先端2nmプロセスの国内での製造に向けた国策企業Rapidusが立ち上がったほか、供給不足によって最終製品が購入できないなど、半導体に対する注目が高まった2022年の日本。そんな日本市場に対し、より良い価値を提供するべく、日本独自の組織改革プロジェクト「Japan Winning Culture」を日本テキサス・インスツルメンツ(日本TI)が推進している。

果たして日本独自の組織改革とはどういうものなのか。その旗振り役である日本TI 営業・技術本部 副本部長 西日本エリア ディレクターの椿威志氏に話を聞いた。

  • 椿威志氏

    「Japan Winning Culture」の推進役である日本TI 営業・技術本部 副本部長 西日本エリア ディレクターの椿威志氏。普段は大阪支社に勤務しているという

本社オフィスの移転を機にフリーアドレスを採用

日本TIは2022年2月に、それまで本社オフィスを構えていた東京・新宿から東京・品川に本社オフィスを移転。そこでTI(Texas Instruments。海外拠点含む)としては初めて、フリースペースを採用したという。こうした取り組みは外資系であれば、本社などで先行して導入し、それを各国支社などが真似るというイメージが強いが、意外にもTexas Instruments(TI)では、そういった文化はこれまでなかったという。

椿氏は、「元々、米国はオフィスが広く取られており、スペースに余裕がある。社員全員分の席を固定して用意するためには、そのためのスペースが必要となる。しかし、コロナ禍で一度全員が在宅勤務となった後、出社が解禁された後の状況を調べてみると、常に100%全員が出社しているというわけではない。そうした意味では、全社員分の席を用意する必要はなくなったと考えることができた一方、出社する意味、意義とは何かを考える必要が生じた。そこで、より密に社員同士が連携を取れるコラボレーションスペースの創出などを盛り込んだ」と、フリーアドレス制に移行した背景を説明する。このフリーアドレス制により、全社員分よりも若干少なめの座席数にして、その余った部分のスペースの有効活用を模索した結果、コラボレーションスペースが誕生した形だが、これが思いのほか好評で、すでに名古屋オフィスでも導入済み。大阪オフィスでも2023年の早い時期から導入したいとするほか、「2022年に入ってから、海外からも毎日のように社員が来日しているが、彼らからの評価も高いので、海外でも何らかの形でフィードバックされることも期待している」(同)と、日本発の取り組みが世界の標準になることの期待を語る。

このフリーアドレス制の最大のポイントとなるのが、コミュニケーションの活発化を促す仕組みだという。すでに日本TIでは、新型コロナの感染拡大前から、働き方改革として、Web会議などを活用したバーチャルでの商談(バーチャルセリング)や、リモートオフィスの取り組みを徐々にではあるが進めていたというが、当時はやはり、顧客とは顔を突き合わせて話すべきだ、といった意識が根強く、なかなか浸透しなかったという。ところが、そこに来て世界的な新型コロナの感染拡大で、そうした慣行が物理的にできなくなった。時代の転換点に、マッチした体制作りを図らずも進めていたことが、リモートワークに速やかに移行することにつながったという。「現在は、こうした経験を踏まえ、ブレンディングセリングとして、リモートと対面、それぞれどちらが良いシーンなのかといった知恵を出し合って、よりよいビジネスの在り方を模索している」(同)という段階にあるという。

日本TIが推進するJapan Winning Cultureとは何か?

実は、こうした取り組みに至るまで、日本TIはある課題を長年にわたって抱えていたという。ひと昔前、ちょうどデジタル家電が流行り始める2000年代前半までは、世界に対しても日本の電機業界が存在感を示していたこともあり、プレゼンスが強かったという。そうした好調な最終製品メーカーからの後押しもあり、海外企業の日本法人としてもグローバルに対する発言権を相応に有していたが、デジタル家電の競争激化などを背景に、海外企業に日本の顧客が押され始めると、半導体を購入する企業や数量が減少。そうした不安定な状況は、日本法人としての発言力を弱くさせる雰囲気を生み出し、顧客や本社の言うことを、どこか他人事のようにこなす状態に変えてしまったという。

椿氏は、「国別にステレオタイプがあるとは思わないが、確かに日本の顧客や商習慣の多くは欧米と比べると違っている点が多々ある。そうした慣行に日本TIそのものもなじんでしまっていた。現在の社長(サミュエル・ヴィーカリ氏)は海外から赴任してきているので、そうした文化の違いがより見えやすかったのだと思う。1つ1つの案件での取り組みということではなく、全体を通じてマインドセットや仕事の進め方など、共通した課題があるという見立てのもと、それを変えていくことを目指してJapan Winning Cultureがスタートした」と、2021年初頭ころに、イニシアチブを取るリーダーに指名された当時を振り返る。

そうした意味でもJapan Winning Cultureは、仕事の進め方や、仕事のやり方に対する共通する課題を社員みんなで変えて行こうという取り組みとなる。

「顧客や本社が言っていることをこなすだけの仕事はある意味で楽なんです。しかし、それだと顧客が本当に必要とするものを提供できるとは限らない。本来であれば、顧客と対等な立場で、知恵を出し合って、顧客が本当にやりたいことを、このデバイスとこのデバイスを組み合わせて、この機能をソフトウェアと組み合わせればできるといったような、1個の製品の価値ではなく、ビジネス全体の価値として、よりよい顧客価値の創出をしなければいけない、という流れを生み出すことにこの2年近く、取り組んできた」(同)というが、トップダウンで上から下に“やれ”と言われて、そう簡単に組織が変わることはないのは多くの人が身をもって体感しているところで、ベストプラクティスの共有など、ボトムアップからの取り組みも多いとするほか、サブチームを複数立ち上げ、どういうところが課題なのかといった意見の交換を現場からの声も含めて行ったりといった地道な活動を積み重ねてきたことを強調する。

