東北大学、東京大学(東大)、日本原子力研究開発機構(JAEA)の3者は10月17日、ナノメートルオーダーの厚さのコバルト(Co)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)で構成される人工反強磁性体「Pt/Co/Ir/Co/Pt」薄膜(以下、人工反強磁性体薄膜)を用いて、上下のPt層から反対向きの電子スピンをCo層に注入したところ、スピンによるトルクが打ち消されずにCo層に作用し、磁壁を移動させられることを確認したと共同で発表した。
同成果は、東北大大学院 工学研究科の増田啓人大学院生(研究当時)、東北大 金属材料研究所の山崎匠助教、同・高梨弘毅教授(現・JAEA所属)、同・関剛斎教授、東北大 学際科学フロンティア研究所の山根結太准教授、東北大 電気通信研究所の土肥昂尭助教、東大大学院 新領域創成科学研究科のRajkumar Modak特任助教、同・内田健一教授(物質・材料研究機構 上席グループリーダー兼任)、JAEA 原子力科学研究所 先端基礎研究センターの家田淳一グループリーダーらの国際共同研究チームによるもの。詳細は、多様な分野の基礎から応用までを扱う学際的な学術誌「Advanced Science」に掲載された。
“スピントロニクスメモリ”の省エネ・高速動作に期待
次世代のスピントロニクスメモリ技術として、強磁性体中に形成される磁区をデジタル情報とし(例えば、磁気モーメントが上向きの磁区に「1」、下向きの磁区に「0」を担わせる)、電流によって磁区(デジタル情報)を移動させる技術が注目されている。そしてこの技術は、連続する磁区をシフトさせて情報の読み出しを行う磁気メモリや、三端子構造の磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)などの動作において鍵となる。
磁区を移動させることは、磁区同士の間の境界面である磁壁を移動させることに相当する。その主な機構の1つが、「スピンホール効果」によって電流の横方向に生じるスピン流(スピン角運動量の流れ)を用いた磁壁移動である。強磁性体とスピンホール効果を示す非磁性体とを積層させた薄膜に電流を流すことで、スピン流の電子スピンと強磁性体の磁気モーメントとの相互作用により磁気モーメントにトルクが発生し、磁壁が移動する。そのため、この電流誘起の磁壁移動を動作原理とするメモリでは、省エネルギー化や高速動作の実現に向けて、小さな電流で磁壁を高速に移動させるための材料や技術が不可欠となる。
そこで研究チームは今回、強磁性層/非磁性層/強磁性層の積層構造において、2つの強磁性層間に働く長距離の磁気的相互作用(層間交換結合)により磁気モーメントが反対方向を向く(反強磁性的に結合する)人工反強磁性体に着目。その薄膜内部に形成される磁壁を調べたという。
今回の人工反強磁性体薄膜は、Ir層を介して上下のCo層が反強磁性的に結合している。加えて、Co層とPt層の界面に起因する「磁気異方性」により、Co層の磁気モーメントが薄膜の面垂直方向に向いた「垂直磁化の人工反強磁性体薄膜」である点が特徴だ。
まず、人工反強磁性体薄膜を用いた細線を作製し、実験と計算の両面から、通電による磁壁の移動が調査された。細線に印加したパルス電流の印加回数に比例し、徐々に磁壁が移動していることが確認された。
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(a)今回の人工反強磁性体薄膜の模式図、および予想されるカー顕微鏡像のコントラスト。(b)細線に流す電流の方向(左から右、右から左)によるカー顕微鏡像。白い矢印が磁壁位置を示しており、パルス状の電流の印加回数(1~5回)に依存して磁壁位置が移動しているのが見て取れる。(出所:共同プレスリリースPDF)
,A@今回の人工反強磁性体薄膜の模式図とカー顕微鏡像のコントラスト|
今回の実験では、上下に配置されたPt層のスピンホール効果で、反対向きの電子スピンがCo層に注入されていることが推察された。しかし、反対向きの電子スピンによるトルク同士が単純に打ち消し合うのではなく、反強磁性的に結合したCo層の磁気モーメントに対して作用し、磁壁を移動できることが明らかにされた。これは数値計算でも再現され、電子スピンのトルクを二重化して磁気モーメントに作用させ磁壁移動を駆動するというメカニズムが初めて実証されたとした。
さらに、Co層の層厚を傾斜させて膜面内に構造の非対称性を付与することにより、反対称の層間交換結合によって新たな有効磁場を作り出すことにも成功。この有効磁場が増加すると、磁壁を生成するための電流密度が低減し、一方で磁壁速度は増加することが確かめられた。この結果は、反対称の層間交換結合を活用することで、小さな電流で速く磁壁を移動できることを意味しているとした。
今回の成果は、電流誘起の磁壁移動を動作原理とする次世代スピントロニクスメモリの省エネルギー・高速動作の実現に向けて、大きく寄与するものと期待されるとする。近年、反強磁性体の利点(漏れ磁場がない、外部擾乱に強い、高速な磁化ダイナミクスを示すなど)に着目し、従来の強磁性体を用いたスピントロニクスよりも高集積で高速動作を目指した反強磁性スピントロニクスが注目を集めている。今回の人工反強磁性体における電流誘起磁壁移動の実証は、反強磁性スピントロニクスの発展にも貢献できる重要な成果と位置付けられるとしている。
