The Linux Foundationはこのほど、オープンソースに関わる開発者や技術者などが一堂に会するカンファレンス「Open Source Summit Japan 2023」を東京都内で開催した。イベントにはLinuxの生みの親であるLinus Torvalds(リーナス・トーバルズ)氏が登場し、VerizonのDirk Hohndelとのトークセッションに参加した。

  • トークセッションの様子

    トークセッションの様子

LinuxカーネルへのRustの導入は進みつつある

Linus氏はイベント数日前にリリースしたばかりのLinux 6.7-rc4について聞かれると、「クリスマス前後のリリースとなったこのバージョンでは、大きなバグも無く静かな祝日を過ごせそうだ」と語り会場の笑いを誘った。

加えて「今回のリリースが退屈なものになったことを嬉しく思う。退屈なのは良いことで、リリース時はあまり興奮したくない。リリース時の興奮はたいてい大きなバグの発見を意味するから」とも述べていた。

  • Linus Torvalds氏

Linuxカーネルへのプログラミング言語「Rust」の導入について話題が移ると、Linus氏は「重要なのは開発を停滞させないこと。そのためにも何か新しいことに挑戦したかった」ともコメントした。

来年中にはドライバの統合を開始し、それに続いて主要なサブシステムの統合も開始する予定とのことだ。

現在、Linus氏は自身をプログラマーではなく「テクノリード」と称している。最近ではあまりソースコードを記述していないようだ。

「私は人を管理するマネージャではなく、私が管理するのはコードである。他人が書いたコードをマージするのが主な役割で、今後はRustもその一環として扱うようになっていくだろう」(Linus氏)

生成AIの登場は革新的な変化ではない

昨今進化を続ける生成AIは、コードの記述にも役立てられている。今後ますます生成AIを活用してコードそのものを生成したり、プログラマがコードを記述する際の補助にしたりする場面は増えるだろう。このようなAIの進歩に対して、Linus氏は意外と控えめな見方をしているようだ。

「もはや現在私たちは機械語もアセンブラも書いていないし、言語はCからRustに移行しつつある。こうした変化はこれまでも起こってきたことであり、AIが毎日ニュースに取り上げられるほど革命的な進歩だとは思っていない」と述べていた。

その一方で、同氏は生成AIの活用には期待もしているという。特にコードレビューに役立てられる可能性があるとのことだ。プログラムの中で見つかるバグのうち、大きなバグはコードをマージする前に同氏が確認しているのだが、その一歩手前で、人間がわざわざ見つけるまでもない小さなバグを警告する役割が期待されるという。「"自動訂正機能"のような役割を持った生成AIが必要になるだろう」と、Linus氏。

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長期計画よりも目の前の一歩一歩を

Linuxはいまや大きなオープンソースプロジェクトとして稼働している。発足当初は「なぜオープンソースなのか?」「どうやって収益を得るのか?」と、多くの質問をLinus氏は受けてきたそうだ。

しかし現代では、オープンソースの考えも広く受け入れられるようになった。プログラムであってもデータであっても、企業間で共有する必要があるほど大きなものはオープンソース化してライセンスを発行し、それを共有していくのが最も容易なやり方でもある。

「特定の会社や営利団体にするよりも、100%中立的な立場である財団にしたかった。だからこそLinuxには私の名前を付けた」(Linus氏)

  • トークセッションの様子

オープンソースソフトウェアやオープンデータの将来性について質問されたLinus氏は「私は将来を予測するのが下手で苦手なんだ」と話し会場を沸かせた。Linuxを開発したときも、趣味のようなとても小さなプロジェクトとして始めており、これほど成長するとは思っていなかったという。

Linus氏が結びの言葉を以下のように語り、トークセッションは幕を閉じた。

「多くの人は長期的な計画を立てるのが素晴らしいことだと思っているだろうが、私はそうは思わない。政治の分野でも5カ年計画はほとんどうまくいかないし、テクノロジー分野では特に長期計画は機能しない。最終的にどこに行きたいのかはある程度アイデアを持っていた方がいいだろうが、目の前の一歩一歩を見ていないとよろめいてしまう。一度の大きな飛躍で世界を変えることはできないので、小さなステップを繰り返していく必要があるはず。私たちの当初の計画・企画が下手だったからこそ、今日こうして多くのLinux技術者が集まってくれたのだと思う。一人一人のエンジニアに拍手を送りたい」

  • 会場は立ち見が出るほどの盛り上がりを見せた

    会場は立ち見が出るほどの盛り上がりを見せた