金沢大学(金大)は6月11日、太古の火星の水環境を模擬した室内実験から、かつての湖沼などの水の塩分が火星表面の色に影響した可能性があることを明らかにしたと発表した。
同成果は、金大 自然科学研究科の深谷創大学院生、金大 環日本海域環境研究センターの福士圭介教授、東京大学大学院 理学系研究科の高橋嘉夫教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する地球と宇宙に関連する化学を扱う学術誌「ACS Earth and Space Chemistry」に掲載された。
火星が赤く見えるのは、表面を覆う2種類の酸化鉄「フェリハイドライト」と「ヘマタイト」に由来する。フェリハイドライトは、水溶液から直接沈殿することで生成されやすい結晶性に乏しい水酸化鉄鉱物だ(地球では温泉の沈殿物や鉄バクテリアの活動によっても形成される)。一方のヘマタイトは、和名を「赤鉄鉱」といい、強い赤色から銀灰色を示す結晶性酸化鉄鉱物である。水環境下でフェリハイドライトが変質し形成されることが多く、火星表面でのその存在は、過去に液体の水が存在していた可能性を示す重要な証拠とされている。
なおフェリハイドライトは、黄色から黄褐色を示す「ゲーサイト」にも変質する。ゲーサイトは和名では「針鉄鉱」と呼ばれ、ヘマタイト同様に結晶性の水酸化鉄鉱物だ。水環境下でフェリハイドライトの変質により生成されることが多く、地球では土壌、堆積物、鉄鉱床、酸性鉱山廃水など、広範に分布する。このフェリハイドライトがヘマタイトとゲーサイトのどちらに変質するのかは、溶液のpHに左右される。中性条件ではヘマタイトへの変質が優勢であり、酸性やアルカリ性条件ではゲーサイトへの生成が促進されることが報告されていた。
これまで研究チームは、米国航空宇宙局(NASA)の火星探査ローバー「キュリオシティ」が、赤道付近にある直径約154kmの衝突クレーターである「ゲール・クレーター」で得た堆積物データをもとに、過去の火星に存在した液体の水の水質を復元する研究を行ってきた。その結果、鉄酸化物が生成したと考えられる火星の最終的な湿潤期(20億~30億年前)には、水のpHは酸性であり、本来であればゲーサイトの生成が優勢だったと示唆された。しかし、これまでの火星表面の観測や探査では、ゲーサイトは極めて限定的な場所でしか確認されていない。酸性条件下だったにもかかわらず、この矛盾の理由は未解明だった。
そこで研究チームは今回、ゲール・クレーターの間隙水が過去に経験したと考えられる最高温度(約70℃)において、pHと塩(塩化ナトリウム(NaCl)または塩化カルシウム(CaCl2))濃度を変化させ、フェリハイドライトがどのような鉱物に変質するのかを室内実験により調査したという。
その調査の結果、塩濃度が低い条件では先行研究の通りで、中性条件ではヘマタイトの生成が卓越し、酸性条件ではゲーサイトの生成が優勢となることが確認された。一方で、酸性条件下で塩濃度が増加するとゲーサイトの生成率は次第に低下し、塩濃度が0.1mol/kgを超えると、その生成は大きく抑制されることが判明した。
研究チームがキュリオシティのデータから復元した火星の最終的な湿潤期の塩濃度は、下限値でも0.1mol/kgを超えると推測されている。今回の研究成果は、太古の火星に比較的高い塩分条件が存在した場合、赤いヘマタイトの生成が有利となり、黄色いゲーサイトの生成が大きく抑制されることが示された。
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研究で得られたさまざまなpH、塩濃度条件におけるヘマタイトの割合。Fh:フェリハイドライト、Hm:ヘマタイト、Gt:ゲーサイト、I:イオン強度(塩濃度指標、単位mol/kg)(出所:金大プレスリリースPDF)
約35億~38億年前の火星に存在したとされる湖沼では比較的塩分が低く、中性に近い水質だった可能性が指摘されている。一方、今回の研究で火星の最終的な湿潤期に存在した水が、全球的に高い塩分を有していた可能性が示された。水の塩分は周囲の気候条件とも密接に関連するため、今回の知見は火星の気候進化を推定する手掛かりとなることが期待されるとした。
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ゲール・クレーター堆積物から復元された35億年前に存在した湖と、20~30億年前の最終湿潤期の間隙水の水質(Fukushi et al., 2019 Nature Communications 10, 4896; Fukushi et al., 2022 Geochemica et Cosmochimica Acta 325, 129-151)(出所:金大プレスリリースPDF)
今回の研究は、「火星はなぜ赤くなり、黄色くならなかったのか」という色に関するパラドックスに着目し、フェリハイドライトの変質挙動への塩濃度の影響という新たな視点が導入された。この成果は、地球における地質記録の解釈にも応用でき、過去の水環境や気候変動の復元にも貢献することが期待されるとしている。