小売業界を取り巻く環境は、大きく変化している。国内人口の減少による市場縮小や消費形態の変化を背景に、業界間の競争も激しさが増している。百貨店各社でも、店舗の増床、リニューアルや専門店の取り込みなどさまざまな改革に着手している。
大丸松坂屋百貨店が、新たな業務改革の一環としてiPadを導入し外商営業担当に配付したのは2014年春のことだ。
百貨店には、店舗の売場だけでなく、個別に顧客宅を訪問して販売する外商営業担当がいるのをご存じだろうか。iPad導入を推進してきたお得意様営業企画部の吉川龍一氏は、外商は日本の百貨店独自の販売形態と語る。
「各百貨店は『お得意様』をもっており、そのご自宅を訪問して行う商売が外商です。古くは呉服屋の販売形態を起源にしており、美術品や宝飾品をお持ちしてご自宅でご購入頂いていた流れが残っていて、お店に置いていないような高価な品物などを見ていただくこともあります」(吉川氏)
時代の流れに対応しモバイルデバイスの導入を検討
iPad導入のきっかけは、「時代の流れに沿って、モバイルデバイスの導入を!」という経営層からの鶴の一声だった。そこで、「ここ数年、弊社の成長戦略の柱に位置付けられている外商営業担当へiPad配付を決めました。顧客訪問で外出する時間の長い外商担当の業務効率化とスキル向上によるお客様サービス促進を目的に導入をスタートしました」(吉川氏)
外商歴13年、150名もの顧客を担当している谷田部一浩氏はこう語る。
「会話の中からお客様のニーズを顕在化し、ご希望に沿う商品をご提案するのが外商担当の仕事です。百貨店で扱っている商品はもちろん、百貨店に無い商品でも探し出してお客様へお届けします。取扱い商品がとにかく多いのが特徴で、膨大な商品知識を頭に入れておく必要がありますが、実際はなかなか難しいものです。iPadを配付され、すぐに営業スタイルを変える可能性があるツールだと感じました」(谷田部氏)
iPad導入前は、顧客の漠然とした「こんなものが欲しい」というニーズを時間をかけてヒアリングしながら少しずつ具体化していた。おおよそのイメージがつかめたら、いったん売り場に戻って該当の商品を探し出し、再び顧客宅を訪問する。
「この色で何センチくらいのバックが欲しい、などお客様のご要望が明確であれば、すぐに商品が絞り込めるのですが、例えば『今度の入学式に使うバックが欲しい』となると、お客様のニーズををうまく聞き出せるようなコミュニケーションができなければ、なかなかお望みのものに合致せず再訪を繰り返すことになります」(谷田部氏)
iPad活用で顧客ニーズの掘り起こしが容易に
「お客様と画像イメージを共有できることが、これほど営業ツールとして力があるとは驚きでした」と谷田部氏は語る。
例えば「明るい感じの色」という表現からイメージする色は人によってさまざまだが、iPadがあれば実際の商品画像で「こんな感じですか?」と具体的なイメージを提示して顧客に確認してもらえる。
「お客様もぼんやりとしたイメージが、画像をお見せすることで『そうそう!それで、もっと大きいカタチで……』と一気にニーズが顕在化し、次々ご要望がでてきます」(谷田部氏)
百貨店から商品を持ち出すには、伝票作成やマネージャーの承認印をもらうなどの手間がかかる。また、絵画などの大きな商品や高額商品も多いため、持ち出し方法にも気を遣うなど、業務を圧迫していた。そこで、iPadのカメラ機能で商品を写真に撮って、顧客宅へ持参する。最初にイメージを見せて顧客の欲しいものが具体的に絞り込めることで、商品の持ち出し数や回数は最小限で済むようになり、効率的な運用が可能になったという。画像を共有するコミュニケーション方法により、顧客へのレスポンスは格段に早まった。
「1回目のご訪問で成約まで進む確率が上がり、商品を探したり、店舗と顧客宅を往復する時間が減って、より多くの時間をお客様対応に充てられるようになりました」(谷田部氏)
このほか、顧客の服装をiPadに収め、売り場担当者に見せる方法も検討中だという。
「商品準備の際は、各店舗の専門販売員にも相談して検討しますが、販売員はお客様のイメージが分からないのでなかなか的確なアドバイスができない部分もありました」(谷田部氏)
顧客のイメージが画像で分かれば、具体的なアドバイスが可能になる。「この雰囲気の方であれば、こちらがお好みかもしれません。こちらもお似合いだと思います」と販売員も具体的なスタイリングが可能になり、より顧客の好みの商品を提供できると期待が高まる。
カタログはビジュアモール スマートカタログに格納
かつては、顧客に提案するカタログは、紙の冊子やチラシだった。事務所に積み上げられた多数のチラシから、訪問先によって必要そうなチラシを選んで持参していくが、「商談の流れで出てきた商品のチラシを持参していないため、その場でご案内できず再訪することもよくありました」(谷田部氏)。
そこで、ソフトバンクテレコムの「ビジュアモール スマートカタログ」(以下、スマカタ)を活用してすべてのカタログを電子化し、iPad上で閲覧できるようにした。スマカタは、Microsoft Officeドキュメントや動画、音声などの素材をコンテンツとしてクラウド上で一括共有管理し、タブレットやスマートフォン、PCでセキュアに共有できるクラウドサービスだ。
外商用の商品は希少な商材や限定品も多く、変更や差替えも多い。管理者は、チラシの管理や更新に苦心していたという。チラシをスマカタに保管することで、管理者の負担は一気に軽減したと語るのは、iPad導入時に研修なども指導した石橋春奈氏だ。
「スマカタは、Microsoft Officeで作成した資料をPDF化する際に、自動で表示崩れのない最適なカタログに変換してくれるため、電子カタログ化する作業も簡単です。変更や削除が発生した際も、管理画面で差替えファイルを更新するだけで、すべての外商担当がリアルタイムで最新版のチラシを活用できるので古い内容を誤ってご案内するリスクがなくなり安心です」
顧客との商談に集中できる体制支援を強化
今後は、iPadからオフィスのPCへ仮想デスクトップを使った接続により、グループウェアや顧客情報システムの閲覧、SFAの登録閲覧も可能になる予定だ。
「これまで、手帳に手書きのメモに残したり記憶に頼っていた内容が、データ化される意義は大きいです。商談は、『去年買ったあれに、この商品は合うかしら?』という形で進むことも多く、過去の商談履歴があるのはとても助かります。最近どんなものを買われていたか、記念日はいつか……。また営業担当が変わってもお客様の詳細な情報を引き継げるので、サービスの質を落とさずに対応できるようになります」(谷田部氏)
同社の目標は、「外商担当1人1人がマーケッターになる」ことだ。
「各担当者の属人的な記憶や感性だけに頼る従来の方法に、ITツールを取り入れることで、データ分析に基づいたレベルの高い提案やサービスが可能になると期待しています」(石橋氏)