ソニーグループと本田技研工業(ホンダ)は、新しい付加価値を持たせたEV(電気自動車)の共同開発と、モビリティサービスの提供を事業化する新会社を設立することで合意した。

2022年1月に米国ラスベガスで開催されたCES 2022において、EVの試作2号車(VISION-S 02)を発表したソニーはEVメーカーになるのではないかと推測されてきた。ソニーにとって今回の提携はその具体的な開発会社となる。

  • VISION-S 02

    ソニーグループ本社に展示されているVISION-S 02

ホンダにとってソニーはITやCMOSイメージセンサに強い会社と映っている。3月4日の両社長の会見で明らかになったことだが、ソニーはEV開発・製造会社を指向し、ホンダはITの力でモビリティサービスを進めようという狙いがある。ホンダのEVはもちろん自社開発・自社生産の意向は変わらないないが、ITというサービス力を使ってクルマ作りだけではなく、クルマ販売に関するさまざまなサービスを模索している。トヨタがクルマのサービスの1つとして、KINTO(キント)というサブスクリプションシステムを導入しているが、これもトヨタにとっての新しいビジネスモデルの在り方の1つである。

例えば、これからのACES(Autonomy、Connectivity、Electricity and Sharing)やCASEなどでOTA(Over the air)を通じたミドルウエアやソフトウエアのアップデート技術が普及し、さまざまなソフトウエアサービスが期待できる。ここに両社の知恵が織り込まれるようなビジネスシーンが登場するだろう。OTA技術はこれからのクルマには不可欠になりそうだ。

ソニーとホンダ、それぞれの狙い

ソニーは民生用エレクトロニクスと半導体技術がDNAとして残っており、ゲーム機や映画などのエンタテインメント産業、さらにはソニー損保や銀行などの金融部門はそのまま自動車産業にも適用できるという強みがある。CMOSイメージセンサの半導体技術にも長けている。さらに通信ネットワークにも進出している。IoT専用のネットワーク通信を持つ上に、イスラエルのセルラーモデム半導体製品が得意なAltair Semiconductorを買収、Sony Semiconductor Israelを手に入れている。

ソニーと手を組めば、ホンダはITや半導体などこれからのクルマ作りに欠かせない技術やアイデアが手に入る。これによってモビリティサービスへつなげることができるようになる。

一方、ソニーはクルマそのものを開発してみたものの、量産工場を設立することは難しいと感じている。自動車メーカーの企業文化からとてもかけ離れた民生エレクトロニクス企業だからだ。

自動車メーカーは、消費者がどんな乱暴な運転をしても壊れないクルマ作りと事故を減らす技術の開発を進めてきた。クルマに使われる1万個を超す部品の故障率が1個当たり例えば1ppm(百万分の一)だとしても1万個の部品だとクルマのシステムとして1/100、すなわち1%の故障率になる。100台生産すると1台は故障する確率となる。自動車メーカーは1ppmの故障率はとうてい受け入れられない。

ソニーの話ではないが、スマートフォンのような民生品なら故障率が百万分の一なら許されてしまう。日本製品は品質が高いと言われ、1ppmよりは少ない故障率を実現してきたが、自動車メーカーはゼロパーセント、ゼロppmを要求する。人命を預かる製品だからだ。

また自動車メーカーがF1レースのような競技に積極的に出る理由の1つは、急発進、急ハンドル、急ブレーキなどきわめて乱暴な運転をする体験をクルマ作りに活かすためだ。それでも壊れないクルマを作ることが自動車メーカーのミッションだからである。

  • ソニーとホンダ

    提携会見で握手を交わすソニーグループ 代表執行役 会長 兼 社長 CEOの吉田憲一郎氏(左)とホンダ取締役 代表執行役社長の三部敏宏氏(右)

提携から見えたソニーの自動車市場参入の本気度

今回のニュースリリースでは、「Hondaが長年培ってきたモビリティの開発力、車体製造の技術やアフターサービス運営の実績と、ソニーが保有するイメージング・センシング、通信、ネットワーク、各種エンタテインメント技術の開発・運営の実績を持ち寄り、利用者や環境に寄り添い進化を続ける新しい時代のモビリティとサービスの実現を目指します」と書かれている。

設立する新会社からEV車両の初期モデルは2025年に販売を開始すると想定している。新会社はEV車両の企画、設計、開発、販売などを行うことを想定しているが、製造設備は持たず、製造の初期モデルについてはHondaの車両製造工場が担うことを想定しているという。また、モビリティ向けサービスプラットフォームについては、ソニーが開発し、新会社に提供するとしている。

Tesla MotorsがEVを開発しただけではなく量産化も成功した最大の理由はやはり、人であった。Teslaは欧州や米国の自動車メーカーにいた人材を大量に採用してきた。自動車メーカーの企業文化を熟知した人たちがTesla車を作ってきた。ソニーはどうやって自動車メーカーの人材を確保するのか、ここが量産化する上でのカギだろうと思っていた。日本は最近こそ転職が普通になりつつあるが、それでも欲しい人材を多数得ることは極めて難しい。そこで、今回のような自動車メーカーとの提携という方法は、本気でソニーがEVを生産販売できる道といえそうだ。