この半導体ニュースのまとめ
・LSTCなど5者が推論特化型2nm世代半導体を使う医用画像AIの開発を開始
・CT画像診断、超音波診療、手術をリアルタイムに支援する3システムを開発
・現行GPU比で処理速度5倍以上、エネルギー効率10倍以上を2031年までに実証
最先端半導体技術センター(LSTC)、北海道大学(北大)、富士フイルム、GEヘルスケア・ジャパン、imecの5者は10月20日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先端半導体製造技術の開発」として、「推論に特化した2nm世代半導体を活用する高速・低消費電力な医用画像処理システムの研究開発」が採択されたことを発表。併せて、取り組み内容に関する説明会を開催した。
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プロジェクトの主要メンバーによる記念写真。左から、富士フイルム 執行役員・CDOの桝本潤氏、LSTC 理事長の東哲郎氏、北海道大学の工藤與亮 教授、GEヘルスケア・ジャパン 技術本部研究開発部長の植竹望氏。この4氏がNEDOに採択されたプロジェクト概要の説明を行った
同プロジェクトは、医療機器内でリアルタイムに動作する推論特化型AI基盤を構築し、医用画像の高解像度化と大容量化に対応するもの。CT画像診断、超音波を用いた診療、手術映像解析の3分野を対象として、AI処理に伴う消費電力と処理遅延の解消を目指す。
LSTCの東哲郎 理事長は、最先端半導体と、それを活用するアプリケーションを同時に開発する必要があると説明。LSTCが半導体、AI、医療機器、医療現場をつなぎ、最先端半導体を実際の医療現場で利用できる技術へ移行させる役割を担うとした。
医療AIが直面する処理速度と消費電力の壁
CTやMRI、超音波診断装置、手術顕微鏡などの高性能化に伴い、医療現場で生成される画像データは高解像度化・大容量化しているが、そうした画像の処理を担うGPUは消費電力量が大きく、患者情報を扱うことからデータを院外のクラウドへ送信しにくいこと、通信帯域や遅延の問題などもあり、画像の高解像度化に伴い、リアルタイムでの処理が間に合わないようになってきているという。
一方、医療現場では、学習済みAIモデルを使った推論が中心であり、AIモデルの大規模学習に必要な汎用GPUの機能をすべて必要とするわけではない。このため、同プロジェクトでは推論処理に特化した高性能半導体へ置き換え、病院内や医療機器内のエッジ環境で高速かつ低消費電力なAI処理を実現することを目指すという。
北大 大学院医学研究院の工藤與亮 教授によると、現行の医療機器に搭載されているような市販されているGPUと比べて、画像処理速度を5倍以上、エネルギー効率を10倍以上に高めることを示すとする。また、実際のシステムにおける消費電力は現行GPUの半分程度に抑えることを想定しているとする。
CT画像を毎秒25スライスで再構成
プロジェクトでは3つのテーマに対する研究開発が進められる。1つ目は、「リアルタイム画像診断支援」で、北大と富士フイルムが担当する。
開発対象は、CT画像を高速かつ高画質に再構成するAIと、撮影画像から全身の解剖学的構造を識別する臓器セグメンテーションAIとなる。
次世代CTであるフォトンカウンティングCTは、従来比で約4倍の高解像度化が可能になるほか、物質分別による情報を加えることでデータ量はさらに3~5倍ほど増えることが想定されている。
こうしたデータ処理の高速化に向けて、富士フイルムでは、現在のGPUで毎秒5スライスとしているCT画像再構成処理を、毎秒25スライスまで高速化することを目指す。
また、臓器セグメンテーションでは、全身にある約1000クラスの解剖学的構造をAIで識別するのに現行環境では約25秒を要する処理を5秒以内へ短縮し、放射線科医による読影やレポート作成を支援する計画としている。
富士フイルムはCT装置への搭載に加え、医用画像情報システム「PACS」や読影端末のオプションとしての提供も想定する。臓器セグメンテーションについては、院内サーバで複数の医用画像を処理する構成も候補になるという。
