航空機の整備作業については、以前に第159回第160回第162回で取り上げたことがある。今回からは、それら過去記事とは視点を変えつつ、航空機のメンテナンスに関わる話をいろいろ取り上げてみようと思う。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

整備のしやすい機体、しにくい機体

なにも航空機に限ったことではなく、自動車でも鉄道車両でも艦船でも同じだが、整備・点検を行いやすい設計と、行いにくい設計がある。

例えば、エンジン。昔は、エンジンを機体に取り付けたままで点検整備を実施していたが、それだとエンジンの点検整備を実施している間、機体はずっと非可動状態になる。予備のエンジンを用意しておいて、エンジンが大がかりな整備を必要とするタイミングになったところで交換してしまえば、機体はすぐに整備済みのエンジンを使って再稼働できる。

ただし、この考え方が能書き通りに機能するためには、エンジンの交換作業を迅速かつ容易に行える必要がある。エンジンの交換にやたらと時間がかかるようでは、「それなら機体に取り付けたままで整備しても同じ」ということになりかねない。

  • F-15イーグルのエンジンを取り下ろしているところ。後方にガバッと引き抜けるようになっている様子が分かる 写真:USAF

今の大形ジェット機であれば、エンジンは翼下にパイロンを介して吊るす形が多い。だから脱着・交換も比較的やりやすい。戦闘機の場合、以前にも書いたように、エンジンは後方にガバッと引き抜く形が基本で、これも迅速な交換が可能だ。というと話が逆で、迅速に交換できるように、後方にガバッと引き抜く設計にしている。

ところが昔のジェット戦闘機では、後部胴体を外さないとエンジンを交換できない、なんていう機体はザラにあった。すると、エンジンを脱着する手間に加えて、後部胴体を脱着する手間もかかる。しかも後部胴体には垂直尾翼や水平尾翼が取り付いているから、それらに付いている動翼を作動させるための索や油圧配管も脱着しなければならない。灯火や電子機器があれば、電気配線の脱着も必要になる。

DC-10一族の泣き所

今はすっかり数を減らしてしまったが、以前はジェット旅客機の分野で「三発機」がけっこうな勢力を占めていた。ボーイングの727、マクドネルダグラスのDC-10やMD-11、ロッキードのL-1011トライスター、BAeのトライデントなどなど。今でも、ダッソー・ファルコンの一族には三発モデルがある。

1番エンジンと3番エンジンは、翼下に取り付けたり、後部胴体の左右に取り付けたりする。ところが2番エンジンは、後部胴体に取り付けるしかない。左右対称になるように取り付けないと、推力が非対称になって、ヨー方向の動きが常時発生してしまう。そこで普通は胴体の尾端にエンジンを組み込んで、垂直尾翼の付根に設けた空気取入口から、S字型のダクトで吸気を導いている。

ところが何事にも例外は発生するもので、DC-10やMD-11は垂直尾翼の付根をぶち抜くようにエンジンを取り付けた。すると、一般的な三発機よりもエンジンの取付位置が高い。おまけに、エンジン整備の際に胴体後端に付いているテールコーンを外さなければならないこともあるという。これは、整備性という観点から見ただけでも、あまりありがたい設計とはいえない。

  • DC-10をベースにした空中給油機・KC-10エクステンダー。垂直尾翼の基部を突き抜けている2番エンジンの配置がよく分かる 撮影:井上孝司

地上からアクセスできることの重要性

他にも似たような話はある。エンジンの話ではないが、コンベアのB-58ハスラーやノースアメリカンのXB-70バルキリーといった米空軍の爆撃機の場合。

写真を見ていただければお分かりの通り、どちらも胴体の位置が高い。B-58は胴体の下に核爆弾を収めたポッドを吊るす関係で、十分なクリアランスを確保する必要があり、結果として降着装置がやたらと長くなった。XB-70は機首が上部に持ち上がった配置になっているので、エンジン空気取入口より前方の胴体部分が、やたらと高い位置にある。

こうなると、まず搭乗員が機体に乗降する際に手間がかかる。専用のラダー付き車両か何かを持ってこなければ、機体に取り付くことができない。これは整備も同様で、高所作業車か足場を用意しなければ、胴体内に収められた機器類の整備点検もままならない。整備性という観点からすると、まったく褒められた話ではない。

  • XB-70バルキリー。地上に立っている人間と比較すると、コックピットの位置がえらく高いことが分かる 写真:USAF

  • B-58ハスラー。コックピットが高い位置にあるので専用のステップが必要になる。整備の際にも、足場がなければ機体に取り付けない 写真:USAF

理想をいえば、整備員が地面の上に立った状態で胴体の側面にアクセスできるのが最高である。高い台の上に登る必要がなければ、転落事故のリスクが減るし、機体がやって来たらただちに取り付ける。しゃがんだり背中を曲げたりと、不自然な姿勢での整備点検を求められるようになれば、肉体的負担が増えてしまうから、普通に立った姿勢のままでアクセスできる方がありがたい。

また、狭い隙間の中に身体をねじ込んだり、奥の方にある機器にアクセスするために手前側にある機器を外す必要があったり、という設計になれば、これまた整備性の観点からすると褒められない。

整備性が悪い機体は、結果として整備に時間を要することになるから、可動率が低下してしまう。また、時間的な観点からいっても、整備で使用する機材を用意する観点からいっても、整備に関わる有形無形のコストを増やしてしまう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。