本連載「日本企業のAIエージェント戦略 - PoCから本番活用へ、乗り越えるべき4つの課題」では、日本企業がAIエージェント活用・展開にあたり直面する課題を、Context(文脈)、Choice(選択肢)、Control(コントロール)Cost(コスト)という「4つのC」の観点で整理します。

「選べること」と「AIの民主化」

企業のAIエージェント活用を左右する「4つのC」のうち、今回は「Choice(選択肢)」を取り上げます。「データと文脈を自社の資産として持ち続けながら、使うAIは自由に選べる」という状態をどう保つかがテーマです。

「選べること」の意味を考える手がかりになる言葉が、「AIの民主化」です。多くの場合、「高度な技術的知識がなくても、誰もが手軽にAIを使えるようにする」という意味で使われます。

ただ、英国の研究機関であるGovAIなどの研究者による論文(Segerほか、2023年)は、AIの民主化には「利用」「開発」「利益」「ガバナンス」の異なる意味が含まれるとして、民主化を「AIを使いやすくすること」と同一視すべきではないと指摘しています。英国の競争・市場庁(CMA)も、基盤モデルの市場が守るべき原則として、企業や消費者が特定の提供者に縛られずにモデルを選び、乗り換えられることを掲げています。

では、AIエージェントの時代に、企業はどこに「選べる状態」を持っておくべきでしょうか。

どこに選択肢があるのか - AIエージェントの構成から考える

まず、AIエージェントがどのように構成されているのかを見ておきましょう。「Claude Code」や「Codex」といったコーディングエージェントを思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。

中心にあるのは「ハーネス」と呼ばれるアプリケーションです。ハーネスは依頼を受け取ると、LLM(大規模言語モデル)との間で問いかけと応答を繰り返しながら、作業を一歩ずつ進めます。

ハーネスはこのループを回しながら、会話の文脈や記憶を管理します。必要に応じて「ツール」で情報を取りに行ったりシステムを操作したり、「スキル」と呼ばれる手順書を読み込んだりもします。

この構成のうち、選択の余地が特に大きいのがLLMです。加えて、ハーネスそのものやエージェントが使うデータをどう持たせるかにも、選択の余地があります。

  • 日本企業のAIエージェント戦略 - PoCから本番活用へ、乗り越えるべき4つの課題 第3回

    AIエージェントの構成

費用も変化も大きいLLM

多くの場合、エージェントの運用費用で大きな割合を占めるのは、LLMの利用料です。エージェントは一つの依頼を片付けるまでに何度もモデルを呼び出すため、通常のチャット利用よりその傾向がさらに強まります。

そのLLMの競争は激しさを増しています。スタンフォード大学の「AI Index Report 2026」によると、ユーザーが2つのAIモデルの回答を見比べて好みを投票する「Arena」のランキングでは、2026年3月時点で、1,500点前後のスコアの中に上位4社のモデルが25点以内の差でひしめいています。 米国のベンチャーキャピタルであるa16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)が2026年1月に公表した、世界の主要企業(Global 2000)の経営幹部100人への調査では、3つ以上のモデルファミリーを試験または本番で使う企業が、この1年弱で68%から81%に増えました。a16zは、その背景として、用途によって首位に立つモデルが異なることを挙げています。

費用の面でも、使い分けには意味があります。単純な分類や要約なら、小型で安価なモデルで十分な場面も少なくなく、モデルを選べることは費用を抑える前提にもなります。ただし、モデルを替えれば同じ指示でも結果が変わるため、選び続けるうえでは、自社の業務で評価し比べられるようにしておくことが欠かせません。

ハーネスは既製品か、自作か - 1つに縛られないために

ハーネスにも選択肢があり、用途に合わせて既製品を使うことも、自社に合わせて自作することもできます。製品によって得意な作業は異なり、使う人による向き不向きもあります。

ただ、全社的な仕様を1つのハーネスに合わせると、設定や仕事の進め方がそのハーネスを前提に組み上がり、別により良いものが出てきても乗り換えにくくなります。

そこで、複数のハーネスの上にもう1つ層をかぶせる「メタハーネス」という考え方も出てきています。利用者はメタハーネスとやり取りし、ハーネスとLLMの組み合わせを切り替えます。最近では、オープンソースで公開されているメタハーネスも登場しています。

ハーネスを替えやすくするには、ツールとスキルの持ち方も大切です。ツールには「MCP(Model Context Protocol)」、スキルには「Agent Skills」という共通規格があり、これらに沿って作れば特定のハーネスに縛られにくくなります。さらに、全社共有する基盤に登録し一元管理しておけば、別のハーネスに乗り換える時も引き継ぎやすくなります。

2025年12月には、MCPなどのプロジェクトを運営する「中立でオープンな場」として、Linux Foundationの下にAgentic AI Foundationが設立されました。これには主要なAI企業やクラウド事業者が参加しています。

選択肢を支える土台としてのデータ

モデルやハーネスが入れ替わっても、企業のデータは変わらずに残ります。業務データはもちろん、AIの利用ログや評価結果も、どのモデルが自社に合うかを見極める材料になります。

ただし、データを持っていることと、そのデータを新しいモデルやハーネスからすぐに使えることは別の話です。企業のデータは従来、商用のデータベースやデータウェアハウスの中に、その製品独自の形式で格納されるのが一般的でした。

その場合、別のエンジンやAIから使うには、都度データを取り出して変換する作業が必要です。この手間が大きいと、新しいモデルを試すこと自体が負担になり、結局はいまの組み合わせを使い続けることになりがちです。

こうした状況を変えようと広がってきたのが、データレイクの柔軟さやとデータウェアハウスの信頼性を一つにまとめる「レイクハウス」という考え方と、それを支える「Delta Lake」「Apache Iceberg」といったオープンなテーブルフォーマットです。

データは自社管理のストレージに仕様が公開されたファイルとして置かれるため、複数の分析エンジンやAIからでも、複製や変換を減らしながら一つのデータとして扱いやすくなります。特定のクラウドに縛られることなく、データ基盤をどこに築くかも自社で決められます。

データを開かれた形で持てば、データを自社の管理下に置き続けることができ、その上に載せるモデルやハーネスも選び直しやすくなります。

  • 日本企業のAIエージェント戦略 - PoCから本番活用へ、乗り越えるべき4つの課題 第3回

    差し替えられる部品と、持ち続ける資産

「選べる状態」を保ち続けるために

2026年7月に閣議決定された人工知能基本計画は「開かれた『AI主権』」の確立を掲げ、特定の国や企業への過度な依存を避けるために「複数モデルを統御しながら利用する」ことや、多様なAIモデル間の相互運用性の確保を重視するとしています。

モデルとハーネスを差し替えられる部品として扱い、ツールやスキル、オープンな形でデータを手元に持ち続けるような設計が「選べる状態」を保つ土台になります。ただし、選択肢を増やすほど管理すべき事項も増えていきます。基本計画が「統御しながら」と述べているように、選択肢を広げる際には統制とセットで考える必要があります。

次回は4つのCのうち「Control(コントロール)」を取り上げ、増え続けるAIの資産をどう統制していくのかを考えます。