている。エンジニアリングとマーケティングは全く違う仕事であるが、それまで技術部門でしか仕事をしたことのないコアなエンジニアにとってはその違いに気が付くのには時間がかかる。特に「マーケティング」という概念がもともと存在しなかった日本の電機メーカーからいきなりマーケティングの発祥地である米国の企業に移籍した場合などはなおさらである。生粋のエンジニアにとってマーケティングは「まがい物」として映っていたのであろう。
- FAEグループは技術的信念を共有するエンジニア同志としての結束が固い。今から思い出すと笑ってしまう事件もあった。日本AMDのFAEグループは当時としては最先端のAppleのMacintosh(マッキントッシュ)を全員が使用していが、AMD本社のビジネス戦略がx86に傾いていって全社にWindowsを採用することになった。しかし、FAE達はx86より設計が優れていると言われるMotorolaのCPU、68000を搭載したAppleのマッキントッシュを使用し続け、最後まで本社の方針に頑強に抵抗したことがあった。これには最後に本社のFAEの統括VPが説得にあたって解決した。
- もともとは技術部でエンジニアリングの仕事をしていた人達が営業の最前線に出るわけだから、かなり抵抗がある人も出てくる。しかし最先端の半導体技術に関わっている事には大きな誇りと喜びを持っている。しまいにはFAEでスタートした人が本チャンの営業職に目覚めて自分の隠された才能を大きく開花させた人も何人も見たことがある。
繰り返しになるが、これらはエンジニアのバックグラウンドがない私の独断と偏見に満ちた見方である。今度再会した時にこのコラムを読んだ仲間が出てきて「お前は何にも解ってない」などと、とっちめられるのは覚悟しているが、AMDという職場で彼らに出会えたのは本当に幸せだったと思っている。