大規模分子シミュレーションによるタイヤ材料開発

京コンピュータの産業利用の中から、住友ゴム工業の中瀬古広三郎 常務がタイヤ材料の開発への利用について発表を行った。

京コンピュータを利用したタイヤ材料の開発について発表する住友ゴム工業の中瀬古氏

乗用車用の市販のタイヤに関しては、転がり抵抗や濡れた路面のグリップ性能について性能指標が決められ、世界各国で規制が行われる方向に動いている。また、米国ではタイヤの寿命についても規制の方向にあるという。

このように、タイヤには低燃費性、安全性と省資源(寿命に直結するゴム強度)が求められるという。

タイヤには低燃費性、安全性、省資源(ゴム強度)が求められる (出典:京コンピュータシンポジウムにおける中瀬古氏の発表スライド)

これらの要求はゴムの性質としては相反するものであり、これらすべてを満足させていくには、タイヤのゴムを分子レベルで検討できるシミュレーションが必要であるという。

そのため、住友ゴムではSPring-8を使って、タイヤ材料の測定を行い、1次凝集構造だけではなく、フィラーの不均一な構造や偏りによる2次凝集構造があることを見つけた。このような大きな構造の影響を正しく反映するためには350nm3という大きなサイズのゴムを分子スケールでシミュレーションする必要がある。しかし、これは社内で計算してきたモデルの数100~数1000倍の規模となり、社内のコンピュータの手には負えない。そこで、京コンピュータが必要になってくる。

SPring-8を用いてタイヤのゴムを測定したところ、フィラーの不均一な構造などによる大きな構造があることが判明した。しかし、この解析は社内のコンピュータの手には負えず、京コンピュータが必要であるという (出典:京コンピュータシンポジウムにおける中瀬古氏の発表スライド)

そして、この2次凝集構造を分子レベルで丸ごとシミュレーションしてサブnmからサブμmにまたがる性能発現のメカニズムを解明して、新素材の提案につなげて行くという作戦である。

サブナノメートルからサブマイクロメートルの分子動力学シミュレーションで、性能発現のメカニズムを解明して、新素材の開発につなげる (出典:京コンピュータシンポジウムにおける中瀬古氏の発表スライド)

また、今後は、SPring-8だけでなく、J-PARCも使ってダイナミクスも測定してシミュレーションモデルを改善し、京コンピュータでシミュレーションすることで、シミュレーションの精度を向上させて行くという。

これらの発表に見られるように、京コンピュータの性能で、やっと、丸ごとシミュレーションに手が届くという状態になり、実験を置き換えられる精度が実現されつつある。しかし、創薬のたんぱく質と化合物の結合シミュレーションは、京コンピュータ全体を使っても1日に2つ程度の組み合わせしか計算できない。また、航空機の翼やジェットエンジンの空気の流れのシミュレーションは渦のサイズが、車の場合の1/10程度に小さくなるので、京コンピュータでは能力不足である。また、ダークマターのシミュレーションでも、銀河サイズをシミュレートしたいのに、京コンピュータでできるのは1光年程度に制限される。

このため、京コンピュータを使って成果を出していくというアクティビティが重要であることは当然であるが、並行して、ポスト京のエクサスケールのスパコンを開発することも重要と感じさせるシンポジウムであった。