
1店舗の年商が20億円─。当社が運営するステーキハウス「ピーター・ルーガー」(東京・恵比寿店)です。近年の外食業界で見られる配膳ロボットやモバイルオーダー、セルフレジといったデジタル化が、それほど進んでいるわけではありません。また、来店客数が特段増加したわけでもありません。
理由は客単価の上昇です。昨今の食材費や人件費などの高騰で環境は厳しいことに変わりはありません。ですから、多少の値上げはさせていただきました。しかし本質は値上げではありません。他では体験できない「付加価値」を提供することによって客単価を向上させて売り上げを伸ばしているのです。
では、その付加価値とは何か。「お腹がいっぱいになる」といった機能的価値の提供ならば、他でも得られるでしょう。そこで当社は料理や接客、空間などの掛け算で生まれる「体験価値」や「時間価値」、つまり五感を刺激して記憶に残るエンターテインメントとしての食事の提供を目指しているのです。
したがって、当社はデジタル化などへの投資よりも、あえて「人への投資」に力を入れています。当社は国内10ブランド、海外6ブランドで、国内外140店舗を運営していますが、各ブランドに「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を策定しており、各ブランドの店舗で働く従業員は各ブランドの創業者の思いを理解・継承しながら主体的にブランド価値を向上させるようにしています。
そこで当社では約440名の正社員一人ひとりに教育担当者(直属の上司)を定め、月1回の1on1ミーティングを義務化しています。例えば私の場合、人事担当役員と私が担当している部の部長2人を育成しなければならないと決まっています。こういった具合に一人ひとりが教育を受けながらも、部下の教育も担当しているのです。
そうすると、経営陣のみならず、現場の従業員に至るまで一貫してベクトルを同じ方向に向けることができます。レストランビジネスは1人では完結しません。チームで取り組むものです。そのチームが同じ方向を向いていれば、お客様に対するサービスも自ずと高まります。
この仕組みづくりに2年ほどかかりました。時間も手間もかかりますが、こういった積み重ねがあったからこそ、冒頭のような店づくりができたのではないかと思います。人への投資と一言で言っても、給料の引き上げも大事ですが、どんなことを達成したら給料が上がるのか。そういった基準も明確にし、上司が時間を割いて部下を育成していく仕組みが大事になります。
それができると、自然と評判は上がってきます。当社が運営する、しゃぶしゃぶ・すき焼き専門店「モーモーパラダイス」は訪日外国人の10人に1人が来店している計算になります。当社が海外で大々的な宣伝をしたわけではなく、来店していただいた外国人のお客様の口コミによって広がっていきました。
私はアルバイト出身です。外食業に身を投じてきました。しかし、我々の事業は確かに食事を提供する外食業ではありますが、提供している価値の中身は「ホスピタリティ」や「エンターテインメント」だと自負しています。言い換えれば、「付加価値創造産業」だと思っています。
分断・分裂の時代にあって、改めて、食のパワーに力を感じています。人が「ここぞ」というときに活用する場が食の場であるはずです。我々はそんな食の場で皆様が幸せを感じる時間や空間を今後も提供していきたいと思っています。