PTCジャパンの神谷知信社長は、「いまPTCは、大きな変化の中にある」と述べ、「日本の製造業におけるDXを支援する中心的な存在になりたい」と意気込む。

同社が目指してきたデジタルスレッド戦略を構成するループがいよいよ完成し、製造業における製品ライフサイクル全体を網羅するソフトウェア製品群を揃える一方、米国本社の経営体制を刷新したほか、日本でも2023年11月に神谷氏が社長に就任し、14年ぶりにトップが交代。新体制で成長戦略に踏み出しているところだ。そんなPTCジャパンの神谷社長に、同社の取り組みについて聞いた。

  • 2023年11月にPTCジャパンの社長に就任した神谷知信氏

    2023年11月にPTCジャパンの社長に就任した神谷知信氏が、日本における製造業のDXに向けた同社の取り組みや展望を語った

「デジタルスレッド」を確立したPTCが迎える大きな変化の時

--神谷社長は直前まで、アドビの社長を務めていました。PTCジャパンの社長への転身は意外に感じます。神谷社長のこれまでの経験はどう生きるのでしょうか。

神谷氏:アドビというと、クリエイターやコンシューマが利用する製品というイメージが強いかもしれませんが、ビジネスの約半分はエンタープライズです。加えてアドビ時代には、PTCジャパンの主要顧客である自動車関連企業のお客様との接点も多く、デジタルを活用した顧客体験の提案などにも取り組んできました。そして、私自身のキャリアのスタートはボッシュで、自動車産業には土地勘がありますから、多くの人が感じているほど、私には違和感はないんです(笑)。

またアドビでは、クラウドやサブスクリプションへとビジネス形態を大きくシフトするタイミングで、日本の事業をリードしてきました。これは、これからの自動車産業や製造業が向かう方向と合致しています。そうした点でも私の経験が生かせると思っています。

--なぜ、PTCジャパンの社長に就いたのですか。

神谷氏:製造業は日本の経済をリードする業種ですが、その一方で、労働力不足などの日本が抱える課題の影響を大きく受ける業種でもあります。しかも日本の製造業におけるDXは遅れており、そうした課題解決に向けてなにか貢献ができないかと考えていました。PTCは、設計した情報を工場に流して、商品を製造し、顧客が長年に渡ってそれを利用したのちに、その情報を受け取って、また設計部門に戻すというループを、ソリューションとして提供できる仕組みを構築しています。これを「デジタルスレッド戦略」と呼んでいますが、このループを完成させているのはPTCだけです。

  • PTCが完成させた「デジタルスレッド戦略」の概要

    PTCが完成させた「デジタルスレッド戦略」の概要(提供:PTC)

日本の製造業が、データをより活用するにはどうするのか、デジタルツインを実現するためのデータ統合をどうするのか、DXをいかに推進するのかといった点で貢献できると考えました。そして、もうひとつの理由は、PTCが大きな変化のタイミングを迎えているという点です。

--それはどんな変化ですか。

神谷氏:ループを完成させたことで、個別の製品提案から、プラットフォームでの提案を行う企業へと進化しました。3D CADの「Creo」によって事業をスタートしたPTCは、その後、PLM(製品ライフサイクル管理)のマーケットリーダーとして成長を遂げてきました。さらに、M&Aを通じて事業を拡大し、2022年に買収したCodebeamerに続き、2023年にはServiceMaxおよびpure-systemsを買収したことで、PLMに留まらず、ALM(アプリケーションライフサイクル管理)およびSLM(サービスライフサイクル管理)をカバーし、製造業における製品ライフサイクル全体に貢献できるようになりました。10年以上前から描いていたループを、2023年にようやく完成させ、プラットフォームビジネスが展開できる企業へと進化したわけです。

自動車産業は100年に一度の変革を迎えていますが、それは自動運転やEV化、ソフトウェア化という話だけでなく、ユーザーの購買活動が変わり、利用方法が変化し、情報収集の方法も変容して、顧客接点が多様化しているといったことも含まれます。PTCのソリューションは、エンドユーザーに近いところまでをカバーし、自動車のライフサイクル全体を管理し、それを設計や生産の現場の改善だけでなく、経営にも生かすことができるソリューションへと進化しています。

またPLMやSLMの多くは、オンプレミスで利用されていますが、PTCは他社に先駆けてSaaS化を図っています。これをさらに推進していくことも、PTCにとっては大きな変化のひとつだといえます。

新体制への変革を経て推進する“プラットフォーム化”

神谷氏:そして2024年2月には、ServiceMaxのCEOであったニール・バルアが、PTCのCEOに就任しました。13年ぶりの社長交代です。また、日本法人でも、2023年11月に私が社長に就任し、14年ぶりの社長交代となりました。いわば、新たな領域に対して、新たな経営体制で、新たな手法で、新たな挑戦をすることになります。これは社員にとってもチャレンジであり、お客様に対しても新たな提案ができるという大きな転換点にあるわけです。

  • 2024年2月にPTCのCEOに就任したニール・バルア氏と、前CEOのジム・ヘプルマン氏

    2024年2月にはニール・バルア氏(中央)がPTCのCEOに就任し、14年間CEOを務めたジム・ヘプルマン氏(右)の後を引き継いだ。PTCジャパンも2023年11月に神谷社長が就任しており、大きな変革の時期を迎えている

