AIが急速にビジネス環境に浸透する中で、AIと人間との役割分担に関する議論が増えています。「ルーチンワークはAIに任せてしまって、人間はより白黒はっきりしないような判断を行う仕事をすべきだ」という意見が大勢ではないでしょうか。たしかにそうかもしれませんが、ここに矛盾があります。本稿では、AI時代にこそ、あえて"無駄"に見える泥臭い経験が必要な理由を述べたいと思います。

スキルとセンスはどう違う?

筆者がこの2年くらい悩んでいたことがあります。それはリーダーシップについてです。長年、リーダーシップはスキルであり、後天的なことで努力すれば身に着けられる、という立場でした。しかし、スキル以外のこともあるよなと、もやもやしていたのです。

その後、書籍『センスは知識から始まる』(朝日新聞出版 著者:水野学)と楠木建教授の講演内容から、センスという考え方を取り入れることですっきりしました。リーダーシップのみならず、仕事のすべてにスキルとセンスが必要だということです。日々の業務でリーダーシップを発揮するのは、人の管理を含めて状況の判断が難しい場面が多いからです。

スキルとは測れるもので、学習と訓練によって誰もが習得・向上させることができ、他人に教えられる「目に見える能力」です。一方でセンスは測れないもので、蓄積された経験や洞察に基づき、白黒はっきりしない複雑な状況下で最適解を瞬時に見出す「感覚的な能力」です。

どちらも知識と経験によって身に付きますが、スキルの先にセンスがあります。センスは特に、失敗からフィードバックを得て学ぶ必要ありです。白と黒を経験から知るということです。ですから、まずはスキルを身に着ける必要があるのです。

生成AIの登場で生まれる「スキルの空洞化」

冒頭の何が矛盾なのかというと、人間が生き残るために必要なセンスは、AIが置き換える仕事のスキルがないと身に付かないということです。スキルは測れることだから、AIに置き換えられます。ああ無常です。

たとえばソフトウェアの開発を考えてみてください。コードを書けない人が、どうやってコードを吐き出すAIを操って、ビジネスで求められる成果物を作り出せるでしょうか。今はセンスのある人がリードしているので問題ないですが、AIが普及するとそのようなセンスのある人が減る可能性があります。筆者はこれを、スキルの空洞化による生成AIの悪循環とみています。

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生成AIは中央値であり信頼感に課題が残る

経営戦略の楠木建教授は、「生成AIの結果は中央値」だとおっしゃいます。綺麗な中央値で、すごく納得感のある生成物を出してくれます。しかし、みんなが同じような結果を使う可能性がでてきます。たとえば、最近のセミナーではタイトルに、「羅針盤」や「次の一手」というキーワードが使われている場合が多いですが、これは明らかに生成AIに出させているのだと思います。

センスというか、アートな能力で、他者とは違うかっこいい仕事をする必要があるのです。筆者はこれを外れ値と呼んでいます。例えばセミナータイトルを付ける際、筆者は生成AIに候補は出してもらいますが、そこにため込んだ知識で自分なりの言葉のリストを作り、そこから最高のものを選んでいます。生成AIの結果だけに任せっきりにしません。

生成AIは壁打ち相手としては世界最強です。でも、戦略面で便り過ぎると中央値=他社と同じになりかねないので、生成AIへの過信は禁物です。また、プロセスに応用するときも注意です。グチャグチャなプロセスで自動化しても、ゴミが自動化されるだけです。まずは業務の整理です。

その他の大きな課題は、生成物への信頼度です。Gartnerのセールスリーダーの調査を見ていると「B to B買い手の73%が、生成AIによって生成されたと知っている情報には信頼を置いていない」(出典:Gartner The Chief Sales Officer Quarterly First Quarter 2026)との報告がありました。筆者も同感です。明らかにGensparkで作成されたスライドやNotebookLMで作成されたインフォグラフィックは無視します。というか心に響きませんね。

LinkedIn上のB to Bインフルエンサーたちの間で、B to Bコンテンツのなま化(生化)の議論があります。やはり、AI生成のコンテンツは綺麗すぎて心に響かないので、失敗したプロジェクトの裏側や社員の生の声のような、AIには作れない泥臭い情報を顧客は求めているとのことです。最近、Podcastが流行っているものそういう理由でしょうかね。

知識やスキルは段階的に定着させるしかない

みなさんは学習ピラミッドってご存知ですか?学習ピラミッドとは、アメリカ国立訓練研究所(NTL)が発表したとされる、どのような学習方法が、どれくらい記憶に定着しやすいかを数値化して示した図のことです。%でピラミッド構造になるのです。

ちなみに下の図は、生成AIを使って作っています。

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受動的な学びよりも能動的な学び(アウトプット)の方が圧倒的に学習効率が高い、という考え方に基づいています。新婚の皆さんには恐縮ですが、講義はハネムーン効果と言われており、すぐに忘れています。他任に教えることで定着率が最大になります。筆者は独立して人にアドバイスをするようになってからの多くの成長をしたと実感しています。

お判りいただけるように、生成AIは「視聴する」への貢献でしかないのです。

センスを身に付ける方法はあるのか

とあるAIベンチャーのCEOとの話です。「北川さんは休暇のときに何するのですか?」と聞かれたので、「私は書物を読んだり、執筆をしたりしていいます」と答えました。そうしたら、「そんなの無駄ですよね。生成AIでプロンプトを書けばすぐに教えてくれますよ」と言われました。

生成AIは答えを出してくれるかもしれませんが、考える機会を奪います。それではセンスは身に付かないと筆者は思います。書物を読むというのは、作者との沈黙の対話です。そこであれこれと考えを巡らせることで、センスが身に付くのだと考えます。まずは、しっかり読書をすることをお薦めします。

楠木建教授の書籍『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(日経BP 日本経済新聞出版)では、大学の教育についてですが、次の順番で習得する必要があると記載されています。

①技術的能力
②対人関係能力
③概念的能力

これを仕事に応用すると、まずは①プロの仕事を突き詰め、②リーダーシップを身に付け、そして③経営のセンスを身に付けるということです。

生成AIが普及しようと、泥臭く業務の経験を積まないとスキルやセンスは身に付きません。ですから、仕事の手を抜くことはできません。もっと大事なことは、深く考えることです。もちろん生成AIをうまく活用するべきですが、それに頼っていては、キャリアが"やばい"ということです。