米宇宙企業スペースXは2023年2月28日、衛星インターネット・サービス「スターリンク」を構成する衛星の新型機「スターリンクV2ミニ」の打ち上げに成功した。

従来の衛星より性能が向上し、ユーザーにより高速、高信頼の通信サービスを提供できるとしている。また、宇宙ごみ(スペース・デブリ)や天体観測への悪影響といった問題への対策も強化しているという。

  • スターリンクV2ミニを搭載したファルコン9ロケットの打ち上げ

    スターリンクV2ミニを搭載したファルコン9ロケットの打ち上げ (C) SpaceX

スターリンクとは?

スターリンク(Starlink)はスペースXが運用している衛星インターネット・サービスで、地球低軌道に多数の衛星を打ち上げ、全世界にブロードバンド・インターネットを提供している。

衛星の打ち上げは2019年から始まり、同社の大型ロケット「ファルコン9」を使い驚異的なペースで打ち上げを重ね、これまでに4000機を超える数の衛星が宇宙へ送られ、現在も3000機以上の衛星が稼動している。今後、まずは1万2000機、将来的には4万2000機にまで増やすことを計画している。

スターリンクは従来の衛星インターネットと比べ、高速、低遅延、そしてロバスト性(堅牢性、強靭性)の高さを売りにしている。

従来の衛星インターネットでは、衛星は赤道上空の高度3万5800kmにある静止軌道に置くのが一般的だった。アンテナを衛星のある方(日本なら南の空)に向けさえすれば通信できるというメリットはあるものの、これほど離れていると、光の速度で飛ぶ電波でもタイムラグが発生してしまい、また通信速度も遅くなってしまう。

一方のスターリンクは、高度約550kmの低軌道で運用される。静止衛星と比べ、地表からの距離が約65分の1程度と大きく近づくため、大幅な低遅延と高速通信を実現できる。

ただ、低軌道ではある地点の上空に静止することはできないため、数万機という数の衛星を打ち上げることで、地球のあらゆる地点の上空に、つねにどれかの衛星が位置するようにしている。

このことは、多数の衛星を打ち上げなければならないというデメリットである反面、衛星のうち1機や2機が故障しても他の衛星ですぐに代替でき、システム全体がダウンすることはない、つまりロバスト性が高いというメリットでもある。

スターリンクは2020年から一般向けに端末やサービスの販売を開始し、すでに日本を含む世界各地で利用可能になっており、ロシアによる軍事侵攻でインフラが破壊されたウクライナでも活用されている。スペースXによると、一般家庭を中心に100万か所にブロードバンド・インターネットを提供しているという。

また、日本ではKDDIが、バックホール回線(携帯電話の基地局と基幹通信網を結ぶ中継回線)にスターリンクを利用。従来は光ケーブルを使っていたが、山間部や離島など光ケーブルの敷設が難しいエリアでの通信や、災害時に光ケーブルが分断されてしまった際の備えとして活用されている。

  • スターリンクの想像図

    スターリンクの想像図 (C) SpaceX

スターリンクV2ミニ

こうした中、スペースXは第2世代のスターリンク衛星となる、「スターリンクV2ミニ」の打ち上げを開始した。

V2ミニの最大の特徴は、従来の第1世代のシステムよりも衛星1機あたりのスループット(一定時間内に処理される情報量、データ転送速度、通信速度)が大幅に向上したことにある。これにより、帯域幅と信頼性が向上し、より多くの人が、より安定的に、ブロードバンド・インターネットにアクセスできるようになるとしている。

スペースXでは「『ミニ』という名前に惑わされないでください。従来のスターリンク衛星と比較して、ユーザーにサービスを提供する能力が4倍もあるのです」としている。

具体的には、従来の衛星が使用していたKuバンドとKaバンドの通信機器に新たにEバンドの通信機器を搭載している。Eバンドは70~90GHzの、これまでより高い周波数帯を使う通信で、前述したバックホール回線の通信に使われる。

