経済産業省が公表した「DXレポート」で「2025年の崖」の問題提起から3年。レガシーシステムの刷新やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を迫られる中、企業はいまだモダナイゼーションに対して多くの課題を抱えています。

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本連載最後となる今回は、激変するビジネス環境の中で競争に勝ち抜き、ビジネスを加速させるハイブリッドクラウド環境における事業継続計画(BCP:Business Continuity Planning)の強化とレジリエンスの高め方をご紹介します。

企業のITダウンタイムにより、原因となった理由を問わず、障害から復旧までの時間に加え、経済的な損失が発生します。Gartner社によると、ITダウンタイムの平均コストは1分あたり平均60万円(5,600ドル)程度ですが、中には1時間あたり約6000万円(54万米ドル)に上る場合もあります。

感染拡大により、ビジネスリーダーやCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)はリスクへの危機感を高めています。在宅勤務がすでに導入されている組織では、在宅勤務導入の対応に追われている企業より、戦略的に事業を推進し、業績を高めることができているようです。

テレワークを導入している企業の良い例としては、単にシステムへのアクセスを確保するだけではなく、従業員が生産性を維持し、イノベーションを起こし続けられるようにすることに重点が置かれていることが挙げられます。しかし、これをうまく実行できるかについては、全く別の問題です。

BCP策定の壁

第一の懸念事項はコストです。工夫を凝らさないと高額になる可能性があります。また、セキュリティの確保、テレワークに伴うリスク管理の強化も計画策定の課題です。

これらの懸念事項が増えれば増えるほど、計画を妨げる障壁となります。そして、多くの企業では、DR(Disaster Recovery:災害復旧)計画の重要性を認識しているにもかかわらず、計画を立ていない、あるいは、計画はあっても訓練が行われておらず、防災ヘルメットに埃がかぶっているような状況にあります。BCP対策においては、定期的な訓練を行うことが重要です。

企業がハイブリッド・マルチクラウド環境を採用するようになると、さまざまな要素を考慮しなければなりません。クラウドへの完全移行は、多くの企業にとって両刃の剣です。オンプレミス、パブリッククラウド、プライベートクラウドを組み合わせた運用で柔軟性を高めることができる一方、このような複雑な環境は、ダウンタイムのリスクを高めてしまう可能性もあります。

リスク管理の観点では、パブリッククラウドとオンプレミスのデータセンターの違いに注意する必要があります。データセンターはインフラストラクチャのレジリエンス(回復力)に依存していますが、パブリッククラウドは個々のアプリケーションのレジリエンスに依存しています。単純にデータセンターをクラウド移行すれば、すべて解決すると考えるのではなく、この違いを理解した上で、BCP対策を考えることが重要です。

負荷の軽減により、ビジネスに本当に必要な対策に注力

何千ものアプリケーションが実行されている大企業では管理負荷を軽減する必要があります。アプリケーションをモダナイズする手法の1つとして、一枚岩のようなシステムを分解し、マイクロサービスで複数のリージョンで相互に通信できるようにする方法があります。

もしくは、数年分のデータ移行とコストを回避する、より現実的な選択肢として、クラウド管理技術を使い、オンプレミスレベルの回復力をパブリッククラウドで実現することです。これにより、アプリケーションのリファクタリングや再構築をすることなく、アプリケーションのリフト&シフトが可能です。

また、ハイブリッド・マルチクラウド環境では、クラウドのバックアップ機能は耐障害性の向上に欠かせませんが、起こりえる障害シナリオを想定し、計画し続ける必要があります。実際に、DR対策における企業のニーズとしては、データセンター設計の割合は比較的少なく、アプリケーションまたは人為的なミスや失敗による課題が多く挙げられています。

さまざまな障害のシナリオを想定し、業務ごとに本当に必要な復旧時の優先事項を明確化し、クラウドの俊敏性をどのように活用できるかを把握した上で、見合った対策を講じることが迅速にビジネスを立ち直らせる鍵となります。

ディザスタリカバリの自動化

セキュリティがIT部門だけの責任であってはならないように、DRも専門知識を持った少数の人員に頼らずに実現できるものでなければなりません。従来のシステムとモダナイズされたシステムの違いは、自動化というメリットをどう活用しているかです。どれだけ人が管理する手間を削減し、システム機能で管理できるかが重要です。

例えば、レプリケーションとバックアップなどのアクションをプログラム化することで、時間を節約できるだけでなく、限られたIT専門家だけが対応する必要性もなくなります。そのため、DRシステムを構築する際は、個々のアプリケーションではなく、自動化に目を向け、手作業による復旧の必要性や災害時の意思決定・承認プロセスを排除することが重要です。

例えば、2018年の大阪府北部地震や新型コロナウイルスの感染拡大を経験した大阪府高槻市では、罹災証明書の発行や緊急時における職員の業務継続性の確保のために、BCP対策が不可欠という意識が高まっていたことから、将来的な拡張性の確保やDR対策に重きを置いていました。

拡張性のある、クラウドマネージメントプラットフォームを導入することにより、これまでLTO(Linear Tape-Open)テープに書き出して遠隔地で保管していたプロセスを、DRサイトの構築で排除し、職員が1クリックするだけでDRサイトから復旧できるようになりました。

異動によってITに詳しくない職員が配属される可能性もある地方自治体において、専門知識がなくても運用できるシンプルな環境構築の価値は明らかであり、これはDR対策だけでなく、通常の業務においても大切です。

また、コストやリスク管理においても、ハイブリッド・マルチクラウド環境におけるDRに対するサービスはメリットをもたらします。

多くの企業にとって予備のデータセンターを丸ごと構築することは難しいため、クラウドの弾力性を活用することで、テストのためにアプリケーションを起動したり、実際の災害時にアプリケーションを停止したりすることができます。アプリケーションをいつ、どこに配備するか、また保護や分散レベルを柔軟に選択できることは、危機的状況下で企業にとってメリットとなります。

クラウドの活用は、事業継続のために重要な役割を果たしますが、最終的なゴールではなく、あくまで運用方法の一例であることを忘れてはなりません。これは、パブリッククラウド、ハイブリッドクラウド、マルチクラウド環境、そして自社の壁の中で完結するオンプレミスやプライベートクラウドのどの場合でも同様です。

この連載では、真のハイブリッド・マルチクラウド、ハイパーコンバージドインフラストラクチャの役割、自動化の真価、サイバー攻撃からビジネスを守る方法、BCPの強化とレジリエンスの高め方について、ご説明しました。

しかし、これらはすべてパズルの一部であり、組織を長期的な成功に導くためのヒントの一端に過ぎません。常に客観的な視点から、自分たちが目指すビジネスの目標を見直すことが大切です。それは、業績、応答性の向上による顧客ロイヤリティの強化、顧客満足度の向上、市場参入までの時間短縮、企業の成長させるビジネスアジリティの向上、もしくはこの全てかもしれません。

クラウドは、その実現を支援してくれますが、そのためには技術面と人材を考慮したうえで、必要なインフラのあり方を見極め、システムを個別に見るのではなく、全体像に目を向けることが重要です。これにより、自社のレジリエンスを高め、変化する環境で勝ち抜くためのビジネス変革、成功の実現に一歩近づくことができるでしょう。