
当時は大手コンサルタントの指導を受けており、私も指導内容は理解しましたが、大企業を手本にした戦略ばかりで、現在当社が重要視している「進化」や「新規性」「迅速性」とは程遠い考え方でした。
大手直販メーカーを模倣し、高額の漢方製剤を直接薬局に販売するビジネスも始めてはいましたが、直販ビジネスは高い専門性を要求されるため、とても当社社員では対応できず苦戦していました。
当時の大きなトレンドであると言われていた医療用後発医薬品についても、販売承認は取得したものの、検討が甘かったため、実際に製造するとなると多大なコストが発生し、とても採算ベースに乗らないことも分かりました。
しかも、あろうことか、当時の幹部会議では主力製品である「龍角散」は、もうマーケティング的使命を終えた製品であり、売上改善は望めない。落ちたりとは言え、「龍角散」ブランド自体の知名度はあるのだから、ノド関連市場より市場規模の大きい風邪薬や胃腸薬市場への参入まで計画されていたのです。
もしこれが実行されていれば、恐らく今、当社は存在していなかったでしょう。大きな市場であることは当然、競争も厳しくなるわけで、大戦艦が打ち合っている市場に当社のような小さい船でノコノコ出ていけば、ひとたまりもありません。
あまりの実績の悪さに当時の経営陣も危機感を持ち、ついに大リストラ計画が発動されようとしていました。私もオブザーバーとして参加していた、ある日の経営会議です。部長クラスで秘密裏に検討されていた大リストラ計画が発表され、いよいよ採決となったとき、私は手を挙げました。
そして「皆さん。本当にこれで良いのですか。会社のために働いてくれた社員を大量に辞めさせるだけで、この会社に何が残るのですか。皆さんもご承知の通り、父はもう長くない。
私は来月社長を引き継ぐ覚悟を決めました。一度私にやらせてみませんか?
確かにこの会社は今、最悪のときを迎えています。しかし、私が見たところ、まだ火種は残っています。もう1回チャレンジしてから考えても遅くはないのではありませんか」。
明らかに何人かの幹部社員の目は「こんなド素人の若造に何ができるんだ」と言いながらと、せせら笑っていました。
社長としての船出は決して華々しいものではありませんでした。むしろ、悲壮感漂う雰囲気の方が強かったほどです。私としては前職の大戦艦から沈没寸前の泥船に乗り換えたような感覚です。
水はドンドン入って来るのに、それをかき出す人もおらず、しがみつくだけです。しかも、この船はどこに向かうかも分かっておらず、何やら雲行きまで怪しくなってきているのです。
これがいずれ襲ってくる大嵐の前触れであったとは、このときは想像すらできませんでした。