HTV-X 1号機のミッション概要

  • H3ロケット(写真は試験機2号機のもの) <br />(C)鳥嶋真也

    H3ロケット(写真は試験機2号機のもの)
    (C)鳥嶋真也

HTV-Xの1号機(HTV-X1)は、2025年10月26日にH3ロケット7号機で打ち上げられる予定だ。

打ち上げ後、約4日かけてISSへ接近し、宇宙飛行士が操作するISSロボットアーム(SSRMS)により把持されたあと、ISSの地球側結合部へ移動して結合される。なお、この把持の作業は、現在ISSに滞在中の油井亀美也宇宙飛行士が担当することになっている。

※編注:初出時、打ち上げ日を「10月21日」としていましたが、天候の影響で打ち上げ延期となり、その後「10月26日」に再設定されたため、情報を更新しています。

HTV-X1が運ぶ主要な曝露カーゴのひとつが、「中型曝露実験アダプター」(i-SEEP、IVA-replaceable Small Exposed Experiment Platform)。この装置は、「きぼう」船外プラットフォームで技術実証や地球観測・宇宙観測に用いる複数の機器へ、電力・通信・流体などのリソースを提供するアダプターだ。i-SEEPを介せば、利用者はミッション機器のみを開発すればよく、船外実験の機会を得やすくなる。

現在、ISSでは2基のi-SEEPが運用されている。HTV-X1で輸送される新型i-SEEPは、従来の28V系の電力・通信に加え、50V系の電力供給と冷媒供給に対応する機能を備える。これにより、きぼう船外プラットフォームが受け入れられるユーザーの幅が広がり、ISS船外での活動をいっそう支えられる。

一方、与圧カーゴには、ISSの生命維持に不可欠なNASAからの委託品(窒素・酸素補給タンク、水補給タンク、宇宙食、各種実験機器など)に加え、きぼう実験棟の運用安定性を高める日本側のシステム品が含まれる。

そのひとつが、軌道上のロボット運用を支援するLED船外ライトユニットだ。東芝ライテックが新たに参画し、民生用のLED技術を生かして開発した。従来のハロゲンランプと異なり、故障時もLEDが部分的に点灯を維持できるため、ロボット運用時の信頼性向上が期待できる。

また、「エアロック監視駆動制御装置2」(AEP2)も搭載される。きぼうには、実験装置などを船外へ出し入れするためのエアロックがあり、その監視と駆動制御を担うのがAEP2だ。従来の装置は、リミットスイッチの単一故障で運用停止となるおそれがあった。AEP2では設計を見直し、エアロックを停止させないための冗長性と安定性の向上を図っている。これにより、年20回超の運用を継続的に支えられる見込みだ。

与圧カーゴの中でも、将来の国際宇宙探査に役立つものとなるのが「CO2除去システム軌道上実証」(DRCS)装置である。DRCSは、微小重力かつ有人の閉鎖環境でCO2除去システムを実証し、将来の月周回有人拠点「ゲートウェイ」に搭載される環境制御・生命維持システム(ECLSS)の設計に生かすことを目的としている。

地球環境産業技術研究機構(RITE)との共同研究による独自の吸着剤を使用しており、他国のシステムが約200度を要するのに対し、約60~70度という低温でCO2の脱着を可能にし、低消費電力化も図っている点が特長だ。

  • DRCSの解説 <br />(C)JAXA

    DRCSの解説
    (C)JAXA

このほか、JAXAのきぼう有償利用制度を通じて、日本酒「獺祭」を月面で造ることを見据えた「獺祭MOONプロジェクト」による清酒発酵技術実証機材や、アウトドアブランド「CHUMS」のCM撮影機材を積み込むといった、日本の産業界や教育界の宇宙への挑戦を支援するという目的も担っている。

また、アジア・太平洋地域の青少年が考えた、さまざまな宇宙実験に挑戦する「アジアントライゼロG 2025」も搭載される。こうした取り組みは、宇宙環境利用の普及と、次世代への宇宙教育体験を提供するという、大きな意義をもっている。

将来技術の獲得を担う、3つの実験

HTV-X1はISSに最長6カ月間係留され、輸送カーゴを搬入し、廃棄カーゴを積み込む。そのあとISSから分離して単独飛行し、軌道上技術実証プラットフォームとして運用する。単独飛行は最長1.5年行えるが、今回のミッションでは、約3カ月をかけて次の3つの実験を実施する。

実験1:超小型衛星放出(H-SSOD)

超小型衛星を放出するミッションで、HTV-Xの自由度の高い飛行能力を生かして実施する。ISSから離脱したあと、高度を約400kmから約500kmへ上げ、超小型衛星を放出する。これにより、超小型衛星の運用期間の延長や実用ミッションへの適用が見込め、放出需要の拡大を狙う。1号機では、日本大学の「てんこう2」を搭載して放出する。

実験2:軌道上姿勢運動推定実験(Mt. FUJI)

機体に意図的に回転運動を与え、地上のレーザー測距(SLR)から推定した姿勢運動と、機体のテレメトリー(状態を示すデータ)で取得する姿勢データを比較する。これにより、姿勢運動推定の精度を定量的に評価する。JAXAによると、世界初となる実験だという。