Eバンド通信、10Gbpsもの高速・大容量通信や、妨害を受けにくいことを活かした機密の高い通信などが可能になると期待されている。その一方で、高い周波数の電波を使った通信には、雨や大気によって電波が吸収され、減衰しやすくなるという弱点があり、まだ開発途上の技術ではあるものの、その将来性の高さから世界的に技術開発が活発に行われている。

  • ロケットに搭載されるスターリンクV2ミニ

    ロケットに搭載されるスターリンクV2ミニ。重箱のように積み重なっている (C) SpaceX

もうひとつの目新しい点は、軌道の変更や維持に使うスラスターの技術である。電気推進のひとつであるホール・スラスターを使うという点では従来と同じではあるものの、V2ミニでは推進剤にアルゴンを使う。

電気推進の推進剤は、小惑星探査機「はやぶさ」に代表されるようにキセノンを使う例が多い。キセノンは高密度でイオン化に必要なエネルギーが小さく済むという利点があるが、世界的に供給不足にあり、価格も高騰している。そこでスペースXは、従来のスターリンク衛星にはクリプトンを使っていた。クリプトンはキセノンより性能はやや劣るものの、コストが10分の1ほどと安いという特徴があった。

ところが近年、クリプトンもまた供給不足と価格高騰に見舞われており、スペースXは新たな推進剤としてアルゴンを選択した。アルゴンはクリプトンより100分の1ほどとさらに安価で、地球の大気中で3番目に多いため入手もしやすい。

その反面、密度は小さく、イオン化に必要なエネルギーも大きい。スペースXによると、アルゴン・エンジンの効率は50%、つまり電力の半分を無駄にしていることになり、キセノン・エンジンの60~70%という効率には及ばない。ただ、それでもクリプトンと比べ、同じ条件なら推力は2.4倍、比推力は1.5倍という性能が出せるため、代替品としては十分すぎる性能をもつ。

  • V2ミニに搭載されているアルゴンを使ったホール・スラスター

    V2ミニに搭載されているアルゴンを使ったホール・スラスター (C) SpaceX

スペースXは今後も従来の衛星の打ち上げを続けつつ、徐々にV2ミニの打ち上げも進めていくことを計画している。

なお、名前にV2“ミニ”とついていることからわかるように、ミニではない大きな「V2」衛星もある。じつはスペースXはもともと、大きなV2のみ造り、それを開発中の巨大ロケット「スターシップ」で打ち上げることを計画していた。V2は1機当たり約1200kgもあり、従来のスターリンク衛星(約300kg)より4倍も重い。そのため、従来の衛星ならファルコン9で一度に最大60機程度打ち上げられたが、V2だと10機程度しか打ち上げられず、効率が悪く、打ち上げコストがはね上がってしまう。そこで、ファルコン9よりも何倍も打ち上げ能力が大きいスターシップを使うことを前提としていた。

ところが、スターシップの開発は当初の目標より遅れており、一方でスターリンクはすでにインターネット・サービスを始めていること、また連邦通信委員会(FCC)への申請、許諾の関係もあり、スターシップの完成を待ち続けることはできない。そこで急遽、少し小さなV2ミニを開発し、ファルコン9で打ち上げることになったのである。

とはいえ、V2ミニも質量は約800kgと従来の衛星より2倍以上重くなっており、ファルコン9では一度に21機しか打ち上げられない。

スペースXにとってV2ミニはあくまでつなぎであり、V2の完成とスターシップによる打ち上げが本命であることは変わらない。ちなみに2021年12月には、イーロン・マスク氏が同社従業員に送ったメールが流出し、「スターシップによるV2の打ち上げを早期に実現しなければスペースXは破産する」とさえ語っていた。その言葉がどこまで本当かはともかく、それだけV2とスターシップに期待も社運も懸けていることが表れている。

  • ロケットからV2ミニが分離される様子

    ロケットからV2ミニが分離される様子 (C) Elon Musk/SpaceX