ERPの導入は、日本企業にとってDX推進や基幹システム刷新における重要な施策の1つだ。一方で、予算オーバー、稼働遅延、途中頓挫、稼働後のトラブルといった失敗例は後を絶たない。失敗の責任は製品ベンダーや導入ベンダーに向きがちだが、それ以前に発注者側にも課題があるのではないだろうか。

6月19日に開催された「TECH+セミナー ERP 2026 Jun. 自社状況をどれだけ鮮明に把握できるかがカギ! ERP導入で後悔しないための『発注者リテラシー』」に、ヒロ・ビジネス 代表取締役で公認会計士の広川敬祐氏が登壇。「なぜERP導入は失敗してしまうのか。~失敗の原因とその対策~」と題し、発注者側の視点から失敗の根本原因と対策を語った。

ERP導入を失敗に導く「3つの思い込み」

広川氏は外資系監査法人で10年間勤務した後、1994年にSAPジャパンへ入社。1998年にヒロ・ビジネスを設立し、以来フリーランスの立場でERP導入支援やPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)業務、ERP関連の教育研修に携わってきた人物だ。

同氏は冒頭、ERP導入の失敗事例を紹介した。

1つ目は陸運業の事例である。グローバル共通基盤の構築を目的に、国内外のシステムを統一する基幹システムを推進していたが、開発コストの大幅な増加と期間延長が見込まれたために開発を断念。減損損失は154億6100万円に上った。直接の原因はテスト工程の大幅な遅延と成果物の品質不良とされる。ただ、広川氏はそれだけでなく「経営層と情報システム部門との連携の欠如」「検収基準の曖昧さ」も要因として指摘した。

2つ目は精密機器メーカーの事例である。選定したERPの一部機能で想定通りのパフォーマンスが得られず、当該領域については導入を中止し、既存システムの機能追加方式へ方針転換した。減損損失は21億2600万円となった。

この事例について同氏は、ERP本体のパフォーマンスが悪いということではなく、ERPの一部にフィットしない機能があり、それを外側で追加開発したことで、連携部分のパフォーマンスが得られなかったケースだと説明した。

では、ERP導入で失敗を招く根本要因はどこにあるのか。広川氏が挙げる「レッドカード」は次の3点だ。

1つ目は「ゼロから開発するのは大変なので、パッケージ機能の使えるところを活用する」。2つ目は「システム構築の失敗原因は要件定義にあるので、要件定義をしっかり行ったうえで製品選定をすべき」。3つ目は「システム導入を成功させるためには、要件の抜け漏れがないよう、現行システムの詳細調査を行う必要がある」というものだ。

  • 広川氏が示したERP導入時の3つの誤り

    広川氏が示したERP導入時の3つの誤り

一見すると、むしろ成功のための“常識”だと思われがちな考え方ばかりだが、なぜこれらが誤りなのか。

パッケージ導入は「つくる」ではなく「買う」もの

広川氏はこの考え方について、カーテンやおせち料理といった身近な例を挙げて解説した。

まず、何かが欲しいと思ったときの調達方法を考えてみよう。この場合、考えられる選択肢は、自分でつくる、つくってもらう、買う、の3つである。

例えばカーテンの場合、既製品とオーダーメイドでは値段が大きく異なる。ホームセンターの既製品であれば1万円前後で手に入る場合もあるが、オーダーメイドはその10倍以上必要な場合もある。おせち料理も、数十年前は各家庭でつくるものだったが、最近は買ってくる家庭がほとんどである。いずれも、つくるより買うほうがコストを抑えやすい。

システムも同じだ。かつて、システムは「開発するもの」という固定観念があった。一方で、パッケージ導入はつくるものではなく、既製の機能を利用する考え方だ。

同氏が問題視するのは、この点である。パッケージ導入であるにもかかわらず、従来のスクラッチ開発と同じ大日程が組まれているケースが多いのだ。基本構想から始まり、要件定義、設計・開発・テストを経て、最後にユーザー受入テストと移行に至る流れである。

ここでのポイントは、なぜERPというパッケージを導入するのに設計・開発という工程があるのか、ということだ。表面上は開発せずにそのままパッケージを使うという方針でプロジェクトが始まる。それなのに設計と開発が工程に入り込み、そのための予算まで取っている。この点に、広川氏は矛盾があると述べた。

これは、開発そのものを否定しているわけではない。重要なのは、開発が適する領域とパッケージ利用が適する領域を見極めるメリハリだ。例えば、商品やサービスの差別化につながり、競争力の源泉となる機能はしっかり開発したほうがいいケースも多いだろう。一方、競争領域ではない共通的な業務は、外部からの調達で開発コストを抑えるべき領域である。この点を見極めないまま、自社の業務に合わせてERPをつくり込もうとすると、現場の要望を受けて追加開発が膨らみ、結果として失敗につながりやすい。

