建設産業の内外に「建設DX(デジタルトランスフォーメーション)」を実現しなければいけないという意識はあるのに、なかなか進まない現状があります。

本連載では、その理由が何なのか、建設DXの普及を牽引する企業である野原グループの代表取締役社長兼グループCEO、野原弘輔氏をホストに、建設産業に携わる多様な立場のゲストの方との対談を通じて、建設産業への思い、DXへの取り組みについて浮き彫りにします。

第6回は、少し視座を上げて、建設産業にとどまらず、さまざまな企業や組織のDXについて考えてみたいと思います。幅広い業界のDX推進に携わられてきた、NTT DXパートナー、代表取締役の長谷部豊代表に、日本の企業のDXの現状と変革実現のためのポイントなどを伺います。

株式会社 NTT DXパートナー 代表取締役  長谷部豊

1998年、NTT入社後、さまざまな業界における企業の業務システム刷新プロジェクトをコンサルタント兼技術者として推進。その後、ミシガン大学経営大学院へ進学、修了後はコンシューマ向け、ビジネスユーザ向け双方における新規事業開発、プロダクト開発を多数手がける。企業内起業家人材(イントレプレナー)の発掘・育成にも精力的に取り組む。2022年1月より現職で、企業、自治体のDX推進を支援。


株式会社 NTT DXパートナー
業務内容:DX人材育成・コンサルティング、DXの実装、推進支援。
システム構築・運用、データ分析等の業務受託、伴走支援等。
https://www.nttdxpn.co.jp/

「DX」は単なる「デジタル技術の導入」ではない
「DX」は経営変革であり、経営層から現場までの全社員がDX
最終顧客の視点での価値を言語化して共有するのが「DX実現」の鍵

  • 左から、野原弘輔、NTT DXパートナー 代表取締役 長谷部豊氏

野原: 幅広い産業・企業の業務システム刷新プロジェクトでご活躍されている長谷部代表から見て、日本国内のDXの浸透具合はどのように映っているでしょうか?

長谷部: 私の肌感覚になりますが、ここ2~3年でDXへの投資や取り組みは着実に増加していると言って間違いありません。着手している企業も一過性のプロジェクトというより、推進・強化を継続し変革を促す営みとして取り組んでいます。今後も確実に増加していくのではないでしょうか。

さらに最近は、大企業だけではなく中小企業でもDXの取り組みは拡大しています。それらは二つに大別できます。 一つ目は、経営者がデジタルに明るく、自ら実践し組織を牽引するタイプのDXです。特にイノベーティブな経営者がいる中小企業ではこのタイプが多い。二つ目は、取引先からの要請を受けて進められているDXです。

野原: それが、継続的に取り組む企業が増えている背景なのですね。

長谷部: 「DXはやって当たり前」という世の中の潮流があり、一過性ではなく中長期計画やロードマップに落とし込んでいる企業が多いのでしょう。ただし、「今までのIT化の延長」や「単なるデジタルツールの導入でしかない」など、本来のDXでないような事例が見受けられることも事実です。

野原: 会社によってDXの中身には差があるということですね。先ほどの「取引先からの要請」がきっかけでDXを進める企業が多いというのは、今の時代ならではの現象だと思いますが、そうしたケースが増えているのですか?

長谷部: はい。特に製造業の場合、取引先とデジタルでデータが交換できないと、サプライチェーン(下図参照)に入れない危機感があると思います。当社も経営層から相談を受け、ご支援しています。ただし、業界によって温度感は異なりますね。

  • 製品の原材料・部品の調達から販売に至るまでの一連の流れを指す。サプライチェーンを管理し、製品開発や製造、販売を最適化する手法をサプライチェーンマネジメント、SCM(Supply Chain Management)と呼ぶ

野原: 御社が取り組まれてきた中で、DXの成功事例を教えてください。

長谷部: 代表的な成功事例は、工場などで使う自動機や検査装置をオーダーメイドで受注生産している、ある中小製造業です。

オーダーメイドの製品には少なくとも数百点、多ければ1000点以上の部品が必要になります。「どの部品を使って、どのように組み立てるのか」という仕様を決めるのも大変ですが、見積もりも大変です。部品の加工料金なども入っていますからね。

そのため、これまでは見積もりを出すまでに1週間以上かかっていました。また製造から完成までのリードタイム(※1)も時間を要していました。ところがDXを進めた結果、仕様決定から最短なら即日、遅くても数日で見積もりが出せるようになり、納入までの期間も2~3割削減できるようになったのです。

※1 リードタイム:商品の発注から納品までの期間(日数)を指す。納品期間とも呼ばれる

野原: それは劇的な改善ですね。どのようなDXを進めたのでしょうか?

