ルネサス エレクトロニクスは11月8日、車載デジタルプロセッシング領域のアプリケーションに向けた次世代の車載用SoCとなる第5世代R-Carなどに関するロードマップを公開。併せてメディア説明会を開催し、今後の車載半導体の方向性などを解説した。

電気自動車の世界的な普及や、CO2排出削減規制の強化などを背景に、自動車のエレクトロニクス化が加速度的に進展。E/E(電気・電子)アーキテクチャも第2世代のドメイン型アーキテクチャからゾーン型アーキテクチャへと移行することが求められるようになりつつある。そうしたゾーン型アーキテクチャでは、PCやスマートフォン(スマホ)をイメージするとわかりやすいが、自動車の各機能やコンポーネントを単体ECUを統合した高性能なセントラルECUでの処理を念頭にソフトウェアで定義し、駆動させる「Software Defined Vehicle(SDV)/Software Defined Mobility(SDM)」の実用化が進められるようになり、自動車のさまざまなコンポーネントを制御するためのSoC/マイコンにも新たな対応が求められるようになってくる。

  • 自動車開発におけるE/Eアーキテクチャの変化

    自動車開発におけるE/Eアーキテクチャの変化。これまでは各機能(ドメイン)ごとに制御するドメイン型であったものが、高性能なセントラルECUが各種機能の処理のハンドリングを行うゾーン型へと移ろうとしている (資料提供:ルネサス)

プラットフォームの総称へと変更されたR-Carの位置づけ

第5世代R-Carは、そうしたクルマづくりの環境変化に対応することを目的に開発が進められているもので、第4世代までのSoCベースのR-Carシリーズとその周辺制御のための32ビットのRH850マイコンおよび16ビットのRL78マイコンという構成から、ハイエンドのSoCから、エントリレベルのマイコンまでArmアーキテクチャで一括りにまとめたプラットフォームの総称へと、その位置づけが変更されることとなった。

  • R-Carのロードマップ

    R-Carのロードマップ。従来はSoC部分をR-Carと呼んでいたが、第5世代ではマイコンからSoCまですべてを内包するR-Carプラットフォームという位置づけへと変更された (資料提供:ルネサス)

そのコンセプトについて同社HPCマーケティング兼ビジネスディベロップメントユニット長の布施武司氏は、「第3世代および第4世代のR-CarはSoCとしてArmベースで提供し、マイコンはRH850、RL78という独自アーキテクチャで進めてきた。RH850、RL78については、現在も開発が継続されており、今後も新製品が登場する予定だが、第5世代R-Carは、そうしたそれまでの取り組みでは賄いきれなかったニーズなどに対応することを目指したプラットフォームになる」と説明。RH850、RL78は第4世代の系譜として引き続き提供しつつも、第5世代はこれまでの系譜とは若干異なる兄弟のようなラインとして存在していくことになるとする。

  • 布施武司氏

    第5世代R-Carについての説明を行ったHPCマーケティング兼ビジネスディベロップメントユニット長の布施武司氏

その第5世代のポートフォリオとしては現時点で、ハイエンドからミドルハイ付近の性能ニーズをSoCで対応していくほか、アクチュエータ制御や車体制御などの性能ニーズにはR-Car Nex Gen MCUと位置づけたArmマイコンが、そしてSoCとNex Gen MCUの中間、数十kDMIPSクラスの性能ニーズに対してはR-Car Cross Over MCU(クロスオーバーマイコン)という新たな製品群が投入されることとなる。

また、SoCは必ずしも従来の1ダイにこだわるわけではないとする。「技術要素としては、ISP、DSP、GPU、Armのリアルタイムコア、Armのアプリケーションコアなどを組み合わせることとなるが、サードパーティやクライアントのIPをチップレットとして組み合わせたものなども検討している」と、UCIeの規格に沿った形のチップレットの提供も計画しているとする。ただし、チップレットでの提供については、まだ具体的な方向性が固まっていないとのことで、「他社の製造したチップレットを受け取ってルネサス側が1パッケージ化することもありうるし、具体的にどういったものを搭載するかなどについては顧客やパートナーたちと議論を交わしており、そういったところに顧客ごとのカスタマイズ要素が入ってくる可能性もある」と、さまざまな可能性があることを強調する。また、「なんでもルネサス単独でできればそれが最良だが、業界の変化が激しく、顧客側もいろいろなことを試案している状況。そうしたニーズを踏まえて、課題解決の最適解を提供していくことが目指しているところである」(同)と、必ずしも1ダイですべてのニーズに応える必要性はなく、コスト、性能、消費電力など、求められる仕様をいかに実現するかが重要になることを指摘する。

