「人材育成のためにも、ロケットをどんどん打ち上げたい」

今回、改めて永野和行町長に、肝付町の魅力、パイオニアとしての歴史、未来への戦略を尋ねた。まず、永野町長ご自身は子供のころ、発射場をどんな風に見ていたのか。

  • 「将来は民間ロケットも打ち上げたい」と語る永野和行肝付町長

    「将来は民間ロケットも打ち上げたい」と語る永野和行肝付町長

「私は当時、内之浦町の隣の高山町(のちに合併して肝付町に)に住んでいました。小学生の時に内之浦町に発射場ができて、父親と一緒にバスに乗って1日がかりで訪ねたのを覚えています。舗装もされていないぐねぐねした道で、現在射場があるところは水道も電気も通っていない。まさに『陸の孤島』でした。なんて遠いんだろうと。でも、婦人会をはじめ皆さんが頑張って射場建設が進められたんです。」

苦労を共にしただけあって、地域の方たちと宇宙関係者のつながりが深い。「射場と共に始まり、射場と共に生きてきた町」だと永野町長は表現する。そして、それが町の誇りなのだと。

「おおすみの打ち上げ成功まで4回続けて失敗しましたが、『次があるから』と励ましてきた、その精神は代々引き継がれています。打ち上げで先生方が肝付町に泊まりに来られると、『おかえりなさい』と出迎える。みんなで魚を焼きながら酒を酌み交わしたり、歌ったり踊ったりテニスやソフトボールをしたりと、交流が濃かった。打ち上げの時には千羽鶴をもって婦人会が射場を訪問するなど、町のみんなで応援しています」。

  • 「おおすみ」打ち上げを祝って宇宙関係者や地元の方々が書いた寄せ書き

    1970年2月11日「おおすみ」打ち上げを祝って宇宙関係者や地元の方々が書いた寄せ書き

そんな発射場の町も、ロケットを取り巻く状況が変わるにつれて変化を強いられた。「M5ロケットが引退して打ち上げの頻度が減ると、徐々に町が寂しくなってきたのが現状です。ただ、その後イプシロンロケットが出てきて、(日本や世界で)宇宙というキーワードが大きく取り上げられるようになり、にわかに動き出してきたのを肌で感じます」と町長は語る。

  • ロケット失敗が続くJAXA職員を励まそうと肝付町の住民たち約800人が応援メッセージを記した横断幕5枚が、JAXAに届けられた

    2023年3月27日、ロケット失敗が続くJAXA職員を励まそうと肝付町の住民たち約800人が応援メッセージを記した横断幕5枚が、JAXA東京事務所で山川宏理事長に届けられた(提供:肝付町)

2024年2月、政府の宇宙政策委員会は民間企業や大学などの宇宙技術開発を支援する総額1兆円規模の「宇宙戦略基金」を活用し、2030年代前半に国と民間合わせて年間約30機のロケットを打ち上げるという目標を発表した。その実現には、必然的に発射場が必要になる。すでにロケット打ち上げに必要な射場などのインフラと実績を持ち、漁業関係者はじめ地元の協力体制が築かれている肝付町には、大きなアドバンテージがあると言える。

一番力を入れるのは「人材育成」、いずれは民間ロケット打ち上げも

  • 2万人以上が詰めかけたイプシロンロケット試験機打ち上げ

    イプシロンロケット試験機打ち上げには、肝付町の人口を超える2万人以上が詰めかけた。2013年9月14日撮影(提供:肝付町)

そんな背景から、永野町長は「これからの10年、20年で世の中ががらりと変わっていく」と予想する。そして今後10年で最も力を入れたいのは「人材育成」だと力説。「ロケットだけでなく人工衛星、衛星データを活用した農林水産業や医療など、さまざまな分野で宇宙が注目されています。宇宙人材を育成しなければ、世界と太刀打ちできない。その先鞭をつけていけるのは、射場のある町・肝付町だと思っています。」

人材育成や教育と言えば、肝付町には鹿児島県立楠隼中高一貫教育校がある。2015年の開校にあたって、JAXAと鹿児島県教育委員会が協定を結び、宇宙航空教育活動推進モデル校に指定された。JAXA職員や宇宙飛行士、大学教員らが「宇宙学」の授業を行っているといい、近くに発射場があるだけに、本物の宇宙教育が売りのひとつだ。

永野町長は人材育成で、具体的にどんなことを目指すのか。「民間ロケットもここから打てるようにしたい。それが人を育てます。現在も鹿児島大学と包括連携協定を結んで、鹿児島ロケットを打ち上げています。ただしJAXA宇宙空間観測所は使えないので、辺塚海岸から。漁協と協議をしながら打ち上げています。」

2月28日には、鹿児島大学が県内の企業などと開発している鹿児島ロケットの5号機が、辺塚海岸から打ち上げに成功した。見据える目標は超小型の人工衛星を打ち上げられるロケットだ。

  • 辺塚海岸で打ち上げ準備中の鹿児島ロケット

    辺塚海岸で打ち上げ準備中の鹿児島ロケット。2024年2月28日撮影(提供:肝付町)

永野町長は鹿児島ロケットの打ち上げ実績をもとに、今後、多くの大学や民間企業と連携し、肝付町からロケットを打ち上げていきたいと考えている。鹿児島ロケットも今後、打ち上げ高度が上がっていけば、本格的な発射台が必要になるという。それならJAXAの発射施設は使えないのだろうか。

「安全審査などがあり、何でも打ち上げるわけにはいかない。(安全基準などの)ハードルが高いのも理解しています。ただ、その基準をクリアするためにはどうしたらいいか、車の車検のように『これをクリアしたら打てますよ』という基準を明示してもらえたらいい。」

  • 缶サット甲子園全国大会に参加した高校生がJAXA内之浦宇宙空間観測所を見学した

    2月12日、缶サット甲子園全国大会に参加した高校生がJAXA内之浦宇宙空間観測所を見学した

ただし、国との話し合いに時間がかかるようなら、「別の選択肢も視野に入れている」という。「あまりに時間がかかるようなら、射場を新たに作るぐらいの覚悟を持って取り組んでいかないと、どんどん遅れをとっていく気がします。約60年前、肝付町に糸川博士が来られて地元の人々と射場を作り上げた歴史がある。ロケットが打ちあがると関係人口が増えるという盛衰を肌で感じてきた町。(新しい射場も)きっちり話をしながら進めていける」と永野町長は自信を見せた。

日本で一番長いロケット打ち上げの歴史があり、「世界で最も愛される射場」が、全国の学生や民間にもロケット打ち上げの場を開こうとしている。未来の宇宙開発を担う人材が肝付町で経験を積み、羽ばたくかもしれない。今後の肝付町の進化に注目、期待したい。

  • イプシロン6号機打ち上げ

    イプシロン6号機打ち上げ。次の打ち上げが待たれる(提供:肝付町)