超音波とCT/MRI画像を毎秒15フレームで重ね合わせ
2つ目の「リアルタイム診療支援」は、北大とGEヘルスケア・ジャパンが担当。診療中に取得する超音波画像と、事前に撮影したCTまたはMRI画像をリアルタイムに重ね合わせる位置合わせAIを開発する。
超音波検査は臓器の動きをリアルタイムに確認できる一方、呼吸によって臓器の位置が動いたり、柔らかい臓器では形状そのものが変化したりする。そのため、事前に撮影したCTやMRI画像と超音波画像を単純に重ねても、位置のずれが生じる可能性がある。
こうした課題を踏まえ開発が行われるAIでは、臓器の移動や変形を継続的に補正しながら、毎秒15フレームで画像を重ね合わせることを目指す。
主な用途として、肝腫瘍を熱で焼灼する治療や、針を刺して組織を採取する生検などを想定する。
超音波画像へCTやMRIの空間的な位置情報を加えることで、病変や周辺組織の位置を把握しやすくするほか、熟練した医師が身につけてきた手技を、経験の少ない医師が学習する際の支援にもつなげる考えだ。
手術映像を毎秒30フレームでAI解析
3つ目の「リアルタイム手術支援」は北大が担当し、imecがAIモデルを推論特化型半導体へ実装するための変換、量子化、パイプライン統合などを支援する。
北大が開発してきた脳神経外科の手術映像AIを基に、手術器具の追跡・認識、血管や神経など解剖学的構造の自動認識、出血のリアルタイム検出という3つの処理を統合する。
近年の手術顕微鏡は4Kなどの高精細映像に対応しているが、現行GPUで画像の解像度を維持したまま複数のAI処理を実行すると、処理速度が毎秒1~2フレーム程度まで低下する場合があるという。
同プロジェクトでは、高精細な画像を維持したまま3つのAI処理を統合し、毎秒30フレームでリアルタイム解析する「手術動画解析AI Box」の構築を目指す。
AI Boxは手術室へ設置できる小型筐体とし、手術顕微鏡などへ接続して使用する構成を想定する。
器具や臓器を識別し、触れてはいけない場所へ器具が近づいた場合に警告するほか、出血を即座に検出し、将来的には出血の予兆を捉えてアラートを出すことで、安全な手術を支援することも視野に入れる。
ステージゲート審査まではIBM Spyreを活用して開発
事業期間は2026年9月から2031年9月までの5年間で、2029年3月にステージゲート審査が実施される予定となっており、ステージゲートの審査までの間は、GPU環境でAIモデルの学習とアルゴリズム開発を進め、推論については先行ハードウェアとして「IBM Spyre Accelerator」を活用する。
IBM Spyre AcceleratorはSamsung Electronicsの5nmプロセスで製造されており、将来想定する2nmプロセス世代の推論特化型AIチップと開発環境やアーキテクチャの親和性が高いことから採用したという。
2029年3月までに、3つのAIシステムを先行ハードウェアへ実装し、動作検証と最適化を完了する。併せて、実測値から2nmプロセス世代半導体へ移行した場合に、画像処理速度5倍以上、エネルギー効率10倍以上を達成できる見通しを定量的に示す。
ステージゲート後は活用を想定しているIBMが設計する2nmプロセス世代の推論特化型半導体の実機での検証へ移行し、2031年9月までに目標性能を実証するとともに、北大病院で臨床的な有用性を検証する予定としている。
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研究開発の期間は2026年9月から2031年9月の約5年間。2029年3月まではGPUとIBM Spyre Acceleratorを用いて開発・最適化を進め、ステージゲート審査後に2nmプロセス世代の推論特化型半導体を用いた評価へと移行する
ステージゲート前の事業費は60億円超。IBMを前提としているものの、実際には2nm世代チップがどうなるかはまだ未知数な部分が多いため、設計主体や製造先は現時点で確定していないとする。