  • 第5世代R-Car SoCの機能イメージ

    第5世代R-Car SoCの機能イメージ。必ずしもここに記載されているとおりのブロック図にはならないというが、基本的にはルネサスがダイとしてもチップレットとしても提供するプロセッサ部分としてはこうした機能が盛り込まれることになるという(資料提供:ルネサス)

そうした意味ではSoCとマイコンの間を埋めるクロスオーバーマイコンも複数の方向性があることを同氏は明らかにしている。「例えば、リアルタイム性能と高速ブート、そしてGHzレベルの演算性能はベースだが、組み込み不揮発性メモリを搭載した品種やROM非搭載品種など、この領域でもニーズが多数あり、順次、そうした製品群を投入していく予定」とする。

  • 第5世代R-Car マイコンに求められる機能と適用分野のイメージ

    第5世代R-Car マイコンに求められる機能と適用分野のイメージ (資料提供:ルネサス)

  • クロスオーバーマイコンのコンセプト

    ルネサスの車載事業としては新機軸となるクロスオーバーマイコンのコンセプト (資料提供:ルネサス)

すべてをArmでカバーすることを決めた意味

布施氏は、第5世代R-Carはすべての製品がArmベースとなるとしながらも、「市場の要求があればRSIC-Vも除外する必要はない」と、必ずしもArmにこだわるつもりはない姿勢も見せている。こうした考え方の背景にはSDVによって、ハードウェアに依存しないソフトウェア開発が可能になることがあると考えられる。中でもArmであれば、これまでArmが構築してきたエコシステムやノウハウなどを活用することが可能となり、ソフトウェアの品質向上が図りやすくなることも期待できるといったことが布施氏のこうした発言の背景にあると思われる。

ソフトウェア側も、各社各様でのSDVへの対応が進む中、ボッシュが提唱するような標準化に向けた動きもでてきており、ドメイン型アーキテクチャからゾーン型アーキテクチャ/SDVに向けては、いつどのように環境が変化するかはまだ読めないのが現在の状況と言える。そうした中で、Armベースのソフトウェア資産であれば、その後も通信周りを中心に使いまわしがきくはずで、資産が使えなくなることはないだろうという思惑に見える。

  • SDVのポイント

    SDVのポイントはハードウェアにソフトウェアが紐づくことがなくなるという点。ハードウェアアーキテクチャが同じであれば、そのうえで動くソフトウェアは使いまわすことが容易になる (資料提供:ルネサス)

布施氏も「プラットフォームとしたことで、SDVで必要とされる車載半導体すべてをルネサスが賄えれば、それに越したことはない」と期待を述べるが、実際、すべての車載ロジックをルネサス1社で抑えることは難しいだろう。そうした点でも、他社のSoC/マイコンもArmアーキテクチャであれば、ソフトウェア上では連携しやすいということもあるだろう。

世界的に見て自動車業界はSDVに向かうという意識は急速に高まってきていると言える。そうした意味ではルネサスも、その流れに乗り遅れないように速やかに手を打ってきた印象が第5世代R-Carからは受ける。すでに製品開発、ならびに開発環境の整備も進められており、2024年第1四半期より第5世代R-Carプラットフォームに向けた仮想ソフトウェア開発環境が順次提供される予定だとするほか、同氏は「SoCにはコスト、性能、電力などのバランスが取れたFinFETを採用した先端プロセスを採用する。少なくとも7nmではないが、競争力のある製品になる。プラットフォームという新しい価値を打ち出すという意味は、ルネサスが大きく変わっていっているという姿勢を見せることにもつながる」と語るなど、実際の製品も順調に開発が進んでおり、2024年下半期には第1陣として複数の製品が発表される予定だとしている。