決め手は予算

NASAは当初、HLSの開発について、「計画の冗長性や柔軟性、将来性などを考慮し、最低でも2社は選びたい」としていたが、実際にはスペースXのみが選ばれることになった。

その理由について、ルーダーズ氏は「実証ミッションから得られること、持続可能な着陸機のための調達に必要なことなど、さまざまなことを検討した結果、予算の都合もあり、1社のみに発注することが最善の策であると判断しました」とし、予算の都合であったことを明らかにした。

もともとトランプ政権と議会は、HLSの開発に十分な予算をつけておらず、2021年度のHLSプログラムの予算は8億5000万ドルで、NASAの要求の約4分の1にすぎなかった。

NASAが公表した資料によると、スペースXが提示した28億9000万ドルという価格は、ブルー・オリジン、ダイネティクスの提案に比べ、大幅に低かったとしている。

くわえて、技術的な評価も「満足できる(Acceptable)」、マネジメントも「きわめて優れている(Outstanding)」との評価を下している。これは提案だけでなく、これまでのファルコン9やクルー・ドラゴンなどの開発や運用の実績を含めた評価だとしている。

一方、ブルー・オリジンは、技術評価は「満足」であったものの、マネジメントは「とても良い(Very Good)」であった。ダイネティクスは技術評価は「最低限(Marginal)」、マネジメントは「とても良い」とされるなど、価格以外でも両社はスペースXよりやや劣る評価となっている。

ブルー・オリジンはHLS開発にあたり、ロッキード・マーティンやノースロップ・グラマン、ドレイパーといった、航空宇宙業界で有名な米企業と連携し、「ナショナル・チーム」として参画。ブルー・オリジンは数年前から、自己資金で独自に月着陸船「ブルー・ムーン」の開発を進めていたこと、また他社も他の宇宙船や衛星などの開発で高い実績があることから、有力候補と見られていた。

しかし、寄せ集めであるがゆえに高コストになったものと推察される。正確なコストは明らかにされていないが、「スペースXより著しく高価(significantly higher)」とされ、ルーダーズ氏は「ブルー・オリジンと契約するには資金が足りません」と説明している。

  • NASA

    ブルー・オリジンらが提案していた月着陸船の想像図 (C) Blue Origin

ダイネティクスもまた、タレース・アレーニア・スペース・イタリア、シエラ・ネヴァダなど、米国内外の25社と連携していたが、技術や実績ではやや劣り、またコストも高く、「ブルー・オリジンの提案よりもさらに著しく高価」だったという。NASAでは「ダイネティクスの提案は全体的にメリットが少なく、HLS開発で定められた目的に多少合致しているに過ぎない」という厳しい評価を下している。

なお、この結果について、落選した両社からコメントなどは出されていない。

  • NASA

    ダイネティクスらが提案していた月着陸船の想像図 (C) Dynetics

月面着陸の時期は「できる限り早く」

アルテミス計画における最初の有人月着陸ミッション「アルテミスIII」の実施時期は、HLSの提案募集が行われた時点では「2024年」とされていた。

しかし、NASA長官代理を務めるスティーヴ・ジャージック(Steve Jurczyk)氏は記者会見で「NASAは現在、アルテミス計画全体について、スケジュールや予算を含めた包括的な見直しを行っています。現時点での目標は、できる限り早く、安全に月面に着陸することです」とし、2024年よりも遅れる可能性を示唆している。

2024年に月着陸という目標は、もともとトランプ前大統領が定めたものであり、また当初からスケジュールや予算などの面で難しいと言われていた。政権が変わったことで、現実的なスケジュールへの修正が可能になったものとみられる。

なお、アルテミスIIIにおける有人月面着陸はスペースXが実施することになるが、その後のゲートウェイを利用した継続的な月面輸送ミッションについては、今回の契約とはまた別に、競争入札による調達が行われる。この入札へは、スペースX以外も参加できることから、今回選定から漏れたブルー・オリジンやダイネティクスなども参加は可能だが、NASAからの開発費の提供はないため、スペースXよりもハードルは高い。

一方、スペースXにとっても本当の正念場はこれからとなる。スターシップはまだ宇宙へ飛んでおらず、想定内とはいえ飛行試験では爆発を繰り返している。それを打ち上げるスーパー・ヘヴィは、まだ1mmも飛び上がってすらいない。

今回、NASAが月着陸船にスターシップを選んだということは、巨大な機体でありながら完全再使用で超低コストというその荒唐無稽なコンセプトに、一定の期待と信任を与えたことになる。はたして、スペースXはそれに十分に応えることができるのだろうか。

  • NASA

    飛行を待つスターシップの試作機SN11 (C) SpaceX

参考文献

NASA Picks SpaceX to Land Next Americans on Moon | NASA
Starship to Land NASA Astronauts on the Moon - SpaceX - Updates
option-a-source-selection-statement-final.pdf
NASA to Announce Selection of Human Lander for Artemis Moon Mission | NASA
SpaceX - Starship