アサヒグループホールディングス社長・勝木敦志「 現場との対話で、消費者の潜在需要の掘り起こしを!」

内外の現場との対話で自分たちのパーパス確認を

 自分たちのパーパス(存在意義)とは何か─。

 アサヒグループホールディングス(HD)社長兼グループCEO(最高経営責任者)の勝木敦志氏は、現場と対話をする時に、こう問いかける。

 勝木氏は1960年(昭和35年)3月生まれの65歳。社長に就任したのは2021年(令和3年)3月で、コロナ禍の真っ只中。コロナ禍中は様々な試練に遭いながら、それをくぐり抜けてきたわけだが、社長就任から4年が経っての手応えとは何か─。

「わたしも、就任後すぐにはコロナの影響で、各事業所をまわれませんでした。何とか2022年の6月から出張ができるようになって、まずやろうと思ったのが、日本全国、世界各国の事業所をまわることです。従業員に対して、わたしが何者であって、何がしたくて、どんな未来に従業員と一緒に行きたいのかをテーマに、タウンホールミーティングを今まで70回位やってきました。従業員からの手応えがどんどんよくなってきたし、従業員の意識が高まってきているなと。いわゆるエンゲージメントが高まっているという言い方ができると思うんですけど、会社とのつながりや、共感、そういうものが高まってきていると感じております」

 新型コロナウイルス感染症がインフルエンザ並みの〝5類感染症〟に移行されたのは2023年5月。その約1年前から世界各地の事業所回りを始め、積極的に現場を担う従業員との対話を進めてきた。

 同社は2016、2017年に欧州の2つのビール会社、2019年に豪州の会社をM&A(合併・買収)するなどグローバル化を進め、現在、海外売上高比率は全売上げの50数%を占める。そうした中、現場の雰囲気をどう感じ取っているのか?

「わたしたちは今、事業ポートフォリオ(戦略)の中で、『Beer Adjacent Categories(ビア・アジェイスント・カテゴリーズ)戦略』、つまりビール隣接領域の拡大戦略を取っています」と勝木氏は語る。

 Adjacent(隣接した)、つまりビール事業の隣接領域を拡大する戦略。ビールの他には、ワイン、焼酎、ウイスキーといった酒類もあるが、お酒を飲めない人たちのための〝ノンアルコール飲料〟の商品開拓も進む。

 また最近は、RTD(Ready to drink)といって、購入後すぐに飲むことができる缶やペットボトルの飲料が人気だ。お茶やコーヒー系飲料、ヨーグルト系飲料、さらにはカクテルなど、RTD領域でも新商品開発が進められている。

 同社のビール類以外のヒット商品を見ると、味はビールそのものだがアルコール度ゼロの『アサヒゼロ』は、2024年の売上が172万箱(一箱は大瓶=633ミリリットルで20本入り)という大ヒットとなった。『未来のレモンサワー』などのアルコール飲料も好評だ。

 また、『ニッカフロンティア』など酒類関連の新商品も目標比78%増の売上を達成(一箱8.4リットル換算で8.8万箱)。

 こうした新領域開拓もあって、2024年12月期の連結業績は、売上高2兆9394億円(前期比6.2%増)、営業利益2691億円(同9.8%増)の増収増益となった。

 コロナ禍で、人はできるだけ外出を控え、働き方にもリモートワークが登場して、オフィスに行かなくても仕事ができるようになった。これは飲食店向けの業務用ビールの販売減となり、同社も大きな影響を受けた。

 そうした逆境の中、家庭で楽しめる商品やビール以外の飲料の開発、ノンアルコールの開拓といった具合に、新領域開拓を進めたことが成長につながったということ。

「ええ、やはり『家貧しくして孝子顕る』じゃないですけど、それこそプレミアム化ですとか、イノベーティブな商品なんかが出てきました。そして、われわれが今進めているBeer Adjacent Categories戦略ですね。ビール隣接領域の拡大というのも順調に進んでいます」

 勝木氏はこう語り、「本来やるべき戦略というのをきちんと進められたかなと」と総括。

何より顧客価値を高めることに徹して

 世界各地の現場との対話を進めて、感じ取るものとは何か?

