「長い間の電力変換の歴史の中で、グリッド(送電網)から自動車へ送電したり、その逆にクルマからグリッドへ送電したことはなかった。またソーラーを使って自宅で発電しそのエネルギーをクルマに貯めることもグリッド史上初めてだ」。こう語るのは、Texas Instruments社の高電圧製品事業部VP兼ゼネラルマネージャーのKannan Soundarapandian氏(図1)。
TIは電気自動車(EV:Electric Vehicle)向けの半導体ソリューションに力を入れている。それも単なるクルマだけを目指すのではなく、エネルギーのソースであり消費でもあるクルマとしての位置づけである。自動車メーカー(OEM)はクルマからMobilityへという表現をするが、そこにおいてはやはり移動手段のことしか見ていない。しかし、電力網全体のパワー(エネルギー)からEVを見直すと、新しいパワーエレクトロニクス市場の姿が見えてくる。
TIが狙うEV市場とは、クルマの中のエレクトロニクスに留まらず、グリッドからEV、EVからグリッドへというまったく新しい市場への期待である。図2に示すようにEVは自宅やマンションの中で充電し、停電時にはクルマから家庭へ供給する電力源にもなる。家庭では、交流電源からEVを充電する充電器や、ソーラーエネルギーを売電したりするためのパワーコンディショナ、蓄電池などが未来の家では設置されるようになるかもしれない。
ソーラーパネルは、2050年のカーボンニュートラル社会に向けて、各家庭やマンションで備えられるようになる可能性がある。また、蓄電池をマンションや町の自治会単位で設置することで、街単位での小さなグリッド網の変動を抑え、国全体の再生可能エネルギーの変動を抑えられるようになる。いわゆるスマートグリッド化して国全体の変動を抑えるためには小さな単位のマイクログリッドの変動を押させることが現実的である。その集合体がスマートグリッドとなる。
これらの充電器、蓄電器、パワーコンディショナ、そしてEVにはすべてパワーエレクトロニクスが必要になる。電力を高電圧の直流から低電圧の直流へ変換するDC-DCコンバータや、直流の蓄電池から交流の幹線に電力を供給するためのDC-ACコンバータや、その逆のAC-DCコンバータなどが求められる。しかも自治体本部やマンション、各家庭などでこのようなシステムを使う場合に必要なパワーエレクトロニクスの中核をなす技術がパワー半導体である。
ただし、パワー半導体だけでは全体を動かすことはできない。パワー半導体を動作させるためのゲートドライバICやそのドライバに指令を送るマイコン、さらには過電流、過電圧、過熱など危険を知らせるセンサ技術も欠かせない。それも効率の高い半導体が求められる。
そこでTIは、パワーエレクトロニクスシステムのけん引車となるEVに注目し、EVシステムに必要なパワー半導体製品ポートフォリオを拡充している。絶縁型ゲートドライバをはじめ、高電圧電源ソリューション、GaN IC、フライバックコントローラ、集積型変圧器バイアス、変圧器ドライバ、絶縁型電圧センサ、絶縁型電流センサ、ソリッドステートリレー(SSR)などがある(図3)。
パワー半導体を使ったさまざまな回路ソリューションを強化することで、電力制御のエレクトロニクス製品をより小型で高効率、軽量なシステムが可能になる。EVでは400Vという高電圧でトラクションインバータを動作させモーターを駆動する。400Vのリチウムイオンバッテリパックから、従来の12V系バッテリで動作させてきた様々な機器を動作させるための400Vから12Vや5V、あるいは3.3.VなどのDC-DCコンバータは欠かせない。また、リチウムイオンバッテリを充電するためのオンボードチャージャーもEVでは必須であるし、リチウムイオンセル1個ずつの充電が過充電しないように制御するためのBMS(バッテリマネージメントシステム)などもEVには欠かせない。
効率の良いGaN ICやトランスをモノリシックに集積する技術など、TIはさまざまなテクノロジーを開発しており、それらを活用して安全なEVシステムができる。TIはEVシステムをドライバにして、これからの新しいパワーエレクトロニクスを見つめている。