--PTCが目指したデジタルスレッド戦略のループが完成したわけですが、今後加えていくピースはありますか。

神谷氏:ループが完成したからといって、M&Aが終わりというわけではありません。今後も買収は進めていくことになります。お客様にとってメリットが生まれる領域において、新たなソリューションやテクノロジーを持つ必要がありますし、SLMの領域でビジネスを拡大すれば、新たな競合が生まれ、そこに対抗するためのM&Aが必要になるかもしれません。また、SaaS基盤上でのソリューション同士の連携の推進も、これからのテーマになっていきます。足りないものがあれば、M&Aで埋めていく必要があるというのが基本姿勢です。

--このタイミングで、日本法人が米国本社直轄の組織となりました。これも変化のひとつですね。

神谷氏:日本市場の重要性が改めて認識され、日本の市場への投資を積極化する姿勢が示されたといえます。PTCジャパンでは、とくにSLMやIoTへの投資を加速していきたいと考えています。また、ALMの領域への投資も増やしていきたいと考えていますが、ALMの領域では、まだ専門的スキルを持った人材が少ないという実態もあります。ハードウェアの開発者に対して、ソフトウェア開発の重要性やポイントを説くことができる上、市場動向の理解や、業界の規制にも精通し、海外の先行事例も説明できるといった人材が求められています。こうしたスキルを持った人材の獲得や育成を通じて、体制を強化していきたいと思っています。

--神谷社長体制において、PTCジャパンではどんな点に力を注いでいきますか。

神谷氏:繰り返しになりますが、私は、PTCのソリューションを通じて日本の製造業のDXを加速したいと考えています。そのために、CADなどといった単一の製品での提案ではなく、PLM、ALM、SLMを組み合わせたプラットフォームの提案を強化していきます。

また、PTCジャパンだけの取り組みでは変革には限界がありますから、エコシステムの強化にも取り組みます。SIerやコンサルティングファームといったパートナーのほか、日本マイクロソフトをはじめとしたソフトウェア企業との横のつながりも強化し、業界全体としてDX化の機運を盛り上げていきたいと思っています。製造業の企業はERPにはIT投資をしても、モノづくりのDXへの投資が遅れているという現状があり、これを解決するためにも、市場全体でDX化のモメンタムを作り上げたいですね。

プラットフォームビジネスへの変革の合言葉「Think Big」

神谷氏:そしてもうひとつ重要な取り組みが、社員の変革です。PTCジャパンには優れたエンジニアが在籍していますが、SaaS型のビジネスモデルへの変革やプラットフォームビジネスへのシフトによって、新たなスキルが求められますし、これまで以上にお客様の変革に寄り添える人材でなくてはいけません。いま、社員に対して、「Think Big」という言葉を提示しています。

お客様の課題を大きな視点で捉えること、そして、日本の製造業全体をどうやって変革できるかということも考えて欲しいと伝えています。いままでの視点やこれまでのやり方では、考えは変わりません。大きな視点で捉えて、どう動くか、どうコラボレーションするかといったことを考え、それによってPTCジャパンの存在感を高めていきたいと思っています。

--製品という切り口ではどこに力を注ぐことになりますか。

神谷氏:3D CADのCreoは、主力製品であることに変わりはありません。継続的に力を注ぐとともに、SaaS化を進めていきます。また、SaaS型CADソリューションのOnshapeは、教育現場などでの利用拡大も模索しているところです。PLMは、当社が高いシェアを持つ領域ですが、BOM(部品表)管理の強化や、お客様のPLMをグローバルでシステム統合するといった支援にも力を注ぐ計画です。

一方でALMは、PTCの強みがこれから発揮できる分野となります。自動車産業向けやアジャイル開発向けのテンプレートを揃えているため、開発が容易であり、各国の規制にも準拠することができるという強みを生かしていきます。主力製品となるCodebeamerは、フォルクスワーゲングループをはじめとするグローバル企業での採用が相次いでおり、2023年に買収したpure-systemsのpure::variantsとの統合により、ALM事業をさらに拡大することができます。自動車産業をはじめとした製造業全体でソフトウェアを中心とした開発が重視される中、ALMの役割は極めて重要であり、PTCとしても2024年度の最優先投資領域に位置づけています。

さらに工場内では、IoTソリューションに関する需要が高まっていますので、この動きにはしっかりと応えていきたいと思っています。また、昨今では産業用AR(拡張現実)であるVuforia Studioへの関心が高まっています。日本においても問い合わせが増加しており、ある国内企業とは、すべての工場でARを導入する商談を進めています。

そしてSLMでは、ServiceMaxを通じてライフサイクル全体を可視化し、製造業がサービス領域でしっかりと利益を創出することに貢献していきます。EBOMやMBOMで設計変更された際に、ServiceMaxを通じて、アフターサービスの現場で利用するSBOMにもすぐに情報が反映され、サービス品質の向上とサービスの迅速化、収益化を支援できます。ServiceMaxはSalesforce上から利用でき、CRMにもシームレスに接続できます。日本の企業がグローバル展開する際には、日本と同水準のサービスを提供するためにも、ServiceMaxが貢献できる部分が大きいといえます。SLMは日本の企業から最も問い合わせが多い領域であり、ここも2024年度の最優先投資領域に位置づけています。

こうしてみると、すべての製品に力を注ぐ形になりますが(笑)、とくに注力するのがALMとSLM、そしてSaaS化ということになります。