最近、仕事が手につかない時には必ず陥るパターンがあるということに気づいたのです。

佐々木 堀さんにもそういうことってあるんですね?

もちろん、しょっちゅうあります(笑)。そこから復帰するのがまた一つのゲームのようで楽しいのです。さてその流れというのが、大体において、

1.難しい、あるいは時間のかかる仕事に直面している
2.「いまそれをするのは無理だ!」という気持ちがわきおこって、雑用のような目先の小さな仕事を始める
3.目先の雑用をやっている自分に対して嫌気がさして、その雑用も中途半端になる
4.すると、雑用もできない、重要な仕事もできないという二律背反が生じてしまう

こうした流れで最終的には無気力な状態になったところで、はっと気づくということが多いのです。

佐々木 仕事の先送りのよくあるパターンみたいですが、雑用でも仕事がどこかでは進んでいるからよいというわけではなさそうですね。

雑用はまるで魔法のように無限に生み出すことができるんですよね。僕の仕事の場合、仕事をするうえで便利なプログラムを書いてみたり、論文の整理をしてみたり、それ自体は確かに仕事に関係しているのかもしれませんが、本質的なところでは足踏みをしているに過ぎないタスクをその気になればいくらでも作れます。でもそれでは罪悪感ばかりが増してゆく...。

こうしたパターンを僕は「ダブルバインドの罠」と勝手に呼んでいて、仕事をしているときの典型的な敵としていつも注意するようにしています。でも意図せずしてこの罠に誘い込まれていて、気づいたときにはぐったりと無気力になっているということもよくあるんです。

大事な仕事に背を向けたまま、時間が過ぎるのを待っているとき、問題は「やる気」ではなくて、心にわき起こっている「負の感情」の可能性がある

佐々木 こうしたときによく利用される、「とりあえず5分だけやってみる」というハックは試されましたか? 壁のようにたちはだかるタスクも、5分だけやってみると初速がついて波に乗れることがありますが。

よく試します。で、成功率は僕の場合3-4割というところでしょうか。自分でもわかっているのですが、2のステップの「無理だ!」という感情自体が不合理なんですよね。だからこの感情の機先を制することができたらいいのに、とよく思うのです。佐々木さん何かアドバイスありませんか?

佐々木 私がやっているテクニックに、手帳に「無理だ」と書いてしまうというのがあります。堀さんならモレスキン手帳にそれを書いてみるのがいいかもしれません。

「無理だ」って書いてしまう? 白旗上げてしまうんですね…(笑)。

佐々木 そうですね。でもただ「無理」と書くだけではなくて、「なぜ○○をやりたくないのか?」という疑問を自分に尋ねて、心の中で答えを出してから脱線するなら脱線するというのが、このテクニックの重要なポイントです。

心に対して問いかけをしてから単に脱線するのと、そうした1行を手帳に書いてからとでは、どんな違いがあるのでしょう?

佐々木 実際に仕事に取りかかるときの感情を作ることと関係してるんです。たとえば「本の原稿を書きたい」と「やる気」を出してタスクリストにそれを加えたとします。この瞬間には確かにやる気があったのでしょうけれども、5時間後に実際に原稿にとりかかるときにその同じ感情が残っているとは限りません。むしろ消えてしまっていることの方が自然でしょう。

なるほど、当初のやる気は消えてしまって、そこには「やるべきこと」だけが残っているわけですね…。

佐々木 多くの人はそこで、「書きたい」という感情がもう一度やってきてからでないと、書けないと思いがちです。しかし、感情は一瞬では形成されないんですね。「原稿を書く」というタスクを見る時間はとても短いのですが、「書きたい」という感情を再現するにはもっと時間がかかります。なので紙に書いて自問することで時間を稼ぎます。その答えを探しているうちに、感情は少しずつ形成されてきます。

別の雑用や、ネットサーフィン、Twitterに逃げ出すのは一瞬で済みますが、そこにあえて「やる気のない自分」を抱擁する時間を与えてあげる、と。

手帳に「なぜいまそのタスクができないのか」をあえて書いてしまう。書いている時間が時間稼ぎであり、葛藤を生み出すことで感情が仕事に向き合うように変わってゆく

佐々木 実際に「やるべきこと」を前にして、それをやらない言い訳を作るのは難しいと思うのです。「なぜ今やりたくないのか」という答えを探すうちに、心の中で葛藤が起こり、葛藤が起こるとやりたくない気持ちに対抗してやりたい気持ちも高まってきます。この瞬間が、難しい仕事の波に乗るタイミングなんです。

仮面ライダーだって変身に時間がかかるのですから、「やる気」を出した自分に変身するまでにも、一つの流れが必要なんですね。いまちょうど難しい仕事がばんばんやってきているところですので、このテクニックには大いにお世話になると思います。ありがとうございます!

編集後記

「やる気」というと、何か瞬間的に生まれるものだと考えたり、あるいはいつも「やる気」にあふれたスーパーマンがいるように思ったりしがちですが、むしろシャボン玉のように生み出されては簡単に消えてゆくものだという方が正確なのだと言えそうです。

この対談の後、さっそく「難しい仕事」を前にして5分だけかけて手帳を1ページ埋めてみるということをしてみました。モレスキン手帳を1ページ埋めるというのは簡単にみえてそれなりに手間がかかる作業です。そこをあえて「5分で1ページ」という枠を決めて、「いま自分は逃げ出したくなっているが、それはなぜなのか」という感情をインプットしてみるわけです。

この手法を使ってみて感じたのは、心の声に耳を傾けることで、仕事が単なる手続きではなく、不思議と感情的な熱いものに変貌したことです。ともすれば私たちは機械かなにかのように、感情を交えることなく、ただ仕事をこなすだけの存在になりがちですが、心の声を注入することで「やる気」だけではなく、仕事への熱情もかきたてられるのはよいことに思えます。ぜひみなさんもお試しください。

佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト

「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。

ブログ「ライフハックス心理学」を主宰

堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者

1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。「ブログ Lifehacking.jp 」を主宰