「われわれのパーパスは顧客価値を高めることだと。その顧客価値はもちろんサステナビリティ(持続性)と連動したものでなければいけないと。地球は1つなので、われわれはそうした世の中の持続性を高めるために事業活動を行わなければいけないと。そういうことを若い人たちから突き上げられました(笑)。若い人だけじゃなくて、従業員全体にそういう意識が高まってきていることが嬉しいですね」

 勝木氏は、自ら内外の現場で対話を重ねてきた結果、「この会社はあと30年や50年は絶対大丈夫だと思っております」と語る。

原材料価格の上昇などコストアップが続く中…

 経営には外部要因も付きまとう。ここ5年間を見ても、コロナ禍が2020年初頭にパンデミック(世界的流行)となり、世界中に緊張感と不安をもたらした。2022年春にはロシアによるウクライナ侵攻が始まり、いまだに終戦の兆しは見えない。加えてイスラエルとイスラム軍事組織ハマスとの戦闘だ。

 この間、ビール業界でいえば、2021、2022年は業務用中心に需要の減少に悩まされ、近年では原材料価格や物流費が上昇し、このコストアップ要因は今後も続きそうだ。

 同社はこうした厳しい現状にどう対応してきたのか。

「はい、価格戦略を取ってきましたし、商品のプレミアム化でやってきました。そういう意味では、楽はできませんでした」

 先述のように、本業のビールのプレミアム化、ビール隣接領域の拡大という形で、イノベーティブな商品開発にチャレンジしてきたということである。

 その際、『商品と価格』の問題について、どういうスタンス(基本姿勢)で臨んできたのか─。

「やはり、あれだけの厳しいコストアップに見舞われましたので、日本だけではなくて、世界全体で値上げはやらざるを得ませんでした。日本においては、2022年の10月に、ビール類の大規模な値上げを行いました」

 原材料価格の上昇、商品配送にかかる物流費アップなどで全てのコストが上がり、「われわれの努力だけでは(コストアップ分を)吸収できないということで、値上げをさせていただきました」と勝木氏は語る。

消費者の財布のヒモが締まりそうな中で…

 勝木氏は、〝価格弾力性〟という言葉を使って、この間の経過を説明する。

 価格弾力性は、価格変動によって商品の需要や供給がどう変化するか、その度合いを示す数値。自分たちの努力で如何ともしがたい原材料・物流費上昇などで物価全体が上がっている時、商品価格を決める際に参考値となるのが価格弾力性である。

 基本的に、この数値が「1」より大きいと、価格弾力性が高いとされ、「1」を下回ると、価格弾力性が低いとされる。

 つまり、「1」を超えると、価格変動で需要も大きな変化、例えば需要減という影響も受ける。

「(値上げをした)当初は、この価格弾力性で0.7から0.8を見ていました。その位を想定していましたが、消費者や市場はわれわれの予想以上に値上げを受け入れてくれましたね。価格弾力性の数値は、その半分位、0.3から0.4で済ますことができました。われわれとしても、コストアップについては、基本的には値上げで吸収することができたという状況です」

 原材料価格などインフレ要因に基づく商品価格値上げについては、市場や消費者の大半が受け入れてくれたということ。

 今、物価上昇が続く中、インフレによるコストアップ分をどう商品価格に転嫁(値上げ)していくかは全産業に共通する課題。

 マクロ的にいえば、1990年代初頭にバブル経済がはじけて、日本は〝失われた30年〟に突入。賃金は上がらず、個人消費も低迷してきたが、数年前から、デフレ脱却を果たすべく、賃上げ機運が盛り上がっている。

 しかし、産業界全体で今年(2025)春も、大企業を中心に3年連続で賃上げが実現したが、物価上昇に追い付いていけず、実質賃金は3年連続のマイナス。こうした現実を踏まえて、勝木氏が続ける。

「ええ、楽観はしていませんけれども、世の中は今、食品を中心にいろいろなモノが値上がりしている状況で、消費者の可処分所得については、このところ賃上げが活発化しているとはいえ、インフレに実質的に追い付いていないと。そういう中で、消費者の財布のヒモが締まるということもあるでしょうけれども、それに対して、われわれは商品やサービスの質を高めていくことで、ご理解をいただきたいと思っています」

