2024年8月下旬に、台風10号が九州方面に来襲した。このとき、天草エアラインのATR42が仙台空港に現れた、といって話題になった。同社は熊本空港を拠点とするエアラインで、仙台には定期便は飛ばしていない。そこで今回は、第168回でもちょっとだけ触れたことがある「台風避難」の話を、もう少し掘り下げてみたい。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • 天草エアラインのATR42。普段は西日本でしか見られない機体だが、これが台風避難で仙台空港に現れたという 撮影:井上孝司

台風が来ると機体を逃がす

天草エアラインのATR42の件は、台風が来襲したときに機体が壊されないように、ということで、離れた場所の飛行場に避難したために発生した現象。この天草エアラインの事例に限らず、他社でも同じようなことが行われている。

その辺の事情は軍用機も同じ。だから、台風が来襲したときに、グアム島のアンダーセン空軍基地、あるいは沖縄の嘉手納基地に配備されている米軍機が、日本本土の基地に避難してくることがある。台風の進路予測を受けて、余裕を持って避難を済ませておくわけである。

アメリカ本土でも、メキシコ湾岸や東海岸にある軍の飛行場にハリケーンが来襲したときに、より北方の、あるいは内陸部の飛行場に避難させる場面がある。

格納庫に入れておけば安全とは限らない

ところがときには進路予測が当たらず、避難した先の飛行場に向かって台風が進んで行ってしまうこともある。すると避難先からさらに別の場所に避難するというドタバタが起きる。

もちろん、すべての機体を格納庫に収めてしまえば避難する必然性は下がる。しかし小型の戦闘機ならまだしも、大型の機体になれば全機を格納庫に収容できるわけではない。その辺の事情は民航機も同じ。実際、空港に行くとスポットあるいは駐機場に夜間駐機している機体はたくさんいる。

  • 空港の格納庫を使用するのは整備を行う機体だけで、それ以外は露天駐機が一般的 撮影:井上孝司

そこに台風が来襲したら一大事だから、安全な場所に避難させるわけである。メーカーが機種ごとに、あるいはエアライン各社(軍用機ならそれぞれの軍)が定めている耐風速基準というものがあり、その基準を上回る台風がやってくるとなったら、避難を発動する。

なお、格納庫に入れておけば安心、とは限らない。2018年11月にハリケーン “マイケル” がアメリカ南東部に来襲したときには、フロリダ州のティンダル空軍基地で、施設の被害が発生した。

もしも格納庫に機体をしまい込んでいて、その格納庫がハリケーンで壊されたら、中に収めている機体も一緒に壊されてしまう。実際、ハリケーンではなく降雪が原因だが、格納庫が壊されて中の機体まで巻き添えになった事例がある。

避難するにも場所が要る

しかし、避難する先を好き勝手に決められるかというと、そうとは限らない。

まず、台風の予想進路から外れた場所にあることが必須要件となるから、そこで選択肢が絞られる。予想進路上にある飛行場に向かったのでは、避難にならない。

次に、避難する先の飛行場に十分な駐機スペースがあること。考えることは誰しも同じだから、ひとつところに多数の機体が集まってくる事態が考えられる。それで駐機場が満杯になってしまえば、あぶれた機体は居場所がなくなる。駐機場が満杯だからといって誘導路や滑走路に止めてしまう手も考えられなくはないが、それは運航の妨げになるから「最後の手段」である。

ことに、大きな空港がある大都市圏、とりわけ首都圏に大型台風が来襲すると、避難させなければならない機体の数は必然的に増加する。すると、それをどこに避難させるかが問題になる。各社が好き勝手に、てんでバラバラに避難させたら混乱しそうだから、何らかの調整は必要になる。

それに、大型機を小さな飛行場に降ろすわけにはいかないから、機種によっては避難できる先が限られる。しかも、自動車運搬船みたいにビッシリ並べるわけにはいかず、駐機する際には機体と機体の間にしかるべき間隔を空けなければならないので、相応に場所をとる。

実際、2018年に発生した台風24号に起因する避難では、避難先の調整が難航したという。その経験を受けて、それまではエアライン各社と空港管理者が個別に調整を行っていたやり方を見直して、国土交通省の航空局が情報の収集・共有を図り、より円滑な避難を行えるようにしたそうだ。

避難を実施する際に関わる要因と、その影響

さて。「どこからどこに何を何機ずつ避難させるかが決まりました。あとは実行するだけです」となれば話は簡単。ではない。避難させるにしてもフライトが発生するわけだから、それを飛ばすための運航乗務員が必要になる。

通常のスケジュールにないフライトが発生するから、待機しているスタンバイ要員を呼び出したり、スケジュール変更をかけたりする場面もあり得よう。それは、避難していた機体を元の場所に戻す場合も同じ。

そして、避難を実施した後に運航スケジュールへの影響が発生する可能性もある。例えば、朝一番に羽田から飛び立つフライトがあるのに、そこで使用する機材が別の飛行場に避難していたのでは、「機材繰りに起因する欠航または遅延」が起きてしまう。

避難以外の方法はあるか

確実を期するのであれば、台風が来ない場所に避難するのが最善となる。しかしその他の対応策がないわけではない。具体的に挙げると、こうなる。

  • 燃料を積み込んだり、貨物室に死重を積み込んだりして機体を重くする
  • 車輪止め(チョーク)を増強して動きにくくする
  • 機首の方向を風向に合わせて調整する

ただ、台風そのものの激甚化という問題もある。確実に被害を避けようとするならば、やはり台風が来ない場所に機体を逃がすのが最善である。

参考 : 土木学会論文集 Vol.79, No.1,22-00062 2023「大規模台風時の航空機避難の実態と空港の臨時駐機容量に関する研究」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejj/79/1/79_22-00062/_pdf

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。