長谷部: 3Dデータを使った、自動化です。設計を3DCADで行い、まずはその3DデータをもとにAIを使って自動で見積もりを作成するサービスを活用しました。また3Dデータをもとに加工部品も自動生産できる仕組みで、部品の短納期化やリードタイムの短縮も実現したのです。

3Dデータへの移行、自動見積もりのサービスまでは珍しくありませんが、この会社の場合はデジタルデータ化を出発点とし、生産性を大きく改善することに成功したわけです。当然ながら売り上げも上がっています。

何よりもこの会社を成功例として推したいのは、生産性の向上だけではなく、お客様にとっての時間的な価値が非常に高くなり、それにより信頼を勝ち得たからです。

DXはデジタルの導入によっていかに付加価値をもたらすか、ということ。デジタル技術やデータの活用を社内の効率化・生産性アップだけではなく、顧客価値にどう還元するかという観点で取り組まれたのがポイントだと考えています。

野原: 顧客視点でどんな価値が出せるか否かは、DXを進める上で極めて重要な点だと私も感じています。一方、自社のビジネスや業界をとりまく状況など全体像を見渡した上でスタートできるかどうかも成否を分けると思いますが、いかがでしょうか?

長谷部: その通りですね。視座を高めず、解像度も上がらない状態でDXを推進すると「なぜ手間がかかることをしないといけないのか?」「ルールやセキュリティの関係でできない」など、社内の論理で止まってしまいます。

顧客に対してどんなことをすることで、どんな価値が新たに提供できるかを、ミドルマネジメント(※2)の役割として解像度を上げ、実行に落とし込むことが大事だと思います。

※2 ミドルマネジメント:組織内の階層構造における上級管理職と従業員の間に位置する管理層。中間管理職

野原: DXに従事する人材が、普段からいかにビジネスの解像度を高く持っているかも影響しますね。

長谷部: よく言われるように、DXのD(デジタル)だけではなく、X(トランスフォーム)することこそが肝要です。経営の中核や顧客をしっかりと捉え直せるか。自社内のみならず外部環境としての顧客や業界の動きを押さえられるか。要するに、こうしたビジネスそのものに対する高い感度とテクノロジーへの理解をセットで持ち得ないと、うまく進みません。だからこそ、多くの企業がDXに悩まれているのではないでしょうか。

野原: 実際に、DXがうまく進んでいない事例には、どのようなものがありますか?

長谷部: 複数のプロダクトラインを持つ、あるサービス業の例ですが。

同社は各部署が顧客IDを管理して、事業部ごとでプロモーションを実施したり、プロダクトを提供するなどしていました。それでは非効率かつ顧客から見てもバラバラとコミュニケーションを受けることになるので、横串を刺して、全社的にシステムを統合する構想を経営層が打ち出し、経営会議でも承認されました。

ところが、いざプロジェクトが始まると、各事業部から「そのデータは出せない」「なぜ出さないといけないのか?」と衝突が起き、結局は仕切り直すことになったのです。

失敗の要因は、顧客にとってどんな価値が生まれるかを関係者間で具体的なユースケース(※3)として捉え切れていなかったこと。検討の視点が社内業務にのみ集中し、社内論理から抜け出せず、衝突が回避できなくなりました。

※3 ユースケース:特定の機能やシステムがどのような状況で、どのように利用されるかを記述する手法の一つ

野原: 技術的には素晴らしく問題も解決できても、顧客視点が足りず顧客への価値提供につながらない。単なる社内の便利システムとして終わってしまう例は、よくある失敗例だと思います。

長谷部: 構想全体の解像度を一気に上げようとすると大変で、正しいことでも遅々として進まないことがあります。ユースケースの一部分を切り取りトライアル的に進め、小さくても早く効果が出る全社横断の取り組みを進めるのが、やり方の一つだと思います。

野原: 次にDXを推進するために会社、経営者として大切にすべきポイントと、現場に近いマネージャーが注意すべき点について教えてください。

長谷部: 大きく経営層、ミドルマネジメント層、一般社員、現場社員によって変わる面はありますが、いずれにしてもまずは「DXを正しく理解すること」からです。

従来のIT導入を高度化したものだという勘違いが非常に多い。当然、IT化・デジタル化を進めることも大事なのでそのこと自体は間違っていませんが、本質ではないIT化の延長で進めると非IT部門の人は受け身になったり、「自分たちには関係ない」「DXはIT部門がやるものだ」と他人事になったりしがちです。こうした状況を回避すべく、各層で理解を深める必要があります。

ある会社は理想的で、中期経営計画で大きな構想・方針から部門ごとの施策まで落とし込んであり、全社員が自分ごととして捉えられるようになっています。

大きな方針とはまた違う、特別なプロジェクトとしてDXを進めようとする会社は少なくありません。しかし、それではDXが一部の領域だけにとどまり、全社的な自分ごとにならない。いかに会社全体の中期計画などに染み込ませていくのかがポイントだと思います。

NTT DXパートナーへの相談事としてよくあるのは、経営層はDXを理解し、やる気はあるものの、社員がついてこないパターン、あるいは、その逆のパターンです。

ただ「DXは経営のど真ん中の変革だ」と捉えると、会社の各層の足並みがそろわないことには前進することはできません。社内でDXの旗揚げをしているものの違和感を覚えたら、そのまま放置せず各層の理解を確かめることです。

野原: 会社全体での共通理解ですね。私たちも全社戦略としてDXに取り組んでいますが、この辺りは難しく感じるので、実に参考になります。そういう意味ではDXに限らず通常の戦略や次の手をタイムリーに打てている会社・組織はDXも取り組みやすく、そうでない状態だとDXもなかなか進まないのかもしれません。