環境変化の中で新商品を開拓

 モノ(物価)が値上がりする中で、消費者の心をどう惹き付け、購買してもらうかという命題。

「今、酒税の一本化の中で、消費者の方々はいわゆるバラエティシーキングと言いますか、われわれは併飲という言い方をするんですけれども、そういう消費者の方が増えてきています。新ジャンルであったり、発泡酒からビールに移る過程で、ビールもいろいろなものを試してみたいという声があります」

 勝木氏は、〝バラエティシーキング〟、〝併飲〟という言葉を使いながら、「そこで、どうしてもスーパードライ、あるいはわれわれのアサヒ生ビールだけでは取り込み切れないお客様に、われわれの商品を楽しんでいただきたいということで出したのが『ザ・ビタリスト』という商品です」と具体例を挙げて新商品開発の重要性を訴える。

 経営環境は時々刻刻変わっていく。酒類会社の経営に大きな影響を与える酒税法も2018年(平成30年)に改正され、2026年(令和8年)10月までに段階的に変更されることとなった。

 2023年(令和5年)10月の改正では、ビールの酒税が70円から63.35円に引き下げられ、逆に〝第3のビール〟は37.8円から46.99円に引き上げられた(発泡酒は46.99円で据え置き)。

 この税率変更は2020年(令和2年)に続く2段階目の変更で、最終的には2026年(令和8年)に、これまで3つに分かれていたビール系飲料の酒税が54.25円に統一される予定。

 発泡酒(麦芽使用率が50%未満のもの)は税率も低く、1990年代前半、家計の救世主として登場。〝第三のビール〟(麦芽の代わりに大豆やトウモロコシなどを使ったもの)と共に、低価格商品として人気を博してきた。

 酒税の低さが発泡酒や〝第三のビール〟の低価格を実現させてきたが、酒類間の税負担の公平性、中立性を回復させようという考えから、今回、酒税を一本化することになった。

 そうした環境変化の中で、『ザ・ビタリスト』という、適度な苦みと爽やかな香りが特徴の新商品を開発。これからも、「こうした魅力ある新商品を出して勝負していきたい」と氏は今後の方向性を示す。

〝スマドリ戦略〟で

「われわれは大衆消費財企業である限り、人口の減少には抗えない部分があると思います。その中で、われわれがすべきことは、商品の価値を高めると。これに尽きると思います」と勝木氏は語り、『スマートドリンキング』戦略を掲げる。

『スマートドリンキング』(略称スマドリ)─。これは同社が2020年から取り組んでいる戦略で、酒を飲まない人、あるいは飲めない人たちに、コミュニケーションの場や、人とのつながりを持つことができる商品を提供してこなかったことへの〝反省〟から出発した。

「日本の20歳以上の人口は約9000万人います。そのうち2000万人がほぼ毎日のようにお酒を飲まれる。さらに2000万人の方がたまに飲まれると。月1回とか2回であったりね。残りの5000万人の方はほとんど飲まないか飲めない方であると」

 勝木氏は市場分析の数値をこう述べながら、次のように続ける。 「ただ、そうした方々(5000万人)も、お酒のある場が好きだったり、いろいろな触れあい、コミュニケーション、つながりは好きだという方々です。決して、お酒のある雰囲気が嫌いなわけではないと。そういう方たちが気持ちを上げたいとか、逆に落ち着きたいという時もあるわけですね。その時に、われわれがそこに対する提供価値がなかったということです」

 先述の『アサヒゼロ』もそうした考えから生まれた商品だ。

 まさに趣味も価値観も多様化する時代。そうした潜在的なニーズを掘り起こしていけば、「ブルーオーシャンは広がる」という勝木氏の考え。事実、市場創造のタネは随所にある。

人と人、そして国と国をつなぐ商品づくりを!

