今回のお題は、パッシブ・レーダー。その名の通りに受信機しかないレーダーである。「それならESM(Electronic Support Measures)と何が違うのか」と思われそうでもある。第392回など、過去にも少し言及したことがあったが、ちょうど「陸上の電波兵器」という話題が進行中だから、もう少し詳しく書いてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
ESMとパッシブ・レーダーの違い
ESMは、「レーダー電波を出している誰かさんがいる」ことを知るための機器だ。電波を受信して、発信源の方位を割り出して、(ベースになるデータがあれば)発信源の種類を知るところまでが仕事となる。
ところがパッシブ・レーダーは用途が異なり、「受信した電波を反射している誰かさんの存在を知ること」が目的となる。しかし一般的なレーダーと異なり、自前の発信源は持っていない。では発信源はどうするのかというと、既存の電波発信源を使う。具体的にいうと、放送局や移動体通信の基地局だ。
例えば、移動体通信の基地局から出た電波が空中の何かに当たり、反射波が戻ってきたときに、それを受信して探知を成立させる。つまり、パッシブ・レーダーは生まれながらにして、送信機と受信機が別々の場所にあるバイスタティック探知だといえる。
放送局の送信機は数が少ないが、移動体通信の基地局は数が多い。それらをうまく活用できれば、いながらにしてマルチスタティック探知が可能になる理屈だ。もしかすると、ステルス機の探知に有用かも知れない、という考えが出てきても不思議はない。
そもそも、レーダー開発の端緒としてイギリスで1935年に実験が行われたときには、BBCの放送で使用する電波を発信源にしたそうだから、これはパッシブ・レーダーの源流といえる。もっともこの実験は、「電波が何かに当たって反射してくるので探知手段として使えることを立証する」ためのものであったのだが。
パッシブ・レーダーの製品事例としては、テレビ・ラジオの放送局を電波発信源として利用する、タレス製のHA100(Homeland Alerter 100)、ヘンゾルトのTwInvisがある。このほか、チェコ製のVERAシリーズや、中国のCETCインターナショナルが手掛けるDWL002もある。
パッシブ・レーダーの難しさ
理屈を聞くと「なあーんだ」となりそうなパッシブ・レーダーだが、実現するのは案外と難しい。
まず、既存の電波発信源を拝借するわけだから、既存の電波発信源がない場所では使えない。艦載型のパッシブ・レーダーなんていうものが存在しないのは当然の話。洋上にはテレビ局も移動体通信の基地局もないからだ。だから必然的に、パッシブ・レーダーは陸上に設置・運用することになる。
ただし陸上でも、拝借できそうな電波の発信源があるかどうかは場所による。どちらかというと、都市化が進んでいるエリアの方が、パッシブ・レーダーの利用に向いていそうではある。極端な話、サハラ砂漠のど真ん中に利用可能な電波発信源があるかというと、疑問だ。
そして、電波を受信しただけで探知が成立する、というほど単純な話ではない。アンテナと受信機を置いておけば電波の受信はできるが、受信した電波が発信源から直接入って来たものなのか、それとも空中の何かに反射してきた反射波なのか、その違いが分からないと意味がない。
パッシブ・レーダー構築におけるポイント
だから、パッシブ・レーダーを構築する際には、拝借する電波発信源の位置(入射方向)や、使用する電波の周波数などに関する正しい情報を持っている必要がある。これを基準チャネルと呼ぶ。これがあって初めて、反射波(こちらは監視チャネルと呼ぶ)を受信して、探知を成立させることができる。
そしてもちろん、微弱な反射波を探知できるアンテナや受信機、そして受信した電波の方位を割り出す能力や、ノイズの中から有用な情報を拾い出す能力がなければ、話は始まらない。
こうした課題があるため、受信した電波をデジタル化してコンピュータで処理する技術が進化したことと、パッシブ・レーダーの台頭には関連性があるといえそうだ。
なお、パッシブ・レーダーはパッシブ探知だから、単独では電波の入射方向しか分からない。しかし、拝借する電波発信源が出している電波の周波数と、実際に受信した電波の周波数を比較してドップラー・シフトを調べることで、反射源の移動速度を知る材料は得られそうだ。
また、受信する監視チャネルの方位変化率を割り出すこともできる。こうしてみると、パッシブ・レーダーとパッシブ・ソナーには似たところがあるともいえる。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。