
政府の戦略17分野への370兆円の投資について「何を勝ち筋として持っていくかについてのメッセージが少ない」と指摘する中空氏。自身も経済財政諮問会議のメンバーだったことも踏まえて、今の政策には具体性が足りないという。特に民間企業が投資をするためのメリットを、政府が具体的に示す必要があると話す。成長に向けて投資するというコンセプトはいいだけに、それを成功させるための戦略が政府に問われている。
「骨太の方針」をどう評価するか?
─ 2026年7月、高市内閣で初の策定となる「骨太の方針」が示されました。重要政策の方向性を示すものですが、どう受け止めましたか。
中空 いくつかポイントがあったと思いますが、中身は岸田内閣時の「骨太」から大きくは変わっていないという印象です。変わった部分としては、戦略17分野に官民で370兆円を重点投資していくという話があります。
私が経済財政諮問会議の民間議員を務めていた際、どちらかというと日本の政策として競争力強化にウエイトを置いていましたから、今回の重点投資については、基本的に賛成です。あとは、実現させる実行力はどうなのかという話になってきます。
もう1つのポイントは政府と日銀のアコード(共同声明)です。13年に結ばれたアコードの主眼は、あくまでも金融緩和ですが、インフレになってきている今の局面に、金融緩和という文言を変えずに持ち出したことの是非です。
私自身としても、岸田政権、石破政権の時に、なぜ政府・日銀アコードの終焉、脱デフレ宣言ができなかったのかという後悔があります。今回の「骨太」には金融緩和とは書かれていませんが、考え方を残しているように読める部分がありますから、日銀に対するプレッシャーになるのではないかと感じました。
─ 国内外でインフレが加速しそうな状況ですが、財政出動をするという姿勢に対して、今後の財政に懸念があるのではないかという見方から長期金利が上昇基調にあります。
中空 ですから、経済的に合っている経済政策には思えません。物価高対策は、第一義的に日銀の金融政策、つまり金利の引き上げがまず重要だと思うんです。それを財政で需要を大きくして実現していこうというのは違うのではないかと。
今は需要がないのではなく供給不足ですから、そこにウエイトを置いた政策をとらなければ、さらなる物価高を招き、物価高が進み過ぎると円安になり、生活苦が増えるという話になってしまいますから、大丈夫なのだろうか、その問題を押し返せるくらいの成長ができるのだろうかという疑問を持っています。
もちろん、その不安を押し返せるくらい成長するのであれば、杞憂に終わりましたでいいと思いますが、果たして経済成長が思うほど簡単にできるかという点についても疑念が残ります。
戦略の成功に必要な 「指揮官」の存在
─ 成長に向けて投資をし、日本の競争力を高めようということはいいけれども、果たして実行できるかが問題だと。
中空 ええ。投資をして日本の競争力を高めるということには大枠で賛成です。ただ、具体的に何を勝ち筋として持っていきますかということのメッセージが少ないと思っています。
AI(人工知能)や半導体はみんなが行きたくなる分野ではありますが、世界の潮流を見ていると、米国と中国を除いてAIで勝ち組が出てこられるかというと難しいのではないかと思っているんです。
日本企業は半導体関連の部材が強いわけですが、グローバルサプライチェーンの中で、どれだけ日本がコミットできるかが勝負だと思います。政府がそうしたリアルな戦い方を考えているかがわからない。お金を付けて「頑張りなさい」という感じに見えるわけです。
大事なのは実行力ですから、17分野62製品といっても、1セクターごとの戦い方はきっとあります。うまくいかなかったら勇気を持って次に変えるとしていますが、それは誰が判断するのか、いつ失敗と判断するのかということが煮詰まっているかどうか、まだわからないと思っています。
その成長戦略本部、その下にある成長戦略室などが上手に旗振り役ができるかがポイントだと思っています。ただ、例えば米アップルは世界を席巻していますが、その成功はスティーブ・ジョブズがいたからだと思います。
技術がよくても市場のニーズを掴み、実際の販売やプロモーションについて戦略を打つことができる指揮官がいなければならないということです。それを今の日本で誰がやってくれるのかは、今ひとつ判然としないと思っています。
─ 投資を成功させるには司令塔が重要だと。
中空 そうです。また、税金を使うからといって、四半期ごとに細々数値を見るのは効果があるでしょうか。データ制約から「うまくいっています」となるに決まっているからです。ですから懐深く、投資した事業は一定期間(3年間程度)成果を問わない。
その代わりその間成果が出なければ終わりだという形にする必要があります。金融機関がやる投資でもそうですが、ポートフォリオを構築します。
確実に利益が出るもの、利益は出ないかもしれないけれども出た時に大きいものと分散して投資し、それを細かく管理するわけです。0か100かはあり得ませんから、どういうポートフォリオをつくり、誰が管理するかが大事です。
そして17分野の中に、短期、中期、長期のもの、GDPの成長が小規模、中規模、大規模のものが混ざり過ぎています。例えば量子や宇宙は将来的なものですが、インバウンド(訪日外国人観光客)やフードテックは今あるものです。これらをどうやって分けていくのか。
どのマーケットでいくら稼ぐのか、短期、中期、長期でビジョンをどう描くのかは、果たして今のままで大丈夫なのかというように考えざるを得ません。
民間企業の投資を促すために必要なこと
─ 投資をするのは民間企業ですが、どういうスタンスでやっていけばいいと考えますか。
中空 民間企業はいわば「お金を払いなさい」と言われていますから、投資をすることになると思います。ただ、民間企業は利益を上げようという意思においては国よりも強いと思っています。
