地震や豪雨などの自然災害が発生した際、鉄道事業者には乗客の安全確保と迅速な被害状況の把握が求められる。しかし、道路が寸断されたり通信が途絶したりすれば、現地の情報を得ることも難しくなるのは言うまでもない。
10月8~9日に開催された「NTT docomo Business Forum’26」のパートナー講演「鉄道の安全・安心とNTNの可能性」では、西日本旅客鉄道(JR西日本)取締役兼常務執行役員鉄道本部 安全推進部長の漆原健氏とNTTドコモビジネス 常務執行役員ビジネスソリューション本部長の井上睦宏氏が登壇。AIによる鉄道設備の保守や、衛星・成層圏の無人航空機(HAPS)などを活用した災害対応について、取り組みと将来構想を紹介した。
地震・倒木・強風に備えるJR西日本の技術活用
JR西日本は、2030年に向けた中期経営計画で「安全、良質でサステナブルなモビリティへの変革」を掲げている。その実現に向けて重視するのが技術革新だ。同社の技術ビジョン「技術で動かす、心と未来」では鉄道の安全性向上などを目指しており、講演では、災害発生前にリスクを低減する取り組みが紹介された。
例えば、新幹線の地震対策では、大きな揺れより先に届くP波を検知して最短1秒で架線への送電を止め、列車に自動的にブレーキをかける仕組みを導入。構造物の補強や、脱線した車両が線路から大きく逸脱するのを防ぐガードの整備にも取り組んでいる。
また近年、特に中国地方で増えているというのが、鉄道沿線での倒木だ。従来は樹木医や専門教育を受けた社員が樹木を1本ずつ診断していたが、対象が多く、対応しきれないという課題があった。そこで航空レーザー測量で樹木や地盤の形状を把握し、倒木時の列車運行への影響も加味して危険度を評価。危険な樹木が集中する場所を特定し、優先的に伐採している。
湖西線の強風対策にはAIを取り入れている。琵琶湖西岸では「比良おろし」と呼ばれる強風が運行に影響するため、強風が予測されると、特急サンダーバードを琵琶湖東側のルートへ迂回させることがあるが、迂回すると約30分の遅れが生じる。しかし、予測に反して風が吹かず、結果的に迂回が必要なかったケースもあれば、予想外の強風で列車が動けなくなったケースもあった。そこでJR西日本は、大阪ガスの気象予測データと沿線の風速計による実測データをAIに学習させ、予測精度を高めたという。
人手不足と設備の老朽化に対応する「メンテナンス革新」
労働力不足や設備の老朽化を踏まえ、JR西日本が推進しているのが「メンテナンス革新」だ。これまで培ってきた鉄道の基盤技術にIoTやAIなどを組み合わせ、安全性と生産性の両立を目指す。
「こうした技術革新を成し遂げなければ、将来にわたって鉄道をしっかり維持していくことは難しいと考えています。この5年間で多くの変革を実現していきたいと思います」(漆原氏)
同社では、社員が開発したAIモデルを搭載するカメラや、既存のカメラに接続するボックスコンピューター「mitococa Edge」を開発している。これは大型サーバーを別に設置せず、カメラや小型コンピューターで画像を処理できる仕組みで、危険区域への立ち入りなどを検知可能だ。
また、車両の屋根上設備の点検にも画像診断AIを活用している。従来、作業員が屋根に上ってパンタグラフなどを点検する際には、感電や墜落の危険があった。その後、点検用のカメラを設置して安全性を高めたものの、人が映像を確認し続ける負担が残った。そこで画像診断AIを開発し、不具合の可能性がある箇所を抽出して、そこを作業員が確認する方式に改めた。
災害後の線路点検でも、ドローンを遠隔操作して点検する試みを進めている。2026年8月に試行したものの、実際の運用にはまだ課題が残っているという。
地上の通信が届かない場所をカバーするNTN
続いてNTTドコモビジネスの井上氏が説明したのが、NTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)である。地上の携帯電話網は人口カバー率が99%以上に達する一方、面積カバー率は約60%にとどまるという。基地局を設置しにくい山岳地帯などには、通信できない場所が残っているのが実情だ。鉄道でも、こうした場所や地上の通信設備が被災した場所での連絡手段としてNTNの活用が期待されるという。
