STMicroelectronicsは、データフローアーキテクチャ方式のAIアクセラレータを集積した32ビットマイコン(マイクロコントローラ)「Stellar P3E」を発売する。マルチコアを駆使、冗長構成や仮想化技術などより高度でより安全なクルマ作りに向けたマイコンである。

これからのクルマはますますインテリジェントになってくる。その基本的なコンセプトは事故を起こさないクルマ作りである。自動運転車は当初クルマ好きにはそっぽを向かれた。ドライブの楽しみを奪われると思われたからだ。しかし、自動運転が事故を起こさないために備える技術であることが理解されるようになると、自動運転車への開発に拍車がかかるようになった。事故は、ドライバーがふと気を抜いたり、考えごとをしたり、ボーっとしているようなときに起きやすい。コンピュータを十二分に活用する自動運転車は、一瞬たりとも人間と違って気を抜くことはない。

より賢いマイコンが登場

車載コンピュータであるECU(電子制御ユニット)をゾーンごとにまとめるゾーンアーキテクチャ、機能ごとに複数のECUをまとめるドメインアーキテクチャ、いずれもコンピュータの仮想化技術を導入し、クルマをもっと賢くしようというテクノロジーだ。ただ、クルマは超高級車ではない限り、できるだけ無駄なコストをかけないことが基本だ。このため、カーコンピュータの心臓部には高価なハイエンドのSoCではなく、受け入れられる価格のマイコン(マイクロコントローラ)を使うことが多い。

このほどAIアクセラレータのNPU(ニューラルプロセッシングユニット)を1チップにCPUマルチコアと共に集積したマイコンが登場した。STMicroelectronicsがリリースした32ビットマイコン「Stellar P3E」である。このチップは、CPUにはArmのリアルタイムCPUコアであるCortex-R52+(動作周波数:500MHz)を複数個、集積したマルチコアを含んでおり、仮想化技術として複数の機能を1チップに統合したマイコンである。

車載向けマイコン、マルチコア・AI搭載など、より複雑に

なぜこのようなマイコンを開発したのか。STのマイクロコントローラ・デジタルIC・RFグループ担当バイスプレジデントであり、汎用および車載向けMCU部門のジェネラルマネージャでもあるLuca Rodeschini氏(図1)は、次のように語る。「車載ビジネスでは、自動運転やEV(電動車)だけではなく、安全性やセキュリティなどますます複雑になってくる。OEMからの要求も多岐に渡り、より快適なスピードを出すことができ、より多くの新機能を加えるという要求もある。その結果、ソフトウエアのコンテンツが増加しており、コンピューティングプラットフォームには、高性能・柔軟性・セキュリティが求められる」。

  • Luca Rodeschini氏

    図1:STMicroelectronics デジタルIC・RFグループ担当バイスプレジデント兼汎用・車載用MCU部門ジェネラルマネージャのLuca Rodeschini氏

そこで、マイコンにマルチコアCPUやNPUを搭載したという訳だ。CPUやNPUはソフトウエアを使って独自の機能を付加できるという柔軟性がある。しかもソフトウエアはOTA(Over The Air)のように無線を通してソフトウエアを更新できる。

加えて、マルチコアを利用することで消費電力をさほど上げずに性能を上げることができるだけではない。複数のプロセッサがあれば、仮想化して使ってもさほど性能は落ちない。仮想化できれば複数のECUを1個のECUで統合できる上、柔軟性も高まる。ハイパーバイザを活用することで機能を追加・切り替えられるからだ。

冗長構成でより安全に

加えて、2個以上のプロセッサは、自動車のようなミッションクリティカルな応用では冗長構成のLock-Stepモードを使って安全性を優先するか、あるいはSplitモードで様々なタスクを独立した2個のCPUとして使うか、ユーザーが選択できるようなSplit-Lock方式を採用している。Lockモードで動作しているときに、もし1つのCPUコアが故障すると、故障したCPUを切り離し(Split)、故障していないCPUでしばらく走ることができるような設計ができる。

  • Stellar P3Eのブロック図

    図2:Stellar P3Eのブロック図 (出典:STMicroelectronics)

ただし、クルマ用マイコンは、オフィスや家庭のパソコン向けとは違い、リアルタイム性も求められる。そこで、リアルタイム性のあるCPUコアとして、Arm Cortex-Rシリーズを採用した。

効率の良いデータフローアーキテクチャ採用

NPUに関しても、ニューラルネットワークモデルを使ったCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を効率的に実行するためにデータフローアーキテクチャを使っている(図3)。この方式は、畳み込み演算部、プーリング演算部など、ニュ―ラルネットワークの演算の流れに沿って処理を進ませる方式で、効率の良さから演算性能の向上、そして消費電力などの削減につながる。CPUでAI演算をする従来方式と比べると障害物検知の推論では69倍の性能、近接物の確認では16倍の性能が向上している。

  • AIアクセラレータ専用回路を集積

    図3:AIアクセラレータ専用回路を集積、ニューラルプロセッシングに対応 (出典:STMicroelectronics)

メモリとしても従来の組み込みフラッシュでは微細化に限界があり、集積度を増加させにくいが、PCM(相変化メモリ)を使ったxMemoryを集積したことで搭載容量を従来の2倍の19.5MBへと拡大した。また通常のメモリとして1.8MBのSRAMと128KBのデータPCMメモリも集積した。xMemoryはOTAを通じてソフトウエアを更新するために利用できる。PCMメモリを搭載したこのプロセスでは28nmのFD-SOI(Fully Depleted – Silicon on Insulator)テクノロジーを使っている。

X-in-1構成の多機能化

STは、Stellar P3Eを、1チップで複数の機能を実行できることから「X-in-1」のパワートレインコントローラに活用できるとしている。図4のように、Stellar P3Eマイコンは1チップでDC-DCコンバータ制御や充電(オンボードチャージャー)、バッテリ管理(BMS)など行ったり、2つのモーターを高速で独立に制御したりするなどの応用が可能である。2つのモーター制御は高級EV車での冗長構成に使える。

  • 1チップで複数の機能を実行できる

    図4:1チップで複数の機能を実行できる (出典:STMicroelectronics)

また、これまでのStellarシリーズでは初めてのエッジAI機能を搭載した32ビットマイコンとなる。このため、センサからのデータを元に行動を予測するスマートセンシングのような新しいアプリケーションが可能である。例えば、窓に指が挟まれそうになると検知して止めるようなアルゴリズムを組み込むことも可能になる。

Stellar P3Eチップは現在、主要顧客にサンプルを出荷中で、2026年後半に量産開始する予定である。