そうした地道な取り組みを続けてきた結果、例えば、過去2年にわたって続いた半導体不足に伴う製品価格の値上げについても、顧客の価値を損なわずに、それを実現する方法を模索するなど、単に製品価格の値上げに終わらない取り組みができたという。「部材をはじめとしてさまざまなコストが上昇する中で、顧客への価格見直しの提案をする必要も生じた。そうした要求を顧客に行うのは、営業の現場には非常にストレスがかかるわけで、最初にその話がでたとき、反発は当然のように出てきた。そうした中で、顧客と一緒に何ができるのかを考えよう、という話がでて、顧客や社内とコミュニケーションを密にとって、その製品単体では値上げになるけど、ソリューション全体として見た場合は価格よりも付加価値を高める方向に向かうことができた。自分たちが正しいやり方で進めようと考え、それで決めたやり方でやってきている現状は素晴らしいことだと思う。今までは言われたことを実現しないといけない、価格を頑張って下げなければいけない、ということをしていただけ。それが、自分たちが主導して、能動的に考えて動くことができるようになった」と、これまでの活動を通して、組織として強く成長できたことを感じ取れたという。

  • 椿氏

多くの社員が変化を実感

実際、同社が最近行った社内向けの「自分たちは変われたのか?」という趣旨のアンケートからは、自己評価として変われてきたという言葉が多々あったとするほか、海外のステークホルダーからも変わってきたという評価が出てきたという。

「すべてが変われている、というわけではなく、こういうケースでは良くなったけど、こういうケースではうまくいってない、といった具合にまだバラつきがあるが、こういった取り組みを進めている、ということそのものが日本TI全体として認識されており、その結果として上手くいっているというイメージが出来上がっているのだと思う。そうした流れはポジティブに捉えていくべきだし、この流れをどう継続させていくかが、今後の重要なポイントになってくる」と、自分たちが考え、自分たちで決め、それを行動に移すという流れが良い効果を生み出してることを指摘。「顧客とも本社ともちゃんと話せるようになったと思う。オフィスの構築の仕方も、今までであれば本社が提示したスタンダードに従おう、という流れであったのが、自分たちにマッチした新しい取り組みに挑むという流れができたのも変化の1つの証明だと思う」と、椿氏は、さまざまな面で相乗効果が生まれていることを強調する。

TI本社も変化

実はTI、数年ほど前に全社的なカルチャーとして根付いていた、皆が目指すべき企業の理念に近い価値観を明文化したのだという(半導体業界の老舗中の老舗であるTIであるが、意外にも、それまでは明文化されたものはなかったという)。「Living our values(価値と共に生きる)」と銘打たれたもので、「Ambitions(大きな目標)」、「values(価値)」、「code of conduct(行動規範)」、「policies(指針)」といったものが記載されているという。

Japan Winning Cultureは、このグローバルの指針から日本TIの営業が特に取り組まなければいけないエッセンスを吸い上げてローカライズしたものともいえる。「Japan Winning Cultureで強調したのは、できていなかった部分。例えば、自分の考えをしっかりと出したり、議論を行うといったことはなかなかできていなかった。そうした行動が良い行動であるといった定義づけを行い、それを認識させる」と、全員に理解をしてもらい、意識を合わせていくことを、将来的にどう変わっていくのか、といった流れの中で社員の意識に根付かせていくことが重要だと椿氏は説明する。

  • 椿氏

また、「日本市場は、例えば半導体製造装置メーカーなどは顧客でありつつ、パートナーでもある。半導体工場も2拠点有しており、中でも美浦工場はその品質の高さや生産効率が海外工場のベンチマークになっている。今、Japan Winning Cultureという取り組みを通じて、営業の動きも期待されるようになってきたと思っている。日本には世界と戦える自動車メーカーや産業機器メーカーがいくつもある。彼らが今後も世界と戦って勝っていってもらうためには何が日本TIとして手伝えるのか、ということを常に考えていく必要がある。半導体の性能はもとより、コストや品質、製品を作る際の量産効率、サプライチェーンなど、さまざまな角度で手伝えることがあると思っている。業界が盛り上がるような形で、TIも変化し続けていきたい。製造、製品、営業、すべてを大事にして、それぞれの分野で一番素晴らしくなることを目指していく」と日本のものづくり産業全般的に成長していくために、これからも変化をし続けることを強調。「まずは社内的な部分からだが、それが最終的には顧客に価値を提供することにもつながる。リージョン間の競争ではないが、日本がけん引していけるケースをどれだけ生み出していけるかがポイントになると思う。決して、日本市場は売り上げ規模という意味ではトップではないが、素晴らしい顧客も多く、一番良い、と言われるだけのポテンシャルがあると思っている」と、自分たちが変わることで会社が変わり、それが顧客の価値を高めることにつながっていく。それがやがて日本が世界をリードすることになると椿氏はこれからの未来を見据える。 とは言え、コロナ禍に大きく変化した社会に、すべて対応できたかというと、まだ改善の余地があるとも同氏は語る。半導体産業の黎明期、集積回路を発明したジャック・キルビーの時代から連綿と続く老舗中の老舗Texas Instruments。その日本での変化はまだ始まったばかりだが、近い将来、半導体業界の新しい流れが生まれてくる可能性は高い。