経団連会長・筒井義信「日本の強みであるソフトパワーで同志国と連携、そして『投資牽引型経済』の確立を」

「失われた30年の中では民の側にも投資が少なかったという思いがある」─筒井氏はこう話す。米国とイランの争いなど、世界の地政学リスクは高い状態が続く。こうした中で日本経済の成長をどう図るか。今は高市政権が戦略17分野への投資など、成長に向けた政策を打つが、経団連も「投資牽引型経済」の確立という目標を掲げ、それに呼応している。官民がいかに連携して、国内への投資をどう促進していくか。

 日本が構築した国際的枠組みを活かして

 ─ 米国とイランの問題など、地政学リスクがある中で、どういった世界に対する認識を持たれていますか。

 筒井 私は社会人生活50年になりますが、年を追って混沌の度合いを増してきているという印象が強いです。つまり、1つひとつの地政学リスクが巨大化していっているのではないかと思いますし、リスク同士が連鎖し合い、起きる頻度も増しているということです。

 ─ 戦後80年、昭和100年という区切りもありますが、そういった状況にあって、日本の役割、立ち位置をどう考えますか。

 筒井 日本は超大国の間に位置しています。その中で、歴史を遡って、将来を見通した時に、日本という国は、中立的なメッセージを発することのできるポジションにあると思います。

 ただ、単独で行うにはパワーとしては小さいですから、同志国との連携が必要です。日本のソフトパワーをもってすれば、必ず同志国を糾合できると思います。

 ─ 同志国という場合、EU(欧州連合)、ASEAN(東南アジア諸国連合)、オセアニアなどが考えられると思いますが。

 筒井 中心には、いくつかの座標軸があると思いますが、1つはやはりアジア・太平洋です。これには安倍晋三・元首相がつくられたCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)という通商の協定、枠組みがあります。

 経済安全保障を含めた同志国、多国間の連携という意味で、日本が起点となり、今も継続、強化できている枠組みの中では、極めて誇り得るものであると思います。

 

 日本が持つ「ソフトパワー」への自覚を

 ─ こうした枠組みは今後、インドやアフリカへの広がりも視野に入れながら取り組むということになりますか。

 筒井 はい。EUとの関係は当然大事であり、日本政府が提唱する外交・安全保障戦略であるFOIP(自由で開かれたインド太平洋)もそうした枠組みです。

 さらに、おっしゃったようなアフリカを含むグローバルサウスとの連携も重要です。6月には、G7(主要国首脳会議)の場で高市早苗首相がブラジルのルーラ大統領と会談をした際に、ブラジルなど南米の関税同盟「メルコスール」とのEPA(経済連携協定)の協議開始に合意するという動きも出ています。

 世界の中でCPTPPが1つのベースになると思っています。さらにそこからEU、インド、メルコスール、グローバルサウスと、非常にグローバルなネットワークが拡大しつつあります。これは非常に頼もしいことですし、将来の日本の基盤をつくっていくと思います。

 ─ 日本のよさ、持ち味として「つなぐ」力を活かしていけるのではないかと思います。

 筒井 そうですね。先ほど申し上げたソフトパワーという言葉は、いろいろな方がいろいろな意味で使われていますが、日本は自分たちにソフトパワーがあるということを適度に自覚し、適度に自信を持つことが大事だと思います。

 これがベースになって、例えば外交や文化交流がなされていくことになると思います。歴史というものに重きを置きながら、日本人の持っている文化観、ホスピタリティ、自然風土の豊かさ、絆の強さを自覚することが大事です。

 そしてそのソフトパワーが、世界のネットワークにおけるコーディネーター、インテグレーターを務める上でのベースになります。

 

 企業が日本国内で投資するためには?

 ─ 日本は「失われた30年」と言われて、長く停滞してきました。その中で経団連としても再生に向けて「投資牽引型経済」というキャッチフレーズを掲げていますね。日本再生、日本経済強化への思いを聞かせて下さい。

 筒井 確かにこれまで「失われた30年」ということが言われてきました。物価、賃金が伸びないデフレ蔓延社会に至ったわけです。その中で企業が資本主義社会をフロントランナーとしてリードするというのが、本来あるべき姿だと思います。

 そのフロントランナーであるべき企業が、投資行動を起こすことが大事です。投資には設備投資、研究開発投資、賃金引上げを含む人的投資があります。

軽井沢

経団連は2026年7月24、25日に夏季フォーラムを開催、活発な議論が行われた(長野県軽井沢町)

 こうした投資は、経済を牽引する原動力となり、それが利益を生み、株主、従業員、社会に還元されます。この好循環を、投資を起点としてつくっていく。これが本来のアントレプレナーシップ、起業家精神の基本形だと思います。

