北海道大学(北大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、東北大学、九州大学(九大)の4者は4月3日、米国航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機「OSIRIS-REx(オシリス・レックス)」が炭素質B型小惑星ベヌー(ベンヌ)から回収した試料の詳細な分析により、地球生命の設計図に不可欠な核酸塩基全5種を含む38種の窒素複素環化合物、および高濃度の尿素の検出に成功したと共同で発表した。
同成果は、北大 低温科学研究所の大場康弘准教授、JAMSTECの古賀俊貴ポストドクトラル研究員、同・高野淑識上席研究員、九大大学院 理学研究院の奈良岡浩教授(研究当時)、東北大大学院 理学研究科の古川善博教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の化学を扱う学術誌「Communications Chemistry」に掲載された。
小惑星環境での化学プロセス絞り込みに成功!
小惑星探査機「はやぶさ」および「はやぶさ2」のサンプルリターンで実績を持つ日本の研究チームは、NASAから高い信頼を寄せられており、回収された121.6gに及ぶベヌー試料の分析に初期段階から参加している。今回の研究では、日本側に配分された約600mgの試料を用い、核酸塩基を初めとする窒素含有有機化合物の精緻な分析を実施したという。
分析プロセスでは、ベヌー試料を2%希塩酸と共にガラスアンプル管に封入して超音波抽出し、抽出液を分離。さらに、抽出残渣に対して20%濃塩酸を加え、110℃で12時間の加熱が行われた。得られた抽出液から金属イオンを除去した後、液体クロマトグラフ-超高分解能質量分析計による分析が実施された。併せて、検出分子の生成プロセスを検証するために実験室内模擬実験も行われた。
窒素原子が環状化合物の基本骨格の一部を構成する「窒素複素環化合物」には、DNAやRNAなどを構成するアデニン、グアニン、シトシン、チミン、ウラシルの5種類の核酸塩基も含まれる。これまでの地球外物質分析では、同化合物は約20種の確認に留まっていたが、今回は核酸塩基全5種を含む計38種類を検出。そのうち少なくとも4種は、地球外物質からは初めて同定された化学種だったとした。
5種の核酸塩基中では、RNAのみに用いられるウラシルが最も多く、試料1gあたり約55ngが含まれていることが判明した。同一試料からはRNAの構成糖である「リボース」も検出されており、今回の成果は生命誕生前の化学進化において、RNAが中心的な役割を果たしたとする「RNAワールド仮説」を支持する結果といえるとした。
一方、核酸塩基と糖が結合した「ヌクレオシド」は、今回の分析条件下では検出されなかったという。この結果は、ベヌー母天体における低温反応環境での反応が、ヌクレオシド合成に至る前の段階で停止したことを示唆しているとした。
また、生体の代謝産物としても知られる「尿素」が、試料1gあたり約10μgという高濃度で検出された。これは、窒素複素環化合物全体の約8倍に相当し、ベヌー試料中で検出された窒素化合物の中では、アンモニアなどに次いで3番目に含有量が多い化学種だったとする。
尿素は、アンモニアが豊富な低温環境で容易に生成されるほか、ウラシルなどの核酸塩基の合成材料となることが知られている。したがって、ベヌーにおける核酸塩基は、アンモニアと尿素に富む塩基性かつ低温の環境下で合成された可能性が極めて高い。これは、尿素骨格を構造内に持つウラシルや「2-ヒドロキシピリミジン」、「シアヌル酸」などの存在量が高いという結果とも整合的だという。
さらに、ベヌー母天体環境を模擬した熱水反応実験も行われた。その結果、低温プロセスだけでなく、比較的温暖な環境における化学反応も、試料中の有機化合物の分布に影響を与えた可能性が見出されたとする。
これらの知見は、600mgという大量の試料を活用することで得られた成果であり、小惑星環境における前生物的化学プロセスの解明を大きく前進させる一歩といえるとした。
宇宙における分子の複雑化や、地球への有機物供給の全容解明は、生命の起源という生命科学史上最大の謎に迫る鍵となる。そのためには、宇宙から直接採取した試料の精密分析と、地球に落下した炭素質隕石との比較を通じた正確な評価が欠かせないという。今後、生命関連分子の「目録」が拡充されることで、生命誕生のシナリオがより鮮明になることが期待されるとした。
日本主導の火星衛星探査計画「MMX」の打ち上げが迫るなど、惑星探査は新たな局面を迎えている。今回の研究で確立された微小試料分析技術や地球外有機分子に関する知見は、今後のサンプルリターン計画の成功を支える重要な基盤になるだろうとしている。



