次世代のクルマと言われるSDV(ソフトウエア定義のクルマ)時代に向け、その準備が着々とそろいつつある。
クルマの中に使われているECU(電子制御ユニット)がそれまでの機械部品に代わって電子的に制御してきた。ECUの心臓部はマイコン(マイクロコントローラ:MCU)であり、そのソフトウエアを書き換えることで新しい機能を追加することができる。SDVは、外部からの無線(OTA:Over The Air)によりそのソフトウエアを書き換えることで新しい機能を追加しようという概念である。ところが、今のクルマはECUがあまりにも増えているため、もっと整理しようという動きが出てきており、将来的にはもっとすっきりと整理してSDV時代に対応していくという流れが求められるようになってくる。
ゾーン・アーキテクチャに向けたSTのStellarマイコン
このほどSTMicroelectronicsは、、ゾーン・アーキテクチャに向けたマイコン「Stellar」の次世代シリーズをリリースした。ゾーン・アーキテクチャとは、クルマ内で近くにあるECUを束ねるという考え方だ。もう一つ、ドメイン・アーキテクチャという考え方もあるが、これは近い機能のECUをまとめようという考え方だ。一般に欧州ではゾーン方式が盛んで日本はドメイン方式を採用しようとするところが多い。しかし、配線の複雑さを考えるとゾーン・アーキテクチャの方がクルマの配線すなわちワイヤーハーネスがまとまってすっきりする。
複数の機能に分かれていたECUをまとめて、安全にそれぞれの機能を制御するわけだから、StellarのようなZCU(ゾーン・コントロール・ユニット)は仮想化の概念を取り込む必要がある。仮想化とは、1台のコンピュータが複数台あるかのように見せかける技術のことで、実際1台で複数台の仕事をこなす。そのために半導体プロセッサに求められる仕様はマルチコアである。
STは、仮想化技術をデモするための基板(図1)を開発した。試作した2枚のボードをクルマのフロントとリア部に搭載し、タブレット上のボタンを押すだけで、フロント基板のStellarが動作し、フロントのライトが点灯するのと同時にドアが開く、さらにEthernetを通してリアボードのStellarも動作させ、バックライトの点灯とシートを最適位置に動かす、という複数の動作を一気に行うことを見せるデモである。
図1 Stellarマイコンを搭載したフロント基板とリア基板で複数の機能を同時に実現してみせるデモ。タブレット上のボタンを押すだけでヘッドライトとバックライトが点灯しつつ、ドアが開き、シートも最適位置に動作する
Cortex-R52とM4をそれぞれマルチコアで搭載
Stellarには2種類のArmコアが複数個ずつ集積されている。リアルタイム動作に対応するためのRTOS(リアルタイムOS)をサポートするArm Cortex-R52コアと、通常のコンピュータOSをサポートするCortex-M4コアである。そして、クルマを動かすパワー部分を担う「Stellar Pシリーズ」と、それ以外のゾーン・アーキテクチャで使われる「Stellar Gシリーズ」の2シリーズに分かれている。
Pシリーズの「P」はPowerの略である。例えばトラクションインバータ用のマイコン、OBC(オンボードチャージャー)の制御用マイコン、BMC(バッテリ管理コントローラ)用マイコンなど車両のパワー関係を制御する複数のマイコンを1つのマイコン(Stellar Pシリーズ)で実現する。これが仮想化である。
一方のStellar Gシリーズの「G」はGatewayの略である。これまで近くにあるいくつかのECUに入っている各マイコンを1個のマイコン(Stellar Gシリーズ)で実現する。こちらも仮想化に対応できる。
ただし、実際の仮想化はソフトウエア「ハイパーバイザ」で機能を切り替える。高性能が必要なら2コア分を割り当て、性能より消費電力が優先なら1コアで済ませる。
メモリはPCMで微細化に対応
マルチコアマイコンとなると、集積度が高くなるため微細化が必要となる。これまで、そうしたマイコンのストレージメモリとしてNORフラッシュが集積されてきたが、NORフラッシュは40nmプロセスよりも微細化することが難しかった。このためSTはNORフラッシュに代わる不揮発性メモリとして、長年にわたって研究開発してきたPCM(相変化メモリ)メモリの採用にこぎつけた(図3)。40nmから28nmへ微細化するとPCMのメモリセル面積は0.019μm2と小さい。これまでのフラッシュや競合するMRAM(磁気抵抗メモリ)やReRAM(抵抗変化型メモリ)と比べて、高いPPA(Performance、Power、Area:性能、消費電力、面積)指数だとしている。
-
図3 STは28nm FD-SOI(Fully Depleted Silicon on Insulator)プロセスを採用したStellarマイコンにPCMを搭載して、内蔵メモリの容量を拡大させる (出典:STMicroelectronics)
PCMを搭載したマイコンで、実際にOTAによるマイコンメモリの書き換えを行ってみた実験にてメモリの書き換え・読み出しなどに成功。現在のところ、28nm FD-SOIプロセスで32MBのPCMが集積できるとしている。
PCMは、フラッシュと同様、電源を切っても記憶内容が失われない不揮発性を維持しながら、RAMのように何度書き換えても劣化しにくいという特長がある。
将来は18nm FD-SOIの採用も計画
STは、独自の微細プロセスとしてFD-SOI技術を使っており、同じ寸法ならバルクCMOSを用いた微細化技術よりも1世代先を行くと言われている。この技術は、リーク電流の原因となる空乏層を2方向から止めるためリーク電流が少ない。SOIウェハを提供するSoitec社はフランスのグルノーブルに拠点を構え、STのクロル工場にも近く、長年SOIウェハによる微細化技術を磨いてきた。STは28nm FD-SOIの先にある18nm FD-SOI技術に関しても開発を進めており、IDM(設計とプロセスの両方を担う垂直統合型半導体企業)として微細化技術をさらに磨いていく。今後に向けて、メモリ技術としての18nm FD-SOIプロセスのPCMも開発、立ち上げ中だとしている。
これらの仮想化マイコンはクルマのゾーン・アーキテクチャを狙ったものだが(図4)、実際のゾーン・アーキテクチャでは、まとめきれない、あるいは残ってしまうECUもあるはずで、そこには従来のSTM32マイコンの自動車向けシリーズとして用意された「STM32A(AはAutomotiveの略)」を使うことになる。
なお、次世代StellarマイコンとしてはすでにPシリーズはP7、P6、P3の3製品を出荷しており、GシリーズもG7、G6の2製品が出荷されている。Gシリーズは今後、さらに7製品がリリースされる予定だが、これらはローエンドないしミッドレンジの下方展開で、これまでの製品を補間していくことが予定されている。同社は、Stellar PおよびG、そしてSTM32Aについて、今後3年間で70品種以上をリリースする予定だとしている。