• 6時間56分にわたる船外活動を行う野口聡一宇宙飛行士

    2021年3月5~6日(日本時間)、6時間56分にわたる船外活動を行う野口聡一宇宙飛行士。サッカー場大のISSの一番端に行き、「この先は死」という生と死の境界点に立つ体験をした (提供:NASA)

「新たなワンサイクルを回していきたい」。2022年5月25日に開かれた記者会見で野口聡一宇宙飛行士はきっぱりと語った。6月1日付でJAXA宇宙飛行士を退職すると発表。「功遂げ身退くは、天の道なり」と老子の一節を引用し、3回の宇宙飛行を成功させた今、後輩や新人宇宙飛行士に道を譲りたい、と退職の理由を語った。今後は民間人の立場で、宇宙事業への助言や、総合知を備えた人材育成教育などに尽力するという。

だが、現在57歳の野口さんが所属はどこであれ、宇宙飛行士を引退するには早すぎる。人生100年時代だし、今や国の宇宙機関に属さなくても宇宙を目指すことは可能だ。実際、アメリカでは引退した宇宙飛行士の多くが、民間企業で第二の人生を開花させている。例えば4回の宇宙飛行経験があるマイケル・ロペス=アレグリア飛行士はNASA引退後、民間企業Axiom Space副社長に。2022年4月には民間宇宙飛行士として3人の宇宙旅行客を率いて「ISSツアー17日の旅」を成功させたばかりだ。

独自の民間宇宙ステーション建設を計画する同社は元NASA飛行士を多く抱える。野口飛行士の宇宙飛行士養成クラスの同期であるペギー・ウィットソン元NASA飛行士が、次のISSへの民間宇宙飛行を率いることも発表されている。野口飛行士は「国家の宇宙飛行士を辞めた後、その知見をいかして宇宙に行きたい人たちをお手伝いするのは極めて魅力的な仕事だし、(彼らの宇宙飛行に)非常に刺激を受けている」と語った。

では野口飛行士も今後、民間飛行士として宇宙を目指すのか?、が会見での大きな注目ポイントだった。「まだJAXA職員でもあり、6月以降の活動については明言できない」としながら、野口飛行士は会見が進むごとに「(宇宙旅行客の)水先案内人として活動が続けば」「宇宙に行く可能性は半々ぐらい」「月に行く可能性は1~99%」「宇宙に行く可能性はきっとあるんじゃないか」と、その可能性に大いに期待できることが示唆された。

  • JAXA退職の会見で笑顔を見せた野口飛行士

    JAXA退職の会見で笑顔を見せた野口飛行士

そもそも野口飛行士は「切り込み隊長」としてJAXAの有人宇宙開発の節目で、新しい領域に果敢に挑戦し、切り拓いてきた人物だ。JAXA宇宙飛行士として、日本人初の月面着陸が期待される「アルテミス」計画については後輩や新人に道を譲るとしても、急成長する民間宇宙開発の現場に挑戦しないはずがない。そこで筆者は会見で尋ねた。「民間の立場でどんな挑戦をしたいのか」と。

野口飛行士の回答はこうだった。「JAXA、NASA宇宙飛行士室に25年間いて、心地いい空間になっていた。心地いいまま終わるよりは厳しい民間の世界に出ていって、揉まれてみるには非常にいい時期だと思ったのです。何をするにも遅すぎることはない。新たなワンサイクルを頑張って回していこうかな、というのが正直なところです」。

つまり、JAXA引退は野口飛行士の新たな「ワンサイクル」の幕開けでもあるわけだ。ワンサイクルとは、新たな宇宙飛行のための「訓練、飛行、帰還」かもしれないし、そうなるといいなと願う。筆者は野口飛行士ほど、民間宇宙飛行の「水先案内人」として適任者はいないのではないかと思っている。メディア対応を見て分かる通り、一般の人が宇宙に何を望み、どうしたら宇宙が身近になるか理解していることはもちろん、彼ほど宇宙で「生と死の境界点」に立ち、危険を熟知しつつ生還した宇宙飛行士は稀だと思うからだ。

記者会見中の一番のキーワードは「Millions way to die, One way to survive」ではないかと思う。「宇宙飛行士の間で時々話す言葉で、宇宙にいると死んでしまうような危険な場面はいっぱいあるが、生き残る方法は全員が宇宙船で帰るという、たった一つの方法しかない」と野口飛行士は説明した。だからこそ「よく3回の宇宙飛行で無事に帰ってこられた」とふり返る。

野口飛行士が経験した宇宙での「Millions way to die」とはなんだったのか。その26年間をふり返ってみよう。