2025年、戸谷友則氏はフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡に搭載された大面積望遠鏡(LAT)の15年分の観測データから、天の川銀河の広い範囲で約20 GeVにピークを持つガンマ線の超過、いわゆる「halo-like excess」(ハロー状の超過。以下「超過」)をarXivで報告した。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。
ダークマター粒子の反応で生じた光との解釈も示されたが、銀河にはほかにもガンマ線を出す領域や仕組みがある。この解釈はどこまで確かなのか。米国などの研究者チームが、銀河由来の放射の見積もり方を変えて検証した。
どう見分ける?ダークマターの信号
ダークマターは光を出したり吸収したりしないため、今のところ直接観測されていない。銀河の中の星の運動などが、見えている物質の重力だけでは説明しきれない事実から、この重力の不足を補う物質としてその存在が推定されている。
その正体を探るべく、候補を絞る方法の1つが、ダークマター粒子どうしの対消滅に伴って生じるガンマ線だ。ただしガンマ線は、宇宙線と星間ガスの反応や、高エネルギーの電子が星の光にエネルギーを与える「逆コンプトン散乱」など、他の機構でも発生し得る。
銀河中心から広がる巨大なガンマ線構造「フェルミバブル」も、観測領域に重なっている。ほかにも、X線望遠鏡eROSITAの観測で見つかった銀河中心周辺の巨大構造「eROSITAバブル」や、電波などで見えるループ状の構造「Loop I」があり、これらの放射も解析で考慮する必要がある。
銀河から届くガンマ線の見積もりを変える
2025年の報告で戸谷氏は観測された空間分布が、滑らかなダークマターハローの対消滅で予想される分布と整合すると指摘している。しかし、同氏も指摘する通り、この整合性だけで、この超過がダークマター由来であると断ずることはできない。
今回、Kevork N. Abazajianらの研究グループは、戸谷氏と同じ15年分のLATデータを使い、銀河由来のガンマ線をどう見積もるかによって、超過の強さや性質がどれほど変わるかを調べた。
銀河内の宇宙線の分布や、ガス・星間光との相互作用を計算する拡散放射モデル、複数の放射成分の分け方を組み合わせ、281通りの設定を比較した。さらに、フェルミバブルなど大きな構造についても、形や明るさの分布が異なるモデルを試した。
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ハロー状ガンマ線成分のスペクトル。横軸はガンマ線のエネルギー、縦軸はエネルギーフラックス。左から、フェルミバブルを「構造あり」「一様」「戸谷の残差由来」の各モデルで表した場合を示す。黒・紫・緑の点と誤差棒は、それぞれ代表的な単一ガス設定、戸谷のベースライン、A2020の銀河放射モデルを観測データに当てはめた結果(68%区間)。赤・橙の線と帯は、ハロー成分を含まない模擬データ、青の線と帯は戸谷のスペクトルを加えた模擬データを各50個作って解析した結果の中央値と16~84%範囲を示す。模擬データの生成時と解析時でフェルミバブルのモデルが異なると、ハロー成分を含まない場合にも、広がったスペクトルの見かけの成分が生じうる
研究チームはまず、戸谷氏の解析と同じ放射モデルや空の区切り方を使い、報告された超過を再現できることを確かめた。その後、空をより細かく区切り、望遠鏡の角度分解能による像のぼやけも考慮して、各放射成分の寄与を改めて推定した。さらに、ダークマターが銀河を取り巻くハローに広がっていると仮定した場合のガンマ線分布をデータに当てはめた。
超過は残るが、強さや分布は一定しない
細かな区切り方でも、ダークマターのハローの分布に似たガンマ線成分は残った。代表的な6つの設定では、フェルミバブルのテンプレートを替えると、推定される成分の強さも変わった。
