メルセデス・ベンツといえば誰しも高級車(図1)、というイメージを浮かべるだろう。確かに高い。1000万円を超える車種もある。しかし、高いだけの価値はある。先日、同社のミリ波レーダー衝突防止システムについて話を伺い、同社がいかに安全に力を注いでいるかを改めて思い知らされた。

図1 メルセデス・ベンツのCLS 550

ミリ波レーダー衝突防止システムは2011年11月、メルセデス・ベンツのEクラスに導入されて以来、2012年9月13日時点で9車種に搭載されている。発振周波数77GHzのミリ波レーダーを使う衝突防止システムは、クルマを確実に検出し、前方のクルマの車速と距離、こちらのクルマの速度から何秒後にぶつかるかを即座に計算する。77GHzのミリ波発振器はGaAs発振器やSiGeのHBT(ヘテロ接合バイポーラトランジスタ)発振器などによって構成できるが、どのプロセスを使ったのかは明らかにされていない。

カメラだけだと視界依存が強い

これまで、衝突防止システムとして、前方のクルマを認識するためのCMOSカメラを2台搭載したクルマはあった。例えば富士重工業のスバルに搭載された「アイサイト(Eyesight)」というシステムだ。これは2台のカメラで前方のクルマを捉え、前のクルマの形の相似形などのアルゴリズムを使って車速と距離を計算するというものだ。しかし雨や霧、夜間など視界の悪い状態や、トンネルに入る前と入った直後の明暗の急激な変化だと、カメラは前方のクルマを判別しにくい。

レーダーは金属に反射してくる電波を捉えるシステムであるから、悪天候でも検出しにくいということはない。ただし、ミリ波は周波数帯にもよるが、水に対して吸収されやすいという性質がある。しかし、77GHzレーダーで雨程度の水分ではほとんど影響を受けない、とメルセデス・ベンツ日本 トレーニング部セールストレーニング課アシスタントマネージャーの立岩和彦氏(図2)は述べる。

図2 メルセデス・ベンツ日本 トレーニング部セールストレーニング課アシスタントマネージャーの立岩和彦氏

ミリ波とは、波長がミリメートルに相当する周波数の電波を言う。波長が1mm~10mmは30GHz~300GHzに相当する。電波は周波数によって性質が違う。ラジオの短波放送の波長は上空の電離層にぶつかり地上との間を反射しながら進む性質があるため、電離層の状態が良い場合には日本にいても欧州の短波放送を受信できることがある。マイクロ波(300MHz~30GHz程度)辺りから波長が短くなるにつれ、電波は直進性が増す。ミリ波になると光のように直進する。

ミリ波レーダーを前後に配置

この性質を利用して、メルセデス・ベンツのミリ波レーダーシステムは、200m先のクルマまで飛ばせるように77GHzの長距離レーダーと60m先までの中距離レーダー、さらにクルマの4つのコーナーには24GHzレーザーを配備した(図3)。77GHzのレーダーは前方のクルマを検出するのに使い、後方の24GHz短距離レーダー(0.5~3m)は後ろにいて死角になっているクルマを検出する。

図3 レーダーを前後に配置し、クルマとの衝突を防止(出典:Mercedes-Benz)

衝突防止ではないが、前方にはカメラも設置してあり、白線レーンからの逸脱を検出する。さらに夜間の歩行者や動物などの検出には赤外線カメラも設置しているという。これはナイトビジョンと呼ばれ、30~40℃の体温を保っている動物と周囲の温度を見分けるための赤外線温度計である。

さて、クルマの運転中、後方からクルマが迫っている時にレーンを変更しようとしてぶつかりそうになることがある。このような場合には、後ろのクルマが接近するため、ブザーを鳴らすと同時に左右のバックミラーのどちらかに、1辺1~2cm程度の三角形のマークが光る。左の車線に変更したい時に左後方からクルマが接近していると左のバックミラーの三角形が光りブザーも鳴ってドライバーに注意を喚起する。これは後方に設置したレーダーで検出する。

レーダーは、ミリ波の周波数の電波を断続的に前方に発すると、前方の車と全く同じ速度なら戻ってくる周波数は変わらないが、近づくとドップラー効果により周波数が高くなる。この周波数の高さと何秒で高くなっていくのかも測定するため、距離と速度を1次元方程式で簡単に計算できる(図4)。

図4 前方のクルマの速度をドップラー効果で計算する(出典:Mercedes-Benz)

この計算法を使えば、前方の車との車間を保つことも簡単に応用できる。受信周波数を一定に保つように車速を制御すればよい。特に夏休みのように渋滞している高速道路では、アクセルとブレーキを絶えず交互に動かさなくてはならず、足が疲れてしまうが、車間を保つ機能はどちらも踏む必要はない。ただ、いったん止まってしまうと、前のクルマが動き出しても運転しているクルマは動かないため、動かす時にはアクセルを軽く踏むだけでよい。

この衝突防止システムでは、まず車間が急に狭まった場合、警告音と表示が出る。ドライバーがブレーキを踏んだ時には最適なブレーキ圧を瞬時に計算し、制動をアシストする。もしドライバーがよそ見をしていたり警告音に反応しなかったりする場合にはフルブレーキの40%ブレーキが働く。それでもドライバーが反応しないとフルブレーキが働き、クルマを止める。時速30km未満なら衝突前に停止するが、それ以上例えば時速51kmだと時速23kmに減速するため衝突しても衝突エネルギーは80.5%低減されるという。

今後はカメラも併用、より安全に

衝突防止には至れり尽くせりのクルマの思想であるが、メルセデス・ベンツは「安全は自動車を発明した私たちの責任です」というフレーズを全面に出している安全重視のメーカーだ。内燃エンジンの自動車は、教科書にもあるようドットリーブ・ダイムラーとカール・ベンツがそれぞれ独立に発明したとされる。両者とも企業化し自動車製造会社を作ったが、やがて合併しダイムラー・ベンツとなった。今日ではメルセデス・ベンツとなったが、メルセデスという名前は、ディーラー経営者のエミール・イェリネック氏の娘の名前から採った。Mercedesはスペイン語で、上品さ、優美さという意味があるという。

今後は、歩行者を検出するためのカメラも搭載する予定だ。レーダーは前方にある程度の大きさの金属物があると電波が反射され、それを受信するシステムだが、人間や動物には反射せず通り抜けてしまう。死角からの子供の飛び出しや、老人の突然の道路の横断なども検出できるように、例えば人間を四角い枠で囲んで表示して警告するため、より事故を未然に防ぐことができるようになる。レーダーとカメラも併用していくと、さらに安全性は増す。カメラは歩行者を認識し、レーダーはクルマを認識する。より安全なクルマ作りをまい進する同社にとって、カメラとレーザーの併用が今後必要になると考えている。