戦闘機の分野では、実機に搭載するレーダー、電子戦システム、コンピュータなどのミッション・システム一式を、事前に別の飛行機(FTB : Flying test Bed)に載せて飛行試験に供する手法が一般的になっている。連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」の第300回「アビオニクスの試験施設と試験機」で取り上げたことがあるF-35のミッション・システム試験機「CATBird」がその典型例だ。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
イージス戦闘システムを設置した試験施設
これは、戦闘機のミッション・システムが統合化されたシステムの集合体になり、複雑化してきたため、実運用環境下と同じ状況でテストすることの重要性が認識されたわけだ。そこで、実機と同じ位置にアンテナを配置したFTBを用意して、実機と同じ環境を再現してテストして、いじめる。
ところが、これは戦闘機に限った話ではなく、水上戦闘艦のミッション・システムでも似たような話が増えている。つまり、実艦に載せるのと同じセンサーやコンピュータなどを設置する陸上試験施設を用意するわけだ。
その典型例が、これも第280回「イージス艦の聖地『ムーアズタウン』に行ってきた」で取り上げたことがある、イージス戦闘システム用の試験施設「CSEDS(Combat Systems Engineering Development Site)」。実艦に載せるのと同じフェーズド・アレイ・レーダーを2面とコンピュータ機器、ミサイル誘導用イルミネータなどを備え付けた建屋は、施設の外からでも見える。
CSEDSにはミサイル発射機はないから、スタンダード・ミサイルの実射試験はできない。どのみち、民有地に囲まれた場所にあるので、そんなところで実射なんてされたら社会の迷惑だ。しかし、センサーやコンピュータに関わる部分、つまり探知・捕捉・追尾・データ処理の試験はできる。
なぜテストベッドが必要か
イージス戦闘システムに限らず、他の艦でも同じように陸上試験施設を用意して、戦闘システムの構築・試験・評価を事前に実施しておく事例はいろいろある。
陸上試験施設(land-based test site)と呼ぶことが多いが、システム構築のための拠点ということで、SIL(System Integration Laboratory)と呼ぶこともある。
さまざまな情報システムの開発・構築に携わった経験がある方ならお分かりの通り、この手のシステムは事前にしっかりテストして、いじめておかないと、いざ本稼働となってからトラブルを出すことになりやすい。その作業を、実艦ができる前に済ませておくのが、こうした陸上試験施設の主な用途となる。
直近の事例では、英海軍向けの新型フリゲート・31形に搭載する指揮管制システムの試験施設を、イギリスのポーツマスに設置することになった。予定建造隻数は5隻だが、タレス製のシステムは6セットを用意して、うち1セットを陸上試験施設に常設する。
イージス戦闘システムのテストベッドは試験艦にも
実は、イージス戦闘システムのテストベッドはCSEDSだけではなかった。すでに廃艦になっているが、かつては「ノートン・サウンド」(AVM-1)という試験艦があった。こちらもCSEDSと同様に、AN/SPY-1Aレーダーを2面、それとイージス戦闘システムを構成する機材一式を積み込んでいた。
ただしこの艦、イージス戦闘システムの試験を行うために新造したわけではない。いくらアメリカ海軍でも、そこまで豪気な真似はできなかったようで、1945年1月8日(第二次世界大戦中!)に就役した水上機母艦(AV-11)のなれの果てだ。
もともとの用途の関係から艦型が相応に大きく(1万トンぐらいある)、艦内に十分なスペースがとれるというあたりが、本艦が試験艦に転用された理由だろうか。
実はこの艦、テリア艦対空ミサイル・システム、54口径127mm艦載砲(後のMk.45)とMk.86射撃指揮システム、そしてイージス戦闘システムの前に構想倒れに終わったタイフォン対空戦闘システムの試験にも使われた。1973年にイージス戦闘システムの試験に転用されたが、CSEDSと違ってミサイル発射機も載せたので、洋上に出ればミサイルの実射もできる。
海上自衛隊は試験艦「あすか」を新造
この手の試験艦は、我が国にもある。それが試験艦「あすか」だが、こちらはなんと新造艦で、1995年3月に就役した。一見したところでは護衛艦に似たシルエットだが、鋭く突き出たステム(艦首)と、艦橋構造物の上に載っているレーダー用の構造物が特徴。
フネだから、沖に出て実運用環境に近い試験ができる。招かざる覗き屋が寄ってこないように、注意しないといけないだろうけれど。
ステムの形状は、水線下に大きなソナーを備え付けたことと関係がある。普通に穏やかな形のステムにしたのでは、揚投錨時に錨がソナー・ドームにぶつかってしまうというので、こうしたらしい。
レーダー用の構造物は、FCS-3レーダーを取り付けてテストするためのもの。そして、本艦でテストしたさまざまな装備が、後に実用品になっている。
こういう用途の関係で、試験艦は搭載装備が変化する。「あすか」が横須賀の基地にいるときには「軍港めぐり」の船から姿を見られる(こともある)から、変化を眺めてみるのも面白い。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載が『F-35とステルス技術』として書籍化された。