 ─ 多くの日本の大企業で、海外投資が中心となっています。この投資を日本に持ってくるという形で流れを変える必要もあるのではないかと思います。グローバル化と国内投資との関係をどう考えますか。

 筒井 世界全体の情勢を見極めると、残念ながら分断と対立が進んでいます。その中で経済安全保障という理念が強く打ち出されてきて、企業もそれに十全に配慮しなければならないという流れがあります。

 その中で、自由貿易体制の下で高度成長してきた時代には、常に日本国内に必要な機能がなくとも、海外との相互の貿易の中で補い合うことができました。

 それで日本は成長してきたわけですが、今のように経済安全保障が重視される時代になると、少なくとも日本人の生活や、中小企業を存立させるような産業基盤を日本につくっておかなければいけないと認識しています。

 ─ 国、企業ともに、その認識を持つことが大事だと。

 筒井 その重要性をまず踏まえることが大事になります。ただ、その上に立っても、国内で投資をしてもリターンを生まず、海外の方が利益を生むという現実もあります。これにはいくつか要因がありますが、1つはやはり人口減少によって市場のパイが縮小しているということです。

 これを速やかに拡大することは不可能ですが、数年、数十年かけてでも、減少のスピードを抑えていく、あるいは少子化の流れを断ち切っていくための戦略を組み立てることが必要です。国内投資を推進すると同時に、一定の人口を確保していくことが、予見可能性の最も大きな部分だと思います。  

 マーケットのパイを国内でしっかり確保するためにも、国全体で少子化対策を実施し、人口減少に歯止めをかけようとしているというベクトルが存在しているということが大事だと思います。

 さらに言えば、金利の問題もあると思います。あまりにも長く超低金利が続いてきたわけですが、今、金融緩和路線を修正しようという流れが来ています。この路線が維持された場合には、海外からのさらなる資金流入が期待されます。

 また、金利上昇自体は、企業の資金調達コストの上昇につながります。こうした中にあって、企業としても国内投資をさらに拡大して、さらなるリターンを追求していくことが今後重要になると思います。

 新しい官民連携のポイントはどこか?

 ─ 安全保障の観点では、日本の食料自給率が38%ということはよく指摘されています。これをどう引き上げるかという問題についてどう考えますか。

 筒井 食料自給率確保は大きな問題です。そのために農業の生産性向上など、構造改革を実行しなければなりません。そして法人化、大規模化を通じて、全体の効率化を図ることも必要になるでしょう。

 同時に、これまで農業政策は、農業の働き手の方々を守ることに重点が置かれてきたと認識しています。今後は、法人化、大規模化を行う中で、それでも小さな農業の担い手が存在する限りは、そのバランスも意識しながら構造改革を進めていくという視点は大事だろうと思います。

 一方で、日本の農産品は非常にブランド力が強いと思います。従って、輸出によって、国際的なネットワークで日本の農産品を広めていくことには、大いに可能性があると思います。

 ─ 日本は人口減、少子化・高齢化が進む中、日本再生を進める上で、政府は国家ビジョンを示す役割がありますね。

 筒井 そうですね。今回、日本成長戦略会議や経済財政諮問会議で、日本成長戦略をテコにして、様々な予算編成の仕方、財政のあり方を変えていくという方針が示されています。

 これ自体は画期的な取り組みだと思います。経団連もかねてから、例えば予算に対する成果を単年度だけで見ず、複数年度で見ようということを主張してきました。それを含めて、経団連の考えと軌を一にするような財政運営の方針が示されたと思います。

 ですから、高市政権が打ち出した戦略17分野への投資について、官民連携で370兆円ということが言われています。今後、予算編成で詰めていかれると思いますが、少なくとも官の方が、財政運営も含めて成長戦略に踏み込んだことを受けて、民も、それに応える規模を中長期的に実現していくことが必要だと思います。

 こうした認識の下、経団連としても、2040年度までの国内向け民間設備投資の目標額を200兆円から250兆円に引き上げることを表明したということです。

 ─ 官民連携という場合に、これまでは政府が入ってもなかなか事業がうまくいかない局面もありました。一方、政府の役割も重いものがあります。官民連携を成功させるにあたってポイントはどこにあると考えていますか。

 筒井 予見可能性という言葉が頻繁に出てきます。官の側にも、長きにわたるデフレの時代に民の投資が少なかったではないかという思いがあります。我々民の側も、デフレの時代を振り返って、投資が必ずしも十分ではなかったと思うわけです。

 今回の官の踏み込みの基本にあるのは、民の予見可能性を高めるということです。そのためには、財政の持続可能性、市場の信認を確保しながら、官が成長分野に大きく財政支出すべきです。

 これがシード(種)、いわば呼び水となって民の投資が動いていくという誘発効果が期待されます。これが投資における官民連携の基本形だと思います。