この実証で得られる成果は、宇宙ごみ(スペース・デブリ)の回転運動を推測する技術に応用され、将来的なデブリ除去技術の実現に貢献すると期待されている。

H-SSODによる衛星放出後、同じ軌道で約3週間かけて実施する。

実験3:大型宇宙構造物の構築技術と、次世代宇宙用太陽電池の軌道上実証

将来の宇宙インフラ構築に不可欠な技術の実証として、「展開型軽量平面アンテナ軌道上実証」(DELIGHT)と「次世代宇宙用太陽電池軌道上実証」(SDX)を実施する。

DELIGHTは、宇宙太陽光発電システム(SSPS)のような数百m~数km級の大型宇宙構造物の構築を見据え、新たなパネル展開・結合機構を備えた軽量パネルを軌道上で展開し、展開中の挙動と展開後の構造特性を計測する。パネルの一部には、大幅な軽量化を狙った軽量平面アンテナ(LPA)を装着し、地上局からの電波の受信強度を計測する。これらの技術は、将来的に30m級の大型平面アンテナや静止降水レーダー衛星への応用が想定されている。

SDXはDELIGHTに搭載され、将来の宇宙用太陽電池として期待されるふたつの先端技術を実証する。ひとつは、JAXAと民間企業が開発した独自構造で高効率を狙う「PHOENIX」太陽電池、もうひとつはペロブスカイト太陽電池だ。これらの太陽電池の出力を定期的に計測し、軌道上での動作を確認する。得られた結果は、衛星ミッションに応じて適切な太陽電池を選ぶための指針となり、低コストかつ高性能な太陽電池の開発を後押しして、日本の産業基盤と国際協力の強化に役立てる。

このミッションは、Mt.FUJIミッションの終了後、飛行高度を下げたのち、約2カ月間かけて行う計画となっている。

  • 軌道上技術実証プラットフォームとしてのミッションの解説 <br />(C)JAXA

    軌道上技術実証プラットフォームとしてのミッションの解説
    (C)JAXA

月へ、そして未来へ。HTV-Xが切り拓く活躍の場

HTV-X1のミッションが終わったあとも、次のミッションが進む。さらに、舞台はISSにとどまらず、月へ、そして未来へと広がっていく。

HTV-Xの目標のひとつは、得られた成果を将来のさまざまな有人宇宙ミッションへ生かすことにある。具体例として、ゲートウェイへの物資補給が検討されている。

ゲートウェイは、米国航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)、カナダ宇宙庁(CSA)、そしてJAXAが進める、月の周回軌道に建設する有人拠点だ。米国が主導する国際有人月探査計画「アルテミス」の中核的な要素のひとつで、月面活動に向けた中継や補給、実験の拠点として機能する。

ゲートウェイへの補給に向けた最大の課題は、ISSで用いてきた結合方式の転換だ。HTV-Xは、宇宙飛行士が操作するロボットアームで機体を把持して結合する「キャプチャー・バーシング方式」を採用してきた。しかし、ゲートウェイには常時宇宙飛行士が滞在しないため、この方式には対応できない。そのため、新たに「自動ドッキング方式」への対応が不可欠となる。

自動ドッキングは、「安全な衝突」とも言われるほど安全要求が厳しい、高難度の技術である。リスクを下げるため、HTV-Xの2号機以降で、ISSを離脱したあとに技術実証プラットフォームとしての機能を使い、自動ドッキング技術の実証を計画している。

具体的には、物資補給ミッションを終えてISSから離脱したあと、曝露カーゴ搭載部側に取り付けた国際標準準拠の自動ドッキングシステムを用い、ISSへ再接近する。そこで、ドッキング機構と6自由度の相対接近機能の事前実証を行う。

  • ドッキング実証ミッションを行うHTV-Xの想像図 <br />(C)JAXA

    ドッキング実証ミッションを行うHTV-Xの想像図
    (C)JAXA

ゲートウェイ補給へ向けては、ほかにも越えるべき課題がある。まず、月周回軌道へ向かうために、機体のいっそうの軽量化が必要となる。また、地球近傍で使うGPSが届かない環境で正確に航法するための新技術の確立も求められる。さらに、宇宙飛行士が常駐しないゲートウェイでは、到着した補給物資を速やかに荷降ろしできるよう、与圧モジュール内の積み込み方法や、自動化・自律化に向けた運用技術の改良を進める必要がある。

他方、ISSと同じ地球低軌道では、民間宇宙ビジネスへの応用も視野に入る。ISSは2030年に運用を終える予定で、米国を中心に複数の企業が、後継となる商業宇宙ステーションの開発を進めている。

HTV-Xで培った技術は、将来の「ポストISS」時代における商業宇宙ステーションへの物資補給にも生かされる見込みだ。この構想は通称「HTV-XC」(CはCommercialの頭文字)と呼ばれる。商業宇宙ステーションの仕様に合わせ、近傍通信システムや自動ドッキングなどの仕様変更を想定している。

コウノトリは赤ちゃんや幸せを運ぶ鳥という伝承がある。先代の補給機「こうのとり」は、その名のとおり、ISSに重要な物資を運ぶとともに、日本の有人宇宙活動に希望と未来をもたらした。そしていま、HTV-Xはその想いを受け継ぎ、かつてこうのとりが舞った宇宙へ、ふたたび飛び立とうとしている。新たな夢と技術の翼を広げ、宇宙開発の未来を切り拓くために。

  • HTV-Xの想像図 <br />(C)JAXA

    HTV-Xの想像図
    (C)JAXA