オランダ政府は、中国のウィングテック・テクノロジー傘下にある半導体メーカー・Nexperia(ネクスペリア)を接収する決定を下したと現地時間10月12日に発表した。この措置は、冷戦時代に制定された緊急事態条項を活用したもので、非常時に重要な物資へのアクセスを確保することを目的としている。

  • オランダ政府の発表文 <br />(出所:オランダ政府公式サイト)

    オランダ政府の発表文
    (出所:オランダ政府公式サイト)

ネクスペリアは自動車や家電向けの成熟した半導体製品を専門に生産する企業で、オランダに拠点を置き、欧州のサプライチェーンに深く組み込まれている。政府の発表によると、この接収は同社の製品が利用できなくなるリスクを防ぐための予防策であり、背景には米中間の貿易摩擦の激化が指摘されている。ウィングテック側はこれを過剰な対応と非難し、法的・外交的な対抗措置を講じる姿勢を示している。一方、接収の影響でウィングテックの株価は急落し、市場に動揺を広げた。

  • Nexperiaのニュースリリース <br />(出所:Nexperia公式サイト)

    Nexperiaのニュースリリース
    (出所:Nexperia公式サイト)

Nexperiaの蘭政府接収で、米中対立は新たな局面へ

この出来事は、地政学的な観点から見て、米中対立の新たな局面を象徴するものだ。

まず、米中貿易戦争の文脈を振り返る必要がある。米国は近年、中国企業に対する制裁を強化しており、ウィングテックも昨年末に輸出規制の対象となった。これにより、同社は米国製技術の入手が難しくなり、子会社であるネクスペリアの運営にも影響が及ぶ可能性があった。

オランダの決定は、こうした米国の動きに呼応する形で、欧州連合(EU)の国家安全保障戦略を反映している。EUは、中国依存の脱却を目指す「経済安全保障戦略」を推進しており、半導体のような戦略物資を巡るリスクを低減しようとしている。ネクスペリアの接収は、欧州が中国資本の企業を「信頼できない存在」と見なし、国内供給網の安定を優先する姿勢を明確にした事例と言える。

欧州が米中対立の「巻き添え」に?

地政学的には、この措置がもたらす波及効果が大きい。まず、中国の報復リスクだ。

中国はレアアースの輸出規制を強化しており、これが欧州の半導体産業に打撃を与える可能性がある。オランダのASMLのような企業は、世界最先端の半導体製造装置を生産するが、レアアースはこれらの装置に不可欠な素材だ。報復が現実化すれば、欧州全体の産業競争力が低下し、米中対立の「巻き添え」となるおそれがある。

また、この接収は欧州の対中政策の分岐点を露呈している。オランダは伝統的に自由貿易を重視するが、米国との同盟関係を強める中で、中国との経済的つながりを犠牲にせざるを得ない状況にある。一方、ドイツやフランスのような大国は、中国市場への依存度が高いため、慎重な対応を迫られるだろう。このような政策の不整合は、EU内の結束を揺るがす要因となり得る。

Appleをはじめ、各社製品に影響が及ぶおそれも

さらに、サプライチェーンの観点から分析すると、半導体産業のグローバル化がもたらす脆弱性が浮き彫りになる。

ネクスペリアはアップルなどの大手企業に部品を供給しており、接収による混乱は世界的な供給網に連鎖反応を引き起こす可能性がある。米中対立の激化により、企業は「フレンドショアリング」(友好国への移管)を加速させるだろうが、これはコスト増大を招き、インフレ圧力を高める。

地政学的に見て、アジア太平洋地域での緊張も無視できない。中国は台湾問題を抱えており、半導体大国である台湾のTSMCが標的になれば、欧州の措置はさらにエスカレートする。オランダの決定は、こうした広範なリスクを考慮した「予防外交」の一環だが、逆に中国のナショナリズムを刺激し、経済的分断を深めるジレンマを抱えている。

欧州が直面する地政学的ジレンマ

この出来事の長期的な影響として、国際秩序の再編が挙げられる。

冷戦時代の緊急法を現代の貿易戦争に適用した点は、民主主義陣営が中国の台頭を抑止するための「法の武器化」を示唆する。欧州は米国主導の「デカップリング」(経済的分離)を部分的に受け入れつつ、独自のバランスを取ろうとしているが、成功するかは不透明だ。中国側はこれを差別的扱いと位置づけ、外交ルートでの反発を強めるだろう。結果として、半導体市場は二極化し、技術革新のペースが鈍化するおそれがある。企業レベルでは、ウィングテックのCEOが職務停止となったように、経営陣の交代や再編が避けられない。

オランダのネクスペリア接収は、米中対立の延長線上で欧州が直面する地政学的ジレンマを体現している。国家安全保障と経済利益の狭間で、欧州諸国はより戦略的な選択を迫られるだろう。この動きがグローバルサプライチェーンの安定に寄与するのか、それとも新たな紛争の火種となるのか、国際社会の動向が注目される。