以前より、企業の内部留保が多すぎると言われていますが、その理由は企業が投資に魅力を感じなかったからに他なりません。それに対して今、投資して下さいと言っているわけです。
企業に投資してもらうためには、いま投資したら10年後、自分の会社が得をすると思ってもらわないといけません。
加速度償却や税制でメリットを与えることで投資を促すことは可能だと思いますが、中長期的に投資し続けるためには17分野の中でいくつのマーケットを飛躍させられるか、グローバルチェーンの中、日本がなければ駄目だと言われるマーケットをいくつ持てるかが問われます。
─ 企業に投資のメリットを感じてもらうことが大事だと。
中空 ええ。日本の強みの1つにコンテンツがあります。この分野は既に日本の強みで、これから新たに資金を投じたからといって、別のいいものが次々できるというものではないと思います。そもそも日本にはいいコンテンツがあるにもかかわらず、マネタイズが上手ではありませんでした。
例えば、23年に世界映画興行収入の1位は、日本のキャラクター「マリオ」の日米合作映画でしたし、「ドラゴンボール館」ができるのはサウジアラビアです。また、日本で人気のテーマパークはディズニーランドやUSJ、レゴランドと外資主体です。
このバランスの悪さを考えても、日本はまだ手の打ちようがあるのではないかと思います。
─ 高市政権の支持率は高水準が続いていますが、よさをどこに感じますか。
中空 第1に「成長」に目線を向けたことです。第2に、岸田政権、石破政権でも同じ内容を説明していたはずが、高市政権になったら国民にわかりやすいと言われるようになったことです。高市首相の断定的なメッセージによる強さみたいなものが伝わるということが支持されている理由でしょうか。
ただ、何か間違っている場合に修正する柔軟性を発揮できるかが今後重要になってくると思います。
第3に挙げるとすれば外交でしょうか。米トランプ政権とは上手にやっていると思います。先日の日米協調為替介入も、片山さつき財務大臣などの努力もあるでしょうし、うまくいっている部分の1つだと思います。
ただ、外交については本当に米国一本足でいいのか?ということも言えると思います。日本としてのスタンスやアジアをリードする気持ちが出ているのかはよくわかりませんし、対中国外交がうまくできているかというと問題があると思います。
中国にはどのように 向き合うべきか?
─ 日本は中国にどう向き合うべきだと考えますか。
中空 前提として、私は父が新聞社の特派員でしたので子供の頃に中国に住んでいたこともあり、他の日本の方よりも親中派だと思います。別に中国が大好きというわけではありませんが、中国の良さというのが沢山あると思っています。
米国は日本の同盟国ですから、その国との関係をうまくやるというのは大前提に、中国との関係を強化しておく、パイプとなる人を多くつくっておくといった戦略を淡々ととらないと、もったいないと思うんです。
しかも、中国は戦略が強い国です。例えば、この30年間で、中国は外からの原油がなくても生きられる体制をつくり、原子力にも注力しています。ですからホルムズ海峡封鎖問題でも大きな影響を受けていません。
これは中国が30年にわたって、自国のエネルギーをどうするかを考えてきたからです。それに対して日本は行き当たりばったりな面があり、その時々で楽なエネルギー構成を選んできたわけです。原子力にしても、東日本大震災の後、慌てて廃止に動きましたが、戦略のない動きだったと思います。
─ 無資源国として、もう少し考える必要があったということですね。
中空 資源がない中で原子力がどうしても必要であれば、国民にきちんと説明をして原子力を動かすべきでしたし、それが嫌なら再生エネルギーの促進で電気料金が今の3倍になるけれどもいいかを説明し、納得してもらわないといけませんでした。戦略のないままにエネルギーについて決めてしまっている。
AIもそうです。中国は「ディープシーク」を始め、多くの企業が出てきていますが、日本では出てきていません。では使い手として優秀かというと、まだそこまででもない。
クラウドにしても、日本製のクラウドは存在感がなく、ほとんど外国製です。いざ戦争になった時、経済安全保障の観点で遮断されたら、我々はネットが使えるかどうかもわからないわけです。
ところが中国は、米国と競争できるくらいのネットやAIの技術があり、ロボットもつくることができる。加えて人権を無視するところがありますから、自動化もどんどん進めることができます。日本は1人でも亡くなったら大変なことになります。
どちらの国がいいかというと日本の方がいい気がしますが、人が亡くなっても自動運転を進める国と、どうしようかとモタモタしている国では、自ずと結果が違ってきます。その意味で日本が中国に学べる部分は多いと思います。
─ 米国との関係は前提としながらも、中国とも一定の関係を維持する必要があると。
中空 もちろん、米国が優先でいいんです。しかし中国との関係を確立し、日本にとってよいバックアップをしてもらえるような術を考えておくべきです。
中国に媚びへつらったり、親中派になる必要はありません。中国と渡り合って、「この人が来たら話を聞かなければ」と思われる政治家が必要です。引っ越しができない関係ですし、ロシアや北朝鮮の脅威を考えると、中国と対等、かついい関係をつくる意義は大きいと思います。
最悪の事態を想定してどこの何を、どう調達するのか、考えておくのは、経済安全保障の最低限ではないかと思います。その手を打ちつつ、戦争をしない方向に持っていくよう努力するのは当然だと思います。
─ 戦後から80年余が経つ今、改めて日本人は自らを見つめ直す必要がありますね。
中空 最悪の事態を総点検し、その事態をいかに避けるか、また、その際にいかに生き延びるかを考えることこそが経済安全保障だと思います。 戦後80年以上が経つ今、毎日安全・安心に暮らせる幸せを含め忘れてはいけないことは多く、それを改めて発信することも大事だと思います。