LSTC側は国産半導体の採用を希望しており、Rapidusによる製造も候補の1つとしている。ただし、IBMが設計しRapidusで製造する2nmチップを採用するかを含め、最終的なチップは今後の開発状況を踏まえて決定することになるという。
LSTCが全体統括、北大が臨床評価
プロジェクトはLSTCが主導し、全体を統括する。北大はLSTCの準組合員として、研究基盤の整備、AIモデルの設計・評価、全体統括、北大病院での臨床的な有用性評価を担う。
研究開発統括責任者はLSTC理事長の東哲郎氏、実用化・事業化責任者はLSTC専務代行理事の平山照峰氏、研究開発副統括責任者は北大の工藤教授が務める。
富士フイルムがリアルタイム画像診断支援、GEヘルスケア・ジャパンがリアルタイム診療支援、北大がリアルタイム手術支援を担当し、imecが北大と連携し、手術動画AIモデルの推論特化型2nm世代半導体への変換・量子化・実装最適化などを支援するほか、imecが手術支援AIで構築した最適化手法やノウハウについては、適用可能な範囲で画像診断支援や診療支援にも展開する考えだという。
製品化はプロジェクト終了後を想定
ちなみに、同プロジェクトの対象は、AIモデルの開発、推論特化型チップへの最適化、医療現場での有用性検証までで、完成した医療機器の製造・販売は事業範囲に含まれないほか、半導体デバイスそのものの開発も含まれていない。
富士フイルムとGEヘルスケア・ジャパンは、プロジェクトを通じて製品化に必要な課題や要件を明らかにし、終了後に各社の医療機器へ展開する考えを示しており、AIソフトウェアに関する認証対応はプロジェクト期間中の開発と並行して進める一方、2nm世代チップを搭載した医療機器としての認証は、プロジェクト完了後に取得する必要があるとの見方を示し、装置としての認証取得をプロジェクト終了後、速やかに進めて、上市を目指すとしている。
また、富士フイルムは、今回得られる推論最適化のノウハウをCTやPACSだけでなく、同社が展開するほかの医療機器にも広げる方針を示しているほか、GEヘルスケア・ジャパンも、超音波診断装置以外を含む複数の製品領域への応用を検討するとしている。
国産2nm半導体の用途を医療から創出
LSTCが今回の用途に医療を選んだ背景には、AIによって処理したい大容量データが存在する一方、現行GPUの性能や消費電力の制約から、医療現場が機能や画質を抑えているという事情があるためだとする。
先端半導体デバイスを開発するだけでなく、その性能を生かすアプリケーションを同時に開発し、市場を創出することも狙いとしたもので、半導体を作ったが、それの売り先がないという状況を避ける狙いがある。半導体のビジネスの基本は、売れる製品に採用されることであり、搭載製品が存在しなければ、いかにすごい性能であっても、市場に流通する数が限られ、採算が取れずに販売終了となった半導体デバイスはかつての日本メーカーだけをみても相当数あり、そうした悲劇を避ける意味合いと、Rapidus以外で製造される可能性もあるとされるが、Rapidusで製造された場合を考えると、Rapidusの2nmプロセスの性能などを披露する役割を担うことにもつながる。
2nmプロセスによる半導体デバイスが完成してから用途を探すのではなく、医療現場が必要とするAI処理を先行ハードウェア上で構築し、その要求を2nm世代チップの実装へと反映するという半導体、医療機器、医療現場を並行して開発する今回の取り組みは、国産最先端半導体の用途を需要側から作り出す試みといえる。
また、同プロジェクトで得られるAIモデルの変換、量子化、推論パイプライン、チップ最適化などの開発手法そのものは、医療機器だけでなく、ものづくり、ロボティクス、エッジAIなどへの展開が期待でき、横展開による市場拡大も想定されるとする。
LSTCなど5者は、今回のプロジェクトを通じて、国内で生産される最先端半導体における新たな社会実装先の創出とともに、地域医療における画像診断や手術支援の高度化、医療機器の消費電力削減なども含め、日本の半導体産業と医療産業の競争力強化につなげていきたいとしている。







