東京都立大学(都立大)、東北大学、大阪大学(阪大)の3者は10月6日、次世代半導体として期待されている遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)の2次元物質を円筒状に丸めた無機ナノチューブを合成し、その構造的な特徴を明らかにしたことを共同で発表した。
同成果は、都立大 理学研究科 物理学専攻の中西勇介助教、同・古澤慎平大学院生、同・田中拓光大学院生、同・蓬田陽平助教、同・柳和宏教授、同・Wenjin Zhang特任助教、同・宮田耕充准教授、産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門の佐藤雄太主任研究員、東北大 材料科学高等研究所/大学院工学研究科電子工学専攻の中條博史研究員、同・青木颯馬大学院生、同・加藤俊顕准教授、阪大 産業科学研究所の末永和知教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」に掲載された。
近年、カーボンナノチューブ(CNT)に続く新たなナノチューブを発掘しようという動きが活発化している。中でも注目を集めているのが、遷移金属原子がカルコゲン原子に挟まれた構造を持つTMDのナノチューブだ。その理由には、構成元素の組み合わせが豊富であり、超伝導や光起電力効果といった特性を示すことなどの特徴が挙げられる。
しかし、TMDナノチューブの電気・光学特性などの基礎的な性質は、実験的に不明瞭なままだったという。その主な原因は、現在主流の合成法では、多様な直径と巻き方のナノチューブが何層も重なった構造の「多層ナノチューブ」しか得られない点にあるとする。多層ナノチューブでは結晶構造の同定が難しく、層と層の間で相互作用も働くため、その構造と物性の相関を正確に理解することが困難だ。そのためTMDナノチューブの物性の解明に向けては、結晶構造が明瞭な単層TMDナノチューブの合成法が求められていた。
単層TMDナノチューブの合成手法として、近年、盛んに研究されているのが、テンプレートを用いた同軸成長のアプローチだ。たとえば、CNTをテンプレートに利用することで、単層TMDナノチューブを安定して成長させることが可能になる。実際、研究チームの中西助教や宮田准教授らは2022年に、絶縁体の窒化ホウ素(BN)ナノチューブの外壁をテンプレートに用い、代表的なTMDである二硫化モリブデン(MoS2)の単層ナノチューブの合成を実現済みだ。
しかし、これらのテンプレート合成法はまだ発展途上で、合成できるTMDはMoS2のみに限られていたといい、さらに、ナノチューブの特性を決定するキラリティに関する知見も解明されていなかった。そこで研究チームは今回、BNナノチューブをテンプレートに用いた化学気相成長法(CVD法)を利用したとする。
そして研究チームは、その原料の種類や供給方法、成長条件を調整することで、さまざまな組成のTMDナノチューブの合成に成功したとのこと。しかも、これまで報告されていなかったセレン化物(MoSe2、二硫化タングステン(WSe2))や、2種類の遷移金属が含まれる混晶(Mo1-xWxS2)、さらに単層の内側と外側でカルコゲンの組成が異なる「ヤヌス構造」(MoS2(1-x)Se2x)の合成にも成功したとする。
また、BNナノチューブの外壁だけでなく、内部空間もテンプレートに用いることで、最小で直径3nmの極めて細いTMDナノチューブの成長が達成された。理論上、このような微小径のTMDナノチューブは量子閉じ込め効果が顕著になり、2次元物質には見られない電子物性を示すことが予想されているという。
さらに、得られたナノチューブの表面を透過電子顕微鏡で1本ずつ観察し、キラリティの解析が行われた。すると、テンプレートの直径や原子配列に関わらず、ランダムなキラリティ分布を示すことが確かめられた。このことから、今回の手法で得られたTMDナノチューブは、さまざまなキラリティ由来の性質を調べる上で最適なプラットフォームといえるとのこと。今後、得られたナノチューブの光学特性と結晶構造を1本ずつ調べることにより、長年判然としていなかったキラリティと電子状態の相関関係の解明が期待されるとする。
研究チームによると、今回開発された合成技術は、さまざまなTMDナノチューブの合成に適用可能だという。これにより、これまでCNTが中心だったキラリティの議論が多種多様なナノチューブでも可能になり、その科学がより広範な研究領域へ拡張されることが期待される。
また、今回明らかにされたTMDナノチューブのキラリティ分布は、いまだ不明瞭な成長機構に関わる重要な知見にもなるという。キラリティはTMDナノチューブの機能発現機構とも密接に関わっており、今回の研究成果は高効率な太陽電池などの応用展開に向けた材料設計指針になることが期待されるとしている。