AIエージェントのPoCを重ねながら、本番展開に至らない企業が少なからず見受けられる。そうした中、エイベックスはPoCの約8割を本番展開にこぎつけているという。
2026年10月30日、Google Cloudが開催した「Agentic AI Summit '26 Fal」の基調講演では、「PoCで終わらせないAIエージェント開発」というタイトルの発表が行われている。
そこでIT統括室 ゼネラルプロデューサーの山田真一氏は、AI推進を担当する立場からエイベックスの取り組みの詳細と、その背景にある考え方を語った。
エイベックスがAIへの方針を転換
エイベックスの方針は、最初から現在の形だったわけではない。2024年には、セキュリティ面のリスクや自社ならではの価値を考慮し、独自構築の社内AIチャットボットを展開していた。
しかしAIが急速に進化する中で、利用者の体験としては汎用的なAIを使う方が便利になっていく。進化に追随し続けるには、従来のチャットボットではコストにも開発リソースにも限界があり、2025年にGeminiを全社展開し、チャットボットは並行運用期間を経てクローズした。
この経験から同社が得た教訓は明快である。AIシステムは陳腐化が早く、独自に構築して維持・発展させていくのはハードルが高い。したがって陳腐化の早い領域は既存のサービスに任せ、自社が手がけるのは独自の課題や独特な業務に絞る、という方針に改めたのだ。
本番展開を前提にした2つの原則
独自開発の対象を絞るにあたって、同社が意識しているのは2点である。1点目は、テーマを慎重に選ぶことだ。汎用的なAIが日々進化する中でも、簡単には仕組みが置き換わらないものを中心に据える。加えて、実現性が高く効果が見込めるものだけに絞り、何でもAI化するのではなく、継続的に価値を提供できるものだけを作る。2点目は、内製で小さく作ることだ。大掛かりな投資を避けてスピードを重視すれば、仮に陳腐化しても、すぐに別の手段へ乗り換えられる。
山田氏によれば、こうした考え方のもと、エイベックスでは本番展開を前提としてPoCに取り組んできた。もちろん、陳腐化したために早々に破棄した仕組みもあるという。それでも、結果として約8割が本番に至っているのは、最初から出口を見据えたテーマ選定と規模感があってこそといえる。
経理承認AIエージェントが直面した2つの壁
この考え方を具体化した事例が、社内で「経理承認AIエージェント」と呼ばれる仕組みである。経理の承認業務では、申請内容とそれに紐づく証憑データを目視で確認し、問題がなければ承認する。件数が非常に多く手間がかかるため、同社ではBPOとして外部に委託してきたが、作業ボリュームの拡大に伴って年間コストも増え続けていた。そこで、人間が行っていた確認作業をAIに置き換える取り組みが始まったのだ。
この取り組みには、大きく2つの壁があった。1つは、APIを持たないレガシーな仕組みの存在である。基幹システムや業務システムには、導入から10年以上が経過しているものも多い。MCPやA2Aといった新しい接続の仕組みを整備するのは大変である上、既存の業務に影響を及ぼしかねないため、簡単には改修できない。
もう1つは、マニュアルに書かれていない判断基準が多数存在していたことだ。細かなローカルルールが暗黙のうちに運用されていたのである。
ハイブリッド構成と「確実なものだけ承認する」設計
APIのないレガシーシステムという壁に対して同社が選んだのは、AIエージェントが人間と同じ画面を操作しながら確認を進めるアプローチだ。
ただし、すべてをAIに任せるわけではない。決まった手順で処理でき、確実性が求められる部分には実際にコードを書いて実装し、柔軟な対応が必要な部分をAIエージェントに委ねるハイブリッドな構成とした。
設計思想として特徴的なのは、AIが確実に処理できるものだけを承認するという点だ。人間の承認者であれば、多少の間違いがあっても「問題ない」と判断できる。しかしAIに同じことを任せると、ハルシネーションによって誤った判断をする可能性がある。そのため、疑わしいものは基本的に人間へエスカレーションし、誤判断を防ぐ。
暗黙知という壁については、形式知へと変えていく作業を並行して進めた。実際に運用してみると、むしろAIのほうが厳しすぎ、現場の感覚ではもっと緩くてよいという指摘も出てきたという。そこで、マニュアルに固執せずにプロンプトを柔軟に調整しながら、担当者の暗黙知を取り込んでいった。
また、完全を目指していては、いつまでもローンチできないため、ある程度の歩留まりが見えた段階で早期にローンチし、運用しながら改善する方針を採ったという。
汎用AIに置き換わっても残る資産
山田氏は発表の最後に、要点を3つに整理した。まず、汎用的なAIに簡単には置き換わらないテーマを慎重に選ぶこと。次に、確実性の高い処理をAIに任せること。そして、暗黙知を形式知にすることである。
3点目には、特に大きな意味がある。仮に今回構築した仕組みを将来、汎用的なAIに置き換えることになっても、ルールとして可視化された情報はそのまま再利用できる。つまり、仕組みそのものは陳腐化しても、暗黙知を形式知にした成果は社内の資産として残り続けるのだ。
最初から理想形を目指すのではなく、処理できた分だけ着実に成果を刈り取っていく。山田氏が示したこの姿勢は、PoCの先へ進めずにいる企業にとって、AIエージェントを現場に根づかせる上での有効な指針になるのではないか。