戸谷氏が観測データの残差から作成したテンプレートでは、フェルミバブルを「構造あり」として扱うテンプレートに比べ、推定量は1.4~2.1倍になった。エネルギーごとの強さも変化した。
研究チームは、空を南北・東西の4領域に分け、それぞれでハロー状成分の強さを推定した。超過全体が滑らかなハロー内のダークマターの対消滅で生じたなら、各領域の強さは、同じ空間分布に共通の倍率を掛けた値になるはずだ。
ところが、eROSITAバブルを一様な明るさとして扱う通常のモデルでは、領域ごとの推定値が一致しなかった。X線の明るさに応じてバブルを12領域に分け、それぞれの寄与を別々に推定すると、南北・東西の4分割では差が小さくなった。
しかし、区切りを45度回転させた検証では、調べた設定のいずれでも不一致が残った。ただし、球状の信号が実際にあっても、eROSITAバブルのモデルが不適切なら領域ごとの推定値に差が生じうることをシミュレーションが示している。したがって、この結果も前景モデルの仮定を踏まえて解釈する必要がある。
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空を4領域に分け、ハロー状成分の強さを領域ごとに独立に推定した結果。解析は戸谷のベースラインの銀河放射モデルと2度格子を用い、値は20.8 GeVでの係数を示す。左列は南北・東西の4分割、右列は区切りを45度回転させた分割。黒点と誤差棒は各領域の推定値と68%区間、青線は4領域に共通の係数を当てはめた値を表す。上段は「構造あり」のフェルミバブルと南北一様なeROSITAバブル、中段は一様なフェルミバブルと南北一様なeROSITAバブル、下段は一様なフェルミバブルとX線の明るさで重みづけした12領域のeROSITAバブルを用いた場合。上段・中段では左右とも領域間の推定値が共通値と整合せず、下段では左列のみ共通値と整合する
また、銀河の大きなガンマ線構造を実際とは異なる形でモデル化すると、ダークマター成分を加えていない模擬データからも、観測された超過に匹敵する見かけの信号が生じる場合があった。研究チームは、観測された超過の起源がすべて銀河内の構造の誤差だと示したのではなく、モデルの不一致がダークマターらしい成分を作りうると示した。
LZ実験との「共通の起源」はまだ仮説
研究チームは、検討した銀河由来のガンマ線のモデルの範囲では、観測された超過全体を、戸谷氏の解析で採用された滑らかなNFW型ハロー内のダークマターの対消滅だけで説明する見方は支持されにくいと結論づけた。一方、残ったガンマ線成分の一部にダークマターが寄与する可能性までは否定していない。
ダークマターの正体を探る方法には、宇宙から届く光を調べるほか、地下の検出器で粒子と原子核の衝突を探す方法もある。LUX-ZEPLIN(LZ)は、液体キセノン中の原子核が受ける反跳を測る実験だ。
LZでは、反跳エネルギー約248キロ電子ボルトの事象が1件報告された。背景事象のみの仮説に対する有意度は2.6σであり、ダークマターとの衝突が確認されたわけではない。この事象と天の川銀河のガンマ線超過を同じ粒子で説明する理論も提案されている。
その理論では、約420 GeVのダークフォトン2個が銀河ハローで対消滅してW+W-を生み、生成したWボソンの崩壊を経てガンマ線が生じると考える。LZでは、ダークフォトンがキセノン原子核と非弾性散乱して反跳を起こすとする仮説だ。
今回の研究は、ガンマ線超過の強さやエネルギー分布が放射モデルによって変わることを示した。このため、ガンマ線超過をLZの反跳と同じダークマター粒子に結びつける天体物理学的な根拠は弱まる。ただし、研究チームはLZのデータを再解析したわけでも、提案された粒子モデル全体を検証したわけでもない。
フェルミバブルやLoop I、eROSITAバブルなど、銀河内に広がる構造がガンマ線観測にどの程度寄与しているかは、まだ十分に定まっていない。超過の強さだけでなく、エネルギーによる変化と空での広がりを、複数の銀河放射モデルに照らして確かめることが、起源の特定に向けた課題となる。