NTNは衛星や成層圏を飛ぶ無人航空機などを利用し、上空から通信を提供する技術である。主な通信手段には、高度約3万6000kmの静止軌道衛星(GEO)、より低い高度で周回する低軌道衛星(LEO)、成層圏で運用するHAPSがある。GEOは広い範囲をカバーできる一方、地上から遠く遅延が大きい。LEOはより高速・低遅延の通信に対応する。HAPSでは、一般の携帯電話との直接通信も想定されている。
同社が描く将来構想は、地上系と非地上系を統合する「ワンネットワーク」である。通信状況や用途に応じて接続先を自動的に切り替え、これまで圏外だった場所でも通信を使える環境を目指す。
井上氏は、衛星やHAPSを使った通信に加え、上空から取得した画像を活用するリモートセンシングにも可能性があると説明した。
「NTNは単なる通信エリアの穴埋めにとどまらず、社会インフラそのものを進化させる技術と言えます」(井上氏)
能登半島地震で12本が駅間停車、乗客救済の課題
通信と状況把握の重要性を示す例として、両氏が取り上げたのが2024年の能登半島地震だ。井上氏によれば、ドコモグループは道路の寸断などで通信設備の復旧が難航するなか、移動基地局車や可搬型基地局を約110カ所に展開。衛星電話「ワイドスター」約370台とStarlinkの機器12台も提供し、地上からのアクセスが難しい地域でも通信手段を確保する支援を行った。
一方、当時JR西日本の金沢支社長だった漆原氏は、地震直後の乗客救済について振り返った。北陸新幹線4本と在来線8本が駅間で停車し、乗客は約2,900人に上った。
乗客を列車から降ろし、バスで輸送する選択肢もあったが、道路の状況を把握できなかったため採用できなかったという。電力供給が維持されていたため、基本的には水や軽食を届けながら車内で待機してもらった。ただし、津波への避難が呼びかけられた一部の場所では、乗客を近くの避難所へ誘導した。
道路の状況が分からず、余震も続いていたため、遠方の設備の被害状況をすぐに把握することも難しかったという。また、漆原氏は、今後の大規模災害で現地の乗務員と連絡を取る手段についても懸念を示した。
「今回は携帯電話の回線は大丈夫でしたが、南海トラフ地震のときはおそらく使えなくなるだろうと考えています。現地の乗務員とどうコミュニケーションを取るかは、課題として残っています」(漆原氏)
衛星・HAPS・ドローンで被害を段階的に把握する
こうした課題に対し、井上氏はNTNを使った通信の確保と、センシング・AIによる被害箇所の検知を組み合わせる方法を提案した。地上の光回線や携帯電話網が使えない場所でも、衛星通信を通じて現地と指令所・対策本部を結ぶ構想だ。
また、NTTドコモビジネスは工事図面などの機密情報を扱えるよう、閉域接続サービスの提供も予定している。このサービスでは、Amazonの低軌道衛星通信網「Amazon Leo」をアクセス回線に利用する。
センシングでは、衛星で広域の被害を確認し、HAPSで車両や道路の様子をより詳しく観測。最後にドローンを現場に近づけ、設備の損傷や劣化を調べる。HAPSでは約1m、ドローンでは数mm〜数cmの画像分解能を想定している。各段階で取得した画像をAIで解析することで、被害の場所を特定するだけでなく、救済・復旧のためにどの経路から現場へ向かえるかを判断する材料にもできるという。
さらに平常時には、LEOやHAPSを活用して上空から沿線を監視し、侵入者や倒木、落石などをAIで早期に見つけるといった活用も想定している。将来的には、地上の監視設備が被災した場合でも、監視や連絡を継続できる体制を目指す。
福知山線事故の反省から、未然防止を重視する
講演の終盤、話題は技術を支える組織文化へと移った。井上氏は福知山線列車事故の現場に設けられた「祈りの杜」を訪問した経験から、安全には技術だけでなく組織文化や人の意識も必要だと語る。
「安全最優先の風土を構築できていなかったこと、それから、あのカーブで大きな事故が起こることを想起して事前に対処できていなかったことが、最大の反省です」(漆原氏)
JR西日本では現在、ダイヤ改正などの施策を実施する際にもリスクを事前に抽出し、対処する仕組みを整えている。
漆原氏は、自然災害では事前の備えが重要だと改めて強調。福知山線列車事故を安全の原点と位置付け、NTNやAIなどの技術にも目を向けながら安全性向上の取り組みを積み重ねていくと力を込めた。
続いて井上氏も、鉄道と通信には人々の日常を支える共通の使命があるとした上で、現場の経験や知恵と新しい技術を結び付け、平常時と災害時の双方で役立つ仕組みをJR西日本とともに作っていきたいと語り、講演を締めくくった。