要件定義は不要、必要なのは「要求定義」

3つのレッドカードのうち2つ目は、要件定義の捉え方である。一般的に、要件定義はシステム構築の鉄則だ。しかし、広川氏は「ERP導入において要件定義工程は不要」と言い切った。

カギは「要求」と「要件」の違いにある。要求はビジネス側・利用者側の視点から「こういう機能が必要」と定義するもの。要件はその要求に対して「システムが何をしなければならないか」を定義するものである。

料理に例えると分かりやすい。ユーザーには「おいしいものが食べたい」という要求がある。それでは抽象的すぎるので、「魚が食べたい」「肉が食べたい」と具体化していく。ここまでが要求である。一方、要件は「食材の指定」や「調理方法」に相当する。

システムで言えば、業務フロー、機能要件、非機能要件、画面要件、帳票要件などが要件である。スクラッチ開発であれば、こうした要件を発注者側が定義して文書化する作業が必要だ。

ただし、ERP導入の場合、この作業は不要となる。製品を提供するベンダー側がすでに済ませているからだ。

「パッケージでは要件定義はすでに終わっているものなので、ユーザーは単にそれを使うだけなのです」(広川氏)

ERP導入において、要件定義は不要なだけでなく弊害にもなりうると同氏は指摘した。料理の例で言えば、「肉が食べたい」までは要求だが、「松阪牛が食べたい」「神戸牛が食べたい」までいくと、それは要件だ。

この要件まで指定すると、業者はその肉を使わざるを得なくなる。本来、業者は別のもっとおいしくて安い肉で勝負できるかもしれないのに、ユーザー側の指定が足かせになるわけだ。

多くの日本企業が要求と要件を混同し、ユーザー側で不要な要件定義作業を行い、無駄な文書化作業を続けている。その結果、追加開発が発生し、ERP導入がうまくいかない原因になってしまっているのだ。

ERP導入は「引っ越し」の発想で考える

3つ目のレッドカードは、現行システムの詳細調査である。一般的には、抜け漏れがないよう、まず現状をAs Isで分析したうえでTo Beを策定するというアプローチが採られがちだ。だが、そこにも誤りがある。

広川氏は、引っ越しに例えて説明した。

「今ある洋服ダンスを引っ越し先に持っていこうとしても、部屋に合わないかもしれません。引っ越し先にウォークインクローゼットがあれば、そもそも洋服ダンスは不要になる可能性もあります。今あるものを前提にするのではなく、引っ越し先の間取りや仕様を見る必要があるのです」(広川氏)

大事なのは、今あるものをどう引っ越すかではなく、引っ越し先の間取りや仕様を起点にすることだ。システムでも考え方は同じである。新システムの機能を正として判断し、そのうえで、今あるものを持っていくか捨てるかを決めるという順序であるべきなのだ。

つまずくポイントになりやすいのが、発注者側特有の心理である。現場の利用者は、仕事のやり方が変わることに抵抗を示すことが多い。システムを刷新すると、新しく覚えることが増えたり、今までやってきたことができなくなったりするのではないかと不安を抱くからだ。

この「変えたくない」心理の背後にあるのが、目的と手段の履き違えだと同氏は言う。例えば、昭和の時代は電話やファックスで注文を受けていたが、現在はほとんどがインターネット、とくにスマートフォン経由での発注になっている。「注文を受ける」という目的は変わっていないが、そのための手段は大きく変化しているわけだ。

スマートフォンからの注文をそのままシステム連携すれば、電話やファックスでの受注に比べて、出荷時のミスや手間を減らすことができる。つまり、「注文をもらって、間違えないように出荷する」という目的をより達成できるように、手段が進歩したのである。

このように、目的は同じでも、それを実現する手段は変わり得る。ところが現行システムの使い方を起点にすると、本来は変えてよい手段まで残そうとしてしまう。その結果、ERPの標準機能に合わせるのではなく、以前と同じやり方を再現するための追加開発が発生しやすくなる。

5W1Hで考えると分かりやすい。要求はWhyとWhat、要件はHowに近い。よくある過ちは、とくにHow(どのように)に焦点を当ててしまうことである。本来は新システム検討の際、まずWhyとWhatで要求を特定し、そのうえでERPの評価としてWho、When、Whereを当てはめ、最後にHowを検証する、という順序が望ましい。

最後に広川氏は、本来のERP導入の進め方を次のように語った。

「まずはERP製品がどのような機能を提供しているのかを見極めて、そこを起点にアプローチしていく。そのうえで、自社の業務で変えるべきところは変えていく。そういった進め方をするのが、実践的なERP導入です」(広川氏)

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既存の業務やシステムに合わせてERPをつくり込むのではなく、まず要求を明確にし、ERPが備える標準機能を起点に業務を見直すこと。広川氏が示したこの考え方は、ERP導入を成功させるうえで欠かせないポイントと言えそうだ。