第501回「艦載コンピュータ(5)ズムウォルト級のソフトウェアの実行環境」で取り上げた、ズムウォルト級駆逐艦のTSCE(Total Ship Computin Genvironment)は、艦も搭載システムもゼロ・ベースで設計し直したからこそ、実現できたもの。

すでにある艦に、後からさまざまなシステムを追加搭載していく流れでは、なかなか総合的・一元的なコンピューティング環境は実現できない。会社の情報システムでも同じだろう。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

つぎはぎ、建て増し、温泉旅館

すると何が起きるかというと、「建て増しに建て増しを重ねて、複雑怪奇な様相を呈した古い温泉旅館」みたいな情報システムが出来上がる。なぜかこの手の例えでは「温泉旅館」となるのが通例だが、理由はよく分からない。もちろん、温泉旅館の業界に対して特段の悪意はない。そこは御理解いただきたい。

それはそれとして。ハードウェアもオペレーティング・システムも異なる、さまざまなコンピュータ・システムが同じ艦内に同居しているのは、どうみても褒められた状況ではない。運用する側も大変だが、維持管理する側も大変だ。用途ごとにアプリケーション・ソフトウェアや周辺機器が変わるのは致し方ないが、共通化できるものは共通化したい。

ということで米海軍が打ち出したプログラムが、CANES(Consolidated Afloat Networks and Enterprise Services)だった。もちろん経済学とは何の関係もない。CANESについては第36回「軍艦・海戦とIT (2) 艦内ネットワークの整理統合」(今回が第504回なので、はるか昔のことになる)で簡単に触れたことがあったが、その後の状況の変化もあるので、改めて取り上げてみることにする。

単一の物理ネットワークに複数の論理ネットワークを構築

CANESという名称を日本語訳すると「統合された艦上ネットワークと業務サービス」という意味になる。「艦上ネットワーク」とは、コンピュータやネットワーク機器といったハードウェアを指している。一方、「業務サービス」とは、そこで動作する各種のソフトウェアや、それによって実現する機能を指している。

コンピュータ機器は、共通コンピューティング環境(CCE : Common Computing Environment)という名称の下、基本的に同一形式のコンピュータに集約する。コンピュータの機種統一・共通化が実現すれば、ソフトウェアの実行環境も統一・共通化できる。これらは結果として、調達・維持管理・構成管理のシンプル化につながる。

CANESの大きな特徴は、単一の物理ネットワーク上に、セキュリティ区分が異なる複数の論理ネットワークを構築する点。対象となるセキュリティ・レベルは4種類(Top Secret, Secret, Secret Releasable, Unclassified)。

ハード的には単一のネットワークでも、実際にそれを利用するユーザーからは、各々が許可された部分しか見えない。分かりやすい例でいうと、一般事務系と、戦闘指揮系や情報系は別々にしなければならない。

  • 「つぎはぎ建て増しのグチャグチャ」を整理統合するのがCANESの狙い 引用:US Navy

CANESでできること

CANESではデータのやりとりだけでなく、電子メール、チャット、ビデオ会議、音声通話といった機能も単一のネットワーク上にまとめている。もちろん、音声通話はVoIP(Voice over Internet Protocol)を使う。

その土台は、艦内ネットワークの基幹網となるTCP/IPネットワーク・ISNS(Integrated Shipboard Network System)で、要するにイントラネットである。そこに、まず機微な情報を扱う「区画化」されたネットワーク・SCI(Sensitive Compartmented Information)を構築。さまざまな機能を統合していく。その顔ぶれは以下の通り。

CENTRIXS-M(Combined Enterprise Regional Information Exchange System - Maritime)

米海軍だけでなく同盟国との情報交換にも使える、情報共有のためのネットワーク。

SubLAN(Submarine Local Area Networks)

その名の通り、潜水艦の艦内ネットワーク。

GCCS-M(Global Command and Control System-Maritime)

GCCSは米軍が展開している全軍規模の指揮統制システムで、そのうち海軍向けのパートがGCCS-M。

NTCSS(Navy Tactical Command Support System)

これは、海軍独自の戦術指揮支援システム。

VIXS(Video Information Exchange System)

VIXSはその名の通り、ビデオ会議を行うためのネットワークである。 ちなみに米海軍はCANESの導入目標として、「セキュアな艦上ネットワークの構築」「コンピュータ環境の整理統合とクロスドメイン環境の熟成」「情報インフラのフットプリント縮小」「信頼性・安全性・相互運用性の改善と、戦闘員の要求に適うアプリケーションのホスティング」を掲げている。

  • CANES実現のためのロードマップ。上にある “FY” はFiscal Year、つまり会計年度 引用:US Navy

CANESの開発・導入経緯

CANESの構想が持ち上がり、メーカーに対して提案要求を発出した結果、ノースロップ・グラマン社とロッキード・マーティン社の2チームが競合することになった。

そしてノースロップ・グラマンの採用が決まったのが2012年2月のこと。同年9~10月にかけて、運用評価試験部門によるラボ試験を実施した。この結果を受けて、同年12月14日に低率初期生産(LRIP : Low Rate Initial Production)への移行が決まった。

CANES導入の一番手は、アーレイ・バーク級駆逐艦のミリアス(DDG-69)で、2012年12月から18ヶ月間の予定で導入改修を実施した。それに続いて2014年6月に、初期運用評価試験(IOT&E : Initial Operational Test and Evaluation)を実施した。ちなみにこの艦、現在は横須賀に前方展開配備されているから日本では馴染み深い。

  • CANESを最初に導入した「ミリアス」。写真は横須賀に到着したときのもの 写真:US Navy

また、空母でCANES導入の一番手となったのが、ジョン・C・ステニス(CVN-74)。横須賀に前方展開配備されているロナルド・レーガン(CVN-76)もまた、CANESは導入済み。中には、マッキャンベル(DDG-85)のように、横須賀基地で定期修理を実施した際にCANESを導入した事例もある。

面白いことに(?)、最新鋭空母のジェラルド R.フォード(CVN-78)について2022年11月に、CANES導入に関する1,021万ドルの修正契約が発注されている。

CANESの話が出た後で建造した新鋭艦が、当初にCANESと無縁の状態で建造されたとは考えにくいから、システムの更新あるいは追加があったのだろうか。CANESのハードやソフトは、当初のものからさらに改良されているだろうし。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載が『F-35とステルス技術』として書籍化された。