• 今回開発されたタイマー回路とデジタル錠剤への応用イメージ。一般的な錠剤の直径は約5〜6mmで、その中に約1mm角のチップを搭載することが想定されている。(右)1円玉(直径20mm)との大きさ比較。タイマー回路は、このチップ中のわずか4μm×38μm(0.00015mm2)の領域に収まる(画像右下) (クレジット:京都大学大学院情報学研究科新津研究室) (出所:京大ニュースリリースPDF)

    今回開発されたタイマー回路とデジタル錠剤への応用イメージ。一般的な錠剤の直径は約5〜6mmで、その中に約1mm角のチップを搭載することが想定されている。(右)1円玉(直径20mm)との大きさ比較。タイマー回路は、このチップ中のわずか4μm×38μm(0.00015mm2)の領域に収まる(画像右下) (クレジット:京都大学大学院情報学研究科新津研究室) (出所:京大ニュースリリースPDF)

外科的な処置を伴わずに消化管内の温度やpHなどの体内情報を連続的に記録できることから、電子デバイスを搭載した錠剤型の医薬品・医療機器である「飲むデジタル錠剤」が期待されている。

しかし、こうした体内デバイスでは、「いつ計測するか」を決定するタイマー(クロック源)回路が、デバイスの待機中も動作し続けるため、その消費電力が装置全体の動作時間を大きく左右する。超低消費電力での動作が求められるが、技術的な課題が多く、これまで先端プロセスにおけるサブヘルツ(1秒間に1回の1Hz以下)のタイマー回路は実現していなかった。

そうした中で、京都大学(京大)と科学技術振興機構(JST)の両者は10月8日、デジタル錠剤向けの超低消費電力のタイマー回路を最先端の7nm世代の半導体製造技術で試作し、動作実証に成功したと共同で発表した。

同成果は、京大大学院 情報学研究科の新津葵一教授、同・劉昆洋助教、同・ウ・ヨウ大学院生、京大 工学部 電気電子工学科の石岡悠吾学部生、大塚製薬の研究者らの共同研究チームによるもの。詳細は、2026年10月8日から10日に韓国・仁川で開催された、IEEE Circuits and Systems Societyが主催する、生体医工学分野の回路およびシステム技術に特化した国際会議「IEEE BioCAS 2026」で発表された。

「胃酸電池」の課題

研究チームはこれまで、胃酸を電解液として発電する「胃酸電池」で動作する集積回路を65nmCMOSプロセスで開発してきた。デジタル錠剤のような体内デバイスのうち、数十秒に一度の計測で足りる用途の場合は、1Hz以下の極めて低いサブヘルツの周波数かつ極小の電力で動作するタイマー回路が求められる。

電源となるコンデンサに蓄えられるエネルギーは電圧の2乗に比例するため、電圧が高いほど有利となる。一方で、半導体回路は一般に電圧が高いほど高速に動作するため、「高電圧を維持しながらゆっくりと動作する」という相反する要求を満たす必要が生じる。従来はこれを解決するため、降圧用の「DC-DCコンバータ」が利用されていたが、同装置が小型化の妨げとなるだけでなく、消費電力の増加要因にもなっていた。

さらに、微細化が進んだ最新の7nm世代では、トランジスタの絶縁膜をすり抜けて流れるゲートリーク電流が無視できない大きさとなる。回路を縦方向に積載して電流を再利用する従来手法では、トランジスタのチャネルリーク電流の再利用はできても、ゲートリーク電流は共通の基板領域を通って回路外へ逃げてしまうため再利用できず、最先端プロセスにおけるサブヘルツタイマー回路の実現に向けた大きな課題となっていた。そこで研究チームは今回、新たな回路構造を考案することにした。

今回の研究成果

今回の研究では、同一の回路モジュールを電圧方向に積載する電圧スタッキングを発展させ、モジュールごとに半導体基板のウェルを分離する「ウェル分離構造」が新たに考案された。ウェル分離とは本来、トランジスタを形成する半導体領域(ウェル)を電気的に分離することを指し、この構造をトランジスタ単位で行う技術は以前から存在していた。しかし今回は、発振器や分周器などの回路モジュール単位でウェルを分離した点が大きな特徴である。

回路を積載すると、上段を流れ終えた電流を下段が再利用できるため、回路全体の電流を増やすことなく高い電圧を扱える。加えて、ウェルの電位をモジュールごとに独立させたことで、ゲートから漏れ出た電流もそのモジュール内にとどまり、下段のモジュールへと受け渡すことが可能となる。これにより、共有ウェル方式では回収できなかったゲートリーク電流もエネルギーとして再利用できるようになった。

また、各モジュールを同一構成とすることでインピーダンスが整合し、積載段の中間電位が安定するため、DC-DCコンバータを介さずに高電圧から低周波数のクロックを直接得られるようになったという。

7nm FinFET(チャネルを立体構造とした電界効果トランジスタ)プロセスで試作された集積回路において、16段積載構成では3.0Vの電源電圧から0.96Hzのクロックを出力した状態で、消費電力はわずか0.79nWに抑えられた。蓄電エネルギーあたりの性能指標は11.4V2/nWとなり、従来の最高値の1.74倍に達した。回路面積は0.00015mm2で、従来方式の約47分の1に縮小することに成功した。

積載段数を4・8・16段と変更することにより、電源電圧と出力周波数を設計段階で選択できることも実証された。10nFのコンデンサを3.6Vまで充電した場合、この回路は約37秒間連続動作する。胃酸発電によって充電が継続されるため、この値は充電が途切れた際の保持時間にあたる。なお、今回の動作確認は、胃酸の代わりに模擬胃液を用いた場合の発電出力を想定した電源条件下で行われた。

今回の成果は、体内で発電・充電しながら、温度やpHなどの体内環境を時間情報と共に継続的にモニタリングすることを可能にする基盤技術となる。将来的には、錠剤を飲むだけで、胃や腸を通過する間の体内の変化を時間情報と結び付けて記録できるようになることが期待されるという。例えば、食事や服薬の後に消化管内の温度やpHがどう変化するのかを日常生活の中で把握することにつながるとした。

また、今回の技術はデジタル錠剤に限らず、涙中の糖分で駆動する持続血糖モニタリングコンタクトレンズやスマートステントなど、体内・体表で自律動作する医療IoT機器全般への展開が期待されるとしている。

研究チームは今後、温度・pHセンサや無線送信回路と組み合わせたシステムとしての評価や、実際の体内環境により近い条件での検証を進めていく予定としている。