野原: ここまでいろいろお話しいただいてきましたが、多くの話題は会社や個人に関する話だったと思います。改めて建設産業全体を良くするためには何が必要なのか、建設産業はもっとこうあるべきだというお考えがありましたら聞かせていただけますでしょうか。
豊崎: 先ほどの収入の話に関連するんですが、海外の職人の収入は日本よりもすごく高いそうですね。私もカナダの工務店に呼ばれたときに聞きましたが、カナダでは見習いでも時給で4000円や5000円の報酬をもらえるそうです。そんなところに自分が一人親方で行ったら今の何倍稼げるんだと本当に驚きました。お金だけが全てではないですが、すごく敬意を払われているという気持ちになりましたね。
野原: 私が聞いた話では、アメリカではエントリーレベルの人も年収600~700万円くらいからスタートして、2~3年働いて見習い期間を終えると年収1000万円クラスになるそうです。
それだけもらえる理由に、アメリカの建設産業は労働組合がしっかりとしていて、組合に入っていない職人に仕事を依頼できない現場が多い。そのため入り口の時点から時給が全然違うそうです。
そうした話を聞くと、日本は職人を守る制度がまだ弱く、リスクを取って職人として働いている人の単価がまだまだ安いと思います。
豊崎: 私が見る限り、実は職人を辞めるタイミングは中堅になった頃が多い。現場を任され始めて負担が一気に増えるのに報酬がついてこないから。「俺はこんなに頑張っているのに」という感覚になるようですね。
吉富: 職人はすごい働き者だと思うんですよね。朝は5時6時に出て、都心で7時前には駐車場の取り合いをして、7時半には朝礼に出て。朝だけでもこれくらい頑張っているんだから、もっと報われていいと思います。
私の記憶では、昔の職人はもっとリスペクトされていたような気がするんですよね。「大工さんってすごい」と羨望の眼差しで見られていました。なぜ今はそうならないのか不思議です。
野原: 報酬の引き上げが大きな課題となる一方で、職人がリスペクトされる存在でなくなっているという話をいただきました。当然、稼いでいるから尊敬されていたという面もあるとは思いますが、現代の職人が再びリスペクトされるようになるために、職人側でできることには何があるのでしょうか。
吉富: 外からどう見られているかを意識するのは、とても大事なんじゃないかなと思います。仕事にプライドを持って働いているのだから、ただ働くのではなく、凜とした姿を見せていくようにするべきだと思います。例えばキレイな作業服を着るだけでも、見た目の印象が違うと思います。汚い格好をしていると、3Kと言われて誰も寄りつかなくなりますから。
豊崎: そうですね。見せ方を考えないといけないかもしれません。やはり「かっこいい」と思われることはとても大事です。私も先輩のニッカポッカの姿に憧れて職人になったんです。白足袋が本当にかっこよくて、ああなりたいって思ったんです。
小泉: 大きな現場に行くと、人も多いからか見た目を気にしない人が増えますね。確かに荒れた格好だとリスペクトされないですから。
吉富: 現場であったり、街中の現場だったりで、人の目は気になります。私も住宅に入ることがありますが、「この人、大丈夫かな?」と思われないように気を遣います。
野原: 憧れの対象になる、かっこいい存在になるのはとても大切ですね。私も、しっかりと仕事や建設産業に向き合っている人にこそ報われてほしいと思っています。
しかし、職人は日給月給(※5)の賃金体系で、見た目が給与に反映されるわけではない。このあたりの構造も改善できると、見た目や仕事に前向きに取り組む姿勢を意識する職人さんがもっと増えて、かっこいい建設産業になっていくのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
※5 日給月給制:建設業でよく見られる給与形態で、給与が日額で決められており、勤務日数に応じて1カ月分の賃金が支払われる。休日や天候によって左右されるため収入が安定しないことがデメリットとして挙げられる
吉富: そうです。仕事から立ち居振る舞いまで含めて、またお願いしたい、されたいと思われることは、最高の評価の一つだと思います。
野原: あとは稼ぎやすさというところに戻ると、冒頭に話があったデジタル化、DXというところは無視できないと考えています。DXで現場を効率化し、短い時間でお金が稼げる仕事になっていくとしたら、若い人にとって魅力的な仕事になるかと思うのですがいかがでしょう。
豊崎: その可能性はあると思います。プレカットが増えてきたために職人の技術力が落ちているという話をしましたが、裏を返せば「入職のハードルが下がった」という言い方ができると思います。参入しやすく効率的に稼げる仕事であるという認知が広がれば、若い人たちにとって魅力的な選択肢になるんじゃないかと期待できます。
小泉: 最近、電気工事士は稼げる資格として取り上げられることが増えてきました。資格を取得して建設産業に入ってくる人も以前よりも増えている実感があります。一方で、実際の現場とのギャップを感じて定着が難しい一面もあるようです。ギャップを埋めてくれる役割をDXに期待したいですね。他の業界でできていたことは建設産業もできる、となるにつれて、多くの人にとって働きやすい環境へと変わっていくんじゃないでしょうか。
吉富: もしかしたら、建設産業は他業種と比べると面倒なことが多いかもしれません。それでもなぜわれわれが仕事を続けているかというと、「面白いから」だと思うんですよね。
「ものを作る」「建物を建てる」という仕事でないと味わえない、感動や喜びは間違いなくあると思いますので、もっと多くの人に知ってもらいたい。その感動や喜びまでの道のりにある面倒なことを、DXで省けるようになれば、稼げる部分がクローズアップされて、魅力的な仕事に見えるようになるんじゃないでしょうか。特に今の若い人は小さい頃からデジタルに触れています。デジタル化が進むだけでもガラッと印象が変わる可能性はあると思います。
野原: 今日は現場で働く社長の皆様に有意義なお話を聞かせていただきました。お忙しい中、本当にありがとうございました。
本連載は、『建設DXで未来を変える』(マイナビ出版)の内容を一部抜粋したものです。 書名:建設DXで未来を変える 著者:野原弘輔 書籍:1100円 電子版:1100円 四六版:248ページ ISBN:978-4-8399-86261 発売日:2024年09月13日 |