ispaceは6月6日、月周回軌道に到達していた「RESILIENCE」(レジリエンス)ランダーの月面への降下を開始。同社初の着陸成功を狙ったものの、着陸予定時刻の直前に通信が途絶、機体は月面に激突して壊れたとみられ、2回目の挑戦も失敗に終わった。着陸に成功していれば民間では3社目、日本の民間では初となるはずだった。
ランダーは減速が足らず、月面に激突か
同社はこの日、午前3時13分に着陸シーケンス実行のコマンドを送信。ランダーはメインエンジンを短時間逆噴射し、高度100kmの円軌道を離脱して月面への降下を開始した。
レジリエンスランダーの着陸シーケンスは、6つのフェーズで構成される。順調であれば、以下のように進行する予定だった。
フェーズ1(軌道離脱)の次は、45分間のフェーズ2(慣性降下)。ここでは姿勢制御のみを行い、推進系は使用しない。慣性飛行によって、高度20kmまで降下する。
フェーズ3(減速噴射)からは推進系を使用。10分間の噴射で、速度を6,000km/hから380km/hまで一気に落とす。フェーズ3終了時の高度は3kmとなる。
フェーズ4(減速噴射&姿勢変更)でも、減速を継続。速度は120km/hまで落とした上で、姿勢を垂直に近づける。この段階で高度は1kmまで降下する。
フェーズ5(最終降下)では、ほぼ垂直の姿勢で降下。地表が目前の高度10mで、速度は人間の歩行よりも遅い2km/hにまで落とす。時間はフェーズ4と5の合計で2分間。
そして最後のフェーズ6(最終着陸)では、10秒ほどかけてゆっくり月面に降下して行き、地表への着陸を確認したら推進系を停止する。
しかし、前回のミッション1に続き、今回のミッション2も、着陸目前で通信が途絶。着陸予定時刻の午前4時17分を過ぎても、復活することは無かった。同社CTOの氏家亮氏によると、高度192mまではランダーからテレメトリが届いていたが、十分な減速ができていなかったことが分かっており、そのまま月面に激突したと考えられるという。
同社が生配信していた映像を確認すると、高度約3kmで速度は350km/hと、フェーズ3での減速はほぼ計画通りだったように見えるが、フェーズ4は高度約1kmで速度は237km/hと、予定(120km/h)の2倍ほど高速だったことが分かる。この画面の数値は完全に信用できるものではないものの、減速が不十分だったという同社の説明を裏付ける。
減速が足りなかったとなると、まず考えられるのは推進系の問題だが、現時点で特に異常は確認されていない。氏家氏によると、テレメトリを見ていた範囲では、エンジンの燃焼圧も推進剤の残量も正常だったということで、推進系の不具合というのは、今のところちょっと考えにくい。
測距タイミングの遅れの影響は?
前回のミッション1では、ランダーの高度推定にミスがあり、高度5kmのところに地表があると誤った判断をしたために失敗したが、減速自体は完璧にできていた。同型のランダーなのに、なぜ今回は不十分な減速になってしまったのか。その点がまず大きな疑問点となるが、もうひとつ、気になる想定外が確認されている。
それは、地表との距離を計測するのに使われるレーザーレンジファインダのデータ取得が、想定よりも遅いタイミングで始まったということだ。レーザーレンジファインダは、フェーズ3の高度20kmあたりで計測を開始するが、このときはまだセンサーの範囲外のため、有効な計測データが出てこないのは正常である。
想定では、フェーズ3の後半となる高度10km〜3kmのあたりで計測値を取得し始めるはずだった。しかし、実際にはフェーズ4の後半、高度1km〜1.5kmまで降下したところで、ようやくデータの取得が開始されたという。
現時点で、事実として分かっているのは、この測距開始が遅れたことと、減速が不十分だったことの2点のみ。どちらが原因でどちらが結果なのか、あるいは共通する原因が別にあるのかなど、これ以上のことは不明だ。今後、同社による原因究明を待つしかない。
氏家氏は今回の記者会見で、原因について推測を述べることは避けた。今後の分析で、詳細が明らかになってくるだろうが、現時点でこの2点が関与するシナリオのひとつとして考えられそうなのは、高度推定の問題である。
