野原: DXを推進しようとするとき、どこから始めるべきかがわからない企業もあると思います。 社内での始め方、誰が何を決めるべきかについて教えていただけますか?

長谷部: まずはDXの正しい理解とマインドセットを醸成するための人材育成研修から始めることをお勧めしています。

NTT DXパートナーでご支援している企業・自治体は直近2年で50件以上ありますが、DX人材育成から始めるケースが約8割にのぼります。先ほど述べたように、経営層と推進リーダー層、現場社員の3階層くらいに分け、役割に合わせた研修プログラムを組み、DXを全社員に自分ごと化してもらいます。これによって、プロジェクトの推進スピードや効果が変わるので、最初に力点を置いていただきたい。

また非IT部門の現場社員の中には「デジタルで自分の仕事が奪われるかもしれない」と抵抗感を覚える方もいます。DXが会社や社員になぜ必要か理解していただき、自分にとって働きやすくなり助けてくれる存在だとわかってもらうことも、大切なファーストステップです。

野原: 専任の人材や専門のチームも必要になります。

長谷部: そうですね。教科書的に言われるのは、DXの戦略を策定しロードマップを作ると必要なDX人材が明確になるので、DX人材育成はその後にするという流れで考えることです。

もっとも、実態として、DXを理解したり、スキルアップする前に戦略やロードマップを描ける人はあまりいません。よって、人材育成である程度の経営層や推進リーダー層が正しくDXを理解し、その後に外部の力を借りながら戦略を策定する流れが多いと思います。

野原: なるほど。そうした専任人材は「IT人材」や「DX人材」と言われます。彼ら、彼女らに必要なマインドセットやスキルは何でしょうか?

長谷部: 経済産業省とIPA(独立行政法人情報処理推進機構)は、DXを推進する人材を、「ビジネスアーキテクト」「データサイエンティスト」「サイバーセキュリティ」「ソフトウェアエンジニア」「デザイナー」といった5つの人材類型に分けています(下図参照)。そして、彼らに限らず「全社員がDXリテラシーを身につけておく必要がある」と述べています。

  • 人材類型の定義

長谷部: 「ビジネスアーキテクト」はDXの戦略立案や全体設計を行う人材のことです。デジタルが浸透する前においても、新しいビジネスモデルを作れる人材はそう多くなく、さらにそこからハードルが上がった感はあるでしょう。

あるいは専門的なスキルである「デザイナー」も単にビジュアルをデザインするのではなく、UI(ユーザーインタフェース)・UX(ユーザーエクスペリエンス)(※9)のデザインもそうですし、課題解決や価値創造の仕組みをデザインすることも含んでいます。こういった点を理解する必要もあるでしょう。

いずれにしても、私なりにかみ砕いたDX人材の狭義の意味は、先に挙げた5つの人材タイプで、DXを推進するコアな人たちです。ただし、広義の意味でのDX人材は経営層から現場に至るまでの全社員です。

※9 UI/UX:UIはユーザーがデバイスやソフトウェアとやりとりするインタフェースを指し、UXはそのインタフェースを使用する際に得るユーザーの全体的な体験を指す

野原: 専任人材を特別視してしまうと、やはり他人事になってしまうのかもしれませんね。また5つの人材類型のうち「サイバーセキュリティ」「ソフトウェアエンジニア」「デザイナー」は専門的なITスキルを指しますが、それ以外の二つ、「ビジネスアーキテクト」と「データサイエンティスト」はまた違うビジネスの視座や感覚が必要に思えます。そうした全社員的なDX人材の中から生み出すのが良さそうに思えます。

こうした人材の採用・育成方法、役割、構成比率などについてお聞かせください。

長谷部: 採用面や構成比の観点でいくと、業界をリードする大企業ではIT部門で抱えている人員も含めて、これまでの2倍以上の人員数でDX推進部門を拡充しないと、会社全体を牽引できない印象を抱いています。

非IT業界の中でDX人材を……これは狭義の意味でのDX人材ですが、そうした人材を採用・育成するのはハードルが高く、苦戦している企業も多い印象です。採用をかけても良い人材は少しずつしか入らず、カルチャーのミスマッチで辞めてしまうケースも見られます。そのため、非IT業界の企業は、IT企業と戦略的に提携を結んだり、合弁会社を作るケースが増えている印象を受けています。

野原: 中小企業の場合は、いかがでしょうか?

長谷部: 中小企業については、広義の意味でのDX人材を育てるべく研修をしておくことです。自らデジタルサービスを展開するよりも、積極的に活用するスタンスの方が合っている場合が多く、経済産業省とIPAが定義している「DXリテラシー標準」に基づく研修を外部機関から受けるのがお勧めです。

野原: なるほど。そうなると中小企業にとっては、外部サービスなどを使うハードルは下がっていると言えますが、本当の意味での(自社の自発的な、または自走できるような)DXはハードルが高いと言わざるを得ません。

長谷部: 時間はかかるかもしれませんが、全社でしっかり取り組んでいただきたいところです。

野原: チーム作りのお話に続き、DXに直接関わらない他の従業員の巻き込み方についてお教えください。社歴の長い会社では一部の人がDXを推進する一方、「自分たちには関係ない」と考えてしまう従業員も多いのではと思います。裾野を社内で広げるために、どのように進めるのがよろしいでしょうか?

長谷部: 「自分達には関係ない」という言葉は、「自身の役割が理解できていない」の裏返しなのかもしれません。ならば、それを認識してもらうことが肝心です。ただし、これはこれで難しく、現状の仕事を狭く捉えてしまうと具体的な役割が見えてきません。

例え話になりますが、ある生花店に「友人の誕生日が過ぎていて、急いで花を送ってほしい」と電話があったそうです。すると店員は「店舗側の配送が遅れたと伝えておきます」と答えました。要するに、この店員は花を売ること以上に、お客様と大切な人の信頼関係や愛情を育む手伝いをしたいと考え働いているわけです。

このように仕事を広く捉えると、登録した記念日にリマインダーを送る、前回送った花をお客様に伝えるなど、生花店においてDXでできることはたくさんあります。目の前の仕事だけを見るとDXと無関係に思えるでしょうが、会社のビジョンやミッションから考えると、デジタル技術やデータを使ってできることはあるのです。社員自ら考えるワークショップを当社の研修では行いますが、そうすると、皆さん、すごく「自分の思い」を出してきます。

野原: 会社の在り方や社員との関係性が、デジタルを使って何かをしようという時の第一歩になるのかもしれません。