新物質から新エネルギーへ

東京大学の常行真司教授は、京コンピュータを使う新物質の開発と、それによるエネルギー問題の解決に関する研究について発表を行った。

京コンピュータを使う新物質の開発とエネルギー問題の解決について発表する東大の常行教授

エネルギーを創る分野では、レアアースを使わないで発電機用の強力な磁石を作る、燃料電池や太陽電池の効率を上げる物質を作ることが重要な課題になっている。また、電気を運ぶ分野では超伝導でロスを減らす実用的な電線材料の開発が重要であるし、電気を多く蓄えることができる電池材料の開発も重要である。

このように、エネルギー問題を解決していく上で、これらの各分野で効率を高め、エネルギーを消費する分野では使用エネルギーを減らすための物質開発が重要となってきている。

エネルギー問題の解決には、エネルギーを創る,運ぶ、蓄えるという各分野で効率を改善する新物質の開発が重要。エネルギーを消費する分野では使用量を抑えて大切に使うための新物質の開発が重要 (出典:京コンピュータシンポジウムにおける常行教授の発表スライド)

MOSトランジスタは、ソースとドレインの距離が20nmより短くなると、表面の上側においたゲートだけでは電流を十分に止められず、オフの時の漏れ電流が大きくなってしまう。これに対して直径10nm程度のシリコンのナノワイヤの全周を囲むゲートとすれば、より確実に電流を止めることができるようになる。

このシリコンナノワイヤの解析は京コンピュータの試用時期から始められており、2011年11月のSC11においてゴードンベル賞を獲得している。

トランジスタ寸法の縮小に伴い、漏れ電流が増加している。この対策がシリコンナノワイヤの全周にゲートを設けるトランジスタ構造。IT機器の消費電力を半減できれば、年間3750億円の節約になる (出典:京コンピュータシンポジウムにおける常行教授の発表スライド)

IT機器が年間に消費している電気は7500億円に上っており、仮に、これが半分に削減できたとすると、年間3750億円の節約になるという。ただし、現状、IT機器の消費電力の半分が漏れ電流によるものというわけではないし、トランジスタあたりの消費電力が減ってもムーアの法則で使用するトランジスタ数が増えるので、ナノワイヤトランジスタができるとIT機器の消費電力が半減というのは、ちょっと乱暴な仮定であると思う。

スマートフォンなどの携帯機器では、体積や重量あたり、より多くの電気が蓄えられ、長時間動作できる電池が望ましい。また、燃料電池も効率の向上や小型化が求められている。このような高性能化を実現するためには、性能の鍵となる電極材料や電解液の開発が重要となる。そのためには、電極と電解液面の化学反応をシミュレーションによって定量的に評価し、最適な材料を探すことが必要である。

リチウムイオン電池や燃料電池の電極と電解液の界面での化学反応を正確にシミュレーションして最適な電極材料と電解液を見つける (出典:京コンピュータシンポジウムにおける常行教授の発表スライド)

現状では、計算能力の制約から、モデル化した理想的な界面での反応しか計算できないが、京コンピュータの使用で現実の電極構造を使った定量的な計算が可能になる。

また、中国からの輸出に頼っているレアアースの使用量を減らす、あるいは、使わない強力磁石材料が開発できれば、発電機やモーターの消費電力を減らすことができる。また、超伝導のメカニズムを解析し、より高い温度でも超伝導を示す物質が開発できれば、送電網のロスやリニアモーターカーの消費電力を減らすことができる。

このようなシミュレーションには膨大な計算が必要であるが、京コンピュータ、ポスト京コンピュータの高い計算能力を使うことにより、コンピュータシミュレーションで物質の特性を計算することができるようにして行く。これにより、実際にその材料を試作する回数を減らして、新材料の開発期間を短縮することが可能になる。

シミュレーションで物質の性質を知る計算物質科学の実用化で、新物質の開発期間を短縮し、ライバルに先駆けて特許などを押さえることができる (出典:京コンピュータシンポジウムにおける常行教授の発表スライド)

そして、開発期間が短縮されると、エネルギー効率を改善する物質が早く実用化されてエネルギー問題の解決の速度が上がるだけでなく、ライバルに先駆けて特許を取得して利益を上げることも可能になる。