大阪公立大学(大阪公大)は2月10日、希薄窒化ガリウムひ素「GaAs1-xNx」化合物半導体に、フェムト秒のレーザーパルス光を照射して発生した、「コヒーレント縦光学フォノン」によるテラヘルツ波の波形を時間の関数として記録した結果、同物質特有の「電子有効質量」の増大によって電子-フォノン散乱が抑制され、フォノンの減衰時間が長くなる現象を発見したと発表した。
同成果は、大阪公大大学院 工学研究科・電子物理系の竹内日出雄准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学を扱う学術誌「Journal of Applied Physics」に掲載された。
5G(第5世代移動体通信システム)が日本で登場したのは2020年のことだが、通信業界の視線はすでに先を見据えている。2030年ごろの商用化を目指す6G(第6世代移動通信システム)はもとより、2040年代を見据えた「Beyond 7G(第7世代移動通信システム以降)」に向けた議論がすでに始まっている。
1979年に産声を上げた1Gから現在に至るまで、移動通信システムはおよそ10年周期で大きな進化を遂げてきた。アナログ方式からデジタル化(2G)へ、パケット通信によるインターネット利用(3G)から、スマートフォンによる動画視聴を日常に変えたLTE(4G)へ。そして、超高速・低遅延・多接続を掲げる5Gへと、その歩みは止まることがない。
現在の5Gは主要帯域として、Sub6(3.7/4.5GHz)帯とミリ波(28GHz)帯の2階建てとなっているが、ミリ波は遠距離伝搬しにくく、障害物に弱いなどの弱点がある。そのため、既存の4G帯域を5G方式に切り替えて転用するなどの工夫が成されているが、6GではAI利用のさらなる増加や自動運転の本格化、IoTの拡大などに対応するため、電波と光の中間的な性質を持つ「サブテラヘルツ帯(100~300GHz」の利用が見込まれている。さらに7G以降においては、本格的なテラヘルツ帯の活用が不可欠とされている。
テラヘルツ帯域の通信を実現する上では、半導体内の「素励起」が深く関与するという、他の周波数帯とは異なる特徴がある。素励起とは、電子の集団運動である「プラズモン」や、固体内の原子の振動である「フォノン」などを指す。特に、熱伝導や電子散乱を左右する半導体内のフォノンの研究を行うことが重要とされている。
一般に、半導体デバイスの動作速度や効率は、材料内部における電子とフォノンとの衝突、いわゆる「電子散乱」によって制限される。6GやBeyond 7Gといった次世代の超高速無線通信を実現するには、この散乱を抑えてエネルギー損失を最小限にする材料設計が不可欠となるが、従来の化合物半導体ではその制御が困難であった。そこで研究チームは今回、窒素を微量に添加して電子の有効質量を変化させ、散乱プロセスを抑制できる可能性を検証するため、希薄窒化ガリウムひ素「GaAs1-xNx」に着目したという。
化合物半導体は、2種類以上の物質が固体状態で均一に混ざり合う「混晶化」という手法を用いることで、多彩な物性を制御できる特徴を持つ。今回の研究では、希薄窒化GaAs試料に対し、パルス幅40フェムト秒の極短パルスレーザーを照射。これによって発生した「コヒーレント縦光学フォノン」に起因するテラヘルツ波の波形が、時間の関数として記録された。コヒーレント縦光学フォノンとは、重い原子(ヒ素)と軽い原子(ガリウム)が逆位相で変位する振動のことを指し、コヒーレントとはレーザー光のように振動の位相が揃っている状態を示す。
通常、電子と結晶格子振動が激しく衝突(散乱)する場合、放射されるテラヘルツ波の波形にはその影響が色濃く反映される。しかし、得られた時間波形を解析した結果、希薄窒化GaAsでは窒素の混晶化によって「電子有効質量」が増大していることが判明。この有効質量の増大により電子の応答速度が低下し、結果として電子とコヒーレント縦光学フォノンの相互作用が弱まり、散乱過程が抑制されたと結論づけられた。なお電子有効質量とは、半導体内部での電子の動きにくさを質量として定義した物理量だ。
今回の研究成果により、コヒーレントフォノンの減衰時間の制御に加え、高周波デバイス設計に不可欠な「Sパラメータ」の理解の進展につながる可能性があるという。これは、テラヘルツ帯で動作する超高速デバイスの製造プロセスにおける最適な条件設定に活用できるとした。
また、窒素添加による電子有効質量の制御を通じて、エネルギー損失の原因となる電子散乱を人為的に抑制できることを示した点は、デバイス工学的にも極めて意義が大きい。研究チームは、今回の知見がテラヘルツ帯を利用した6GやBeyond 7Gといった次世代無線通信技術の飛躍的な発展に寄与するものであるとしている。