ランダーは、高度等のデータを参照しながら、予定の軌道を飛行するよう制御される。しかし、高度の本当の値は分からないため、各種センサーを使って推定するしかない。そのセンサーのひとつが慣性計測装置(IMU)なのだが、センサーの特性として、時間がたつほど誤差が累積していくという欠点がある。
一方、レーザーレンジファインダは、レーザーで地表までの距離を直接計測するので、誤差が累積することはない。このレーザーレンジファインダの計測値を使い、IMUのデータを更新すれば、誤差をリセットすることができるのだが、レーザーレンジファインダの測距開始が遅くなると、誤差の補正も遅れてしまう。
たとえば、ランダーは正常に飛行していたつもりだったのに、高度1km〜1.5kmでレーザーレンジファインダの計測値が初めて出てきたら、思っていたよりも高度がかなり低かった、ということが起こり得る。そこからフルパワーで減速を行ったものの、地表に近すぎてもう間に合わなかったという可能性もある。
また、測距が遅れた原因も、現時点では不明だ。もしランダーの姿勢が乱れていたら、レーザーが地表に当たらず、計測できないという可能性もあるが、テレメトリの姿勢データは正常だったという。レーザーレンジファインダは前回と同型ではなく、その同等品とのことだが、その影響があったのかどうかもまだ分からない。
今後のミッションへの影響はあるか
月のような重力天体への着陸は、降下中に問題が発生してもやり直しができないため、難しい。日本は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「SLIM」で初めて成功したものの、逆立ち状態になってしまい、完全な予定通りではなかった。民間による月面探査も、2019年の「Beresheet」を皮切りに、3機が挑んだものの、連続して失敗していた。
しかしその後、2024年2月に、米Intuitive Machinesの「Nova-C」が、民間として世界初の月面着陸に成功。Nova-Cは着陸時に横転するというトラブルもあったものの、それに続き、2025年3月には、米Firefly Aerospaceの「Blue Ghost」が初挑戦ながら、正常な姿勢での月面着陸を実現してみせた。
月面探査はたしかに簡単ではないが、すでに、民間が成果を残しつつある。今回、ispaceが成功していれば、民間では3番手となり、先頭グループの一員であることを世界に証明できただけに、失敗は大きな痛手だ。今後、月面輸送サービスを事業化していく上で、影響は小さくないだろう。
同社は2027年に、次のミッション3とミッション4を実施する計画。ミッション1と2では、小型のレジリエンスランダーが使用されたが、ミッション3と4では、より大型化した新型ランダーの採用が決まっており、現在、開発が進められている。
ミッション3で使われるのは「APEX1.0」(旧シリーズ2)ランダーで、同社の米国子会社が開発を主導。一方ミッション4では「シリーズ3」ランダーが使用されることになっており、これは日本側で開発されている。
どちらもレジリエンスランダーとは設計が大きく異なるため、今回の失敗の影響はおそらく限定的と考えられる。失敗の原因を特定できたら、その知見を設計や運用にフィードバックすることになるが、主にソフトウェア側での対応になり、ハードウェア側で大幅な設計変更が必要になる可能性は小さいだろう。
ispaceに求められているのは、早く初成功を実現することである。今後は、先行している2社に加え、Astroboticの「Griffin」、Blue Originの「Blue Moon」、SpaceXの「Starship」など、米国企業による挑戦も相次ぐ。まずは2027年にミッション3と4を確実に成功させることで、先頭グループに残ることが何よりも重要になってくる。
一方で、米トランプ政権によるNASAの予算削減方針など、月面開発には不透明感も出てきている。これについて認識を問われた同社代表取締役CEOの袴田武史氏は、「CLPS(商業月面輸送サービス)の予算は維持されている」とした上で、「民間が担う役割はさらに高まるだろう」との見通しを示した。
袴田氏は、「限られた予算の中で重要なミッションを実現していくために、民間企業を活用してコスト効率を高める動きはより強くなる」と予測。「その期待に応えられるよう、(CLPSのミッションを受注している)APEX1.0ランダーの開発をしっかり進め、その役割を担っていきたい」と、前向きに捉えた。