 これまで経営のグローバル化を進めてきた同社は、それをさらに推し進めようとしている。現会長の小路明善氏が社長時代(2016―2021)に、欧州2社のビール会社を買収するなど、グローバル展開の道筋を切り開いた。

 これまで、リージョナルヘッドクォーター(地域統括会社)として、日本、欧州、オセアニア(豪州)、東南アジアと、4か国に拠点を構えていたが、今年4月、オセアニアと東南アジアを統合し、3拠点に整備。

 このオセアニアと東南アジアの拠点統合について勝木氏が語る。

「オセアニアには、酒類と飲料の両方のケイパビリティ(経営能力)があって、今はマルチビバレッジ戦略といって、酒類と飲料を両方扱い、総合的にしごとを展開していこうと。能力もあり、経営資源もあるという状態なんですが、東南アジアは今、比較的小さなビジネス規模なので、このマルチビバレッジ戦略で成長させていく考えです」

 また、インド、パキスタンなど南アジア地域は約27億人の人口を抱える市場。今後、この地域も本格的に攻めていく方針。では、巨大市場のアメリカはどうか?

「米国市場は大変難しくて、大手のビール会社もいらっしゃるので、なかなかスピーディには進められていないというところであります」

 難しいアメリカ市場で、同社は主力商品の『スーパードライ』の投入を継続的に展開しようとしている。その強化策の一環として、米中西部のウィスコンシン州に本拠を持つオクトパイ・ブルーイング社を買収。この3月から現地で『スーパードライ』の製造を開始した。

 トランプ大統領の高関税策が発動される前のタイミングでの米国拠点づくりとなった。

 もう一つの巨大市場・中国での取り組みはどうか─。

 同社は1994年(平成6年)に中国市場に進出。90年代には中国で最大のビール会社だった時期もあったが、徐々に工場を売却。現在は青島(山東省)と深圳(広州省)の2カ所にビール工場を持つだけとなっている。中国市場は地政学的リスクがささやかれるが、現地では『スーパードライ』人気は強く、今後は中国市場も「増やしていきたい」と勝木氏は語る。

『スーパードライ』はお隣韓国でも大人気を呼んだ。しかし、2019年頃から同国では〝反日ムード〟が強くなり、2023年には販売が9割減となった。

 政治や安全保障が経済に影響する時代だが、『スーパードライ』のように、その国の消費者に愛される商品を持っていることは同社の強み。今後、人と人をつなぎ、引いては国と国をつなぐ役割を発揮することを期待したいところだ。

先人・先輩から受け継ぎ部下につなぐことの意義

『経営は人なり』という。同社は人の潜在力を掘り起こすために、女性の活用も推進。3万人近い従業員は男性75対女性25の割合だが、近年の採用では女性が46%を占めるようになった。

 経営層では、本社の取締役13人のうち、女性は6人(全体の47%)。グローバルでは、各地域の経営者層も40%を女性にしていく考え。

 様々な課題があるが、「わたしは大体、何とかなると思っているほうなので、何とかすると、何とかなってきました」と勝木氏。

 勝木氏は旧ニッカウヰスキー出身。2002年(平成14年)、当時のアサヒビール(現アサヒグループホールディングス)がニッカをM&Aしたことに伴い、アサヒビールに転籍。以降、国際経営企画部長、豪州事業CEOなどを経て、2017年アサヒグループホールディングス取締役執行役員、18年常務、80年専務兼CFO(最高財務責任者)に就任。2021年3月に社長兼CEOに就任という足取り。

 これまでの瀬戸雄三、福地茂雄、池田弘一、荻田伍、泉谷直木、小路明善(現会長)の歴代社長に仕えて感じ取ったことは何か─。

「わたしがニッカからアサヒに来た時、福地社長や池田専務にM&Aなどの問題で考えを聞きに行って、『もう駄目かもしれません』と言ったら、池田専務は『いや、俺は何とかなると思っているよ』といった返事が返ってきて、すごく印象に残っています。先方の事業にトラブルがあり、福地社長に『大幅見直しが必要かもしれません』と言うと、品質はどうなんだと聞かれましてね。いや品質は問題ありませんと答えると、『だったら、全然怯えることはないよ。堂々と進めればいい』ということでね」と当時のやり取りを述懐。

「金とか手間で解決できるんだったら、どんどん君たちが頑張ればいいという話でしてね。軸をはっきりさせると、物事は簡単に進められるんだなと。衝撃的な福地さんの教えでしたね」

 先人・先輩から教訓や教えを受け、また自分が経験し蓄積したものを後輩や部下に伝え、つないでいく。経営の要諦をつないでいくことの大切さを示唆する勝木氏の人生航路である。