米国航空宇宙局(NASA)は2021年4月17日、有人月探査計画「アルテミス」で使用する月着陸船に、スペースXが開発中の巨大宇宙船「スターシップ」を選定したと発表した。

開発が順調に進めば、2024年以降に予定されている半世紀ぶりの有人月着陸で使用。さらに、その後の月探査でも継続的に使用される可能性がある。

  • NASA

    宇宙飛行士を乗せて月に着陸したスターシップの想像図 (C) SpaceX

アルテミス計画

アルテミス(Artemis)計画は、NASAが進めている有人月探査計画で、実現すればアポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類が月に降り立つことになる。

また、月へ行って帰ってくるだけだったアポロ計画とは異なり、アルテミス計画では水(氷)があるとされる月の南極を拠点に、何回も繰り返し、継続的に探査し続けることを目指している。さらに性別や人種の区別なしに、多くの人が初めて月に降り立つことにもなっている。

そして、アルテミス計画のもうひとつの特徴が民間企業の存在である。すべて国が主導したアポロとは異なり、アルテミスは民間企業と密接に協力して進めることになっている。

たとえば、宇宙飛行士が乗る宇宙船「オライオン」やロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の開発や運用、月周回軌道に建造する宇宙ステーション「ゲートウェイ」の開発はNASAが主導するが、月着陸船の開発や、ゲートウェイのモジュール(部品)の打ち上げ、物資の補給などは民間が担う。

これにより、コスト削減や民間の宇宙ビジネスの振興を狙うほか、NASAは浮いたリソースを、より将来の有人火星探査などに投じることができるという狙いもある。

NASAは2020年5月に、このうち月着陸船(HLS)の開発について、大富豪ジェフ・ベゾス氏が率いるブルー・オリジン、防衛・航空宇宙企業のダイネティクス、スペースXの3社と契約。それぞれに資金が与えられ、検討が進められることになった。

そして今回、その検討を審査した結果、スペースXが選ばれた。契約額は28億9000万ドルで、HLSの開発のほか、月面への無人、有人両方での飛行実証ミッションの実施費用も含まれる。

  • NASA

    アルテミス計画における月面探査の想像図 (C) NASA

月面着陸仕様のスターシップ

スペースXがHLSに提案したのは、現在開発中の巨大宇宙船「スターシップ(Starship)」の月面着陸仕様の機体である。

スターシップは、直径9m、全長50mの巨体が特徴の宇宙船で、さらに巨大なロケット「スーパー・ヘヴィ」で打ち上げることで、地球低軌道に100tのペイロード、もしくは100人の乗客を運ぶことができる。

また、軌道上で推進剤の補給を受けることで、月や火星にも100tの物資を運ぶことが可能。さらに、スターシップもスーパー・ヘヴィも完全再使用が可能で、1回あたりの打ち上げコストは約200万ドルと、破格の安さを目指している。

実現すれば、スペースXが構想している月や火星への人類移住計画の要となるばかりか、あらゆるロケットを性能面、コスト面で時代遅れにする、まさにゲーム・チェンジャーな宇宙船になる。

  • NASA

    スターシップとスーパー・ヘヴィの想像図 (C) SpaceX

もっとも、アルテミス計画におけるスターシップは、あくまで月着陸船という目的でしか使われない。そのため地球からは無人で打ち上げ、また地球に帰還することもない。そのため、HLSへの提案にあたっては、月周回軌道と月面との往復、そして月面への着陸や滞在に特化した設計に変更されている。

たとえば、もともとのスターシップは、火星や地球への着陸時に必要となる巨大な翼を装備しているが、月では不要であることから取り外されている。また機体上部の側面には、月面への着陸、そして離陸のための小型ロケットエンジンを追加。さらに、宇宙飛行士が月面に降り立つための2つのエアロックももつ。

現時点では、まずNASAのSLSを使い、4人の宇宙飛行士が乗ったオライオン宇宙船を打ち上げ、数日間かけて月周回軌道に到達。その後、2人の宇宙飛行士がスターシップに乗り換え、月面に着陸。そして月面を約1週間探査したあと、スターシップに乗って月軌道に戻り、オライオンと待機していた他の2人の宇宙飛行士と合流し、4人はオライオンで地球に帰還するという計画になっている。

NASAの有人探査・運用ミッション部門の副部門長を務めるキャシー・ルーダーズ(Kathy Lueders)氏は「この契約により、NASAとスペースXは、21世紀初の有人月面ミッションを実証し、そして女性の平等と長期的な新宇宙探査に向けて一歩前進することになります。この“大きな一歩”により、人類は継続的な月探査への道を歩み、そして火星など太陽系の他の天体でのミッションも視野に入ってきます」と語った。

またスペースXは、「NASAと私たちは、米国の有人宇宙飛行の自律性を取り戻すことに成功するなど、大胆で革新的なパートナーシップを築いてきました。こうした実績と、長年にわたる緊密な技術協力を活用して、月への帰還を目指します。そして、火星やさらに先への有人探査の基礎を築いていきます」とコメントしている。

スペースXはスターシップの開発を急速に進めている。すでに2020年1月以降、試作機を10機製造し、そのたびに生産性や完成度が向上。また、スターシップに使われるロケットエンジン「ラプター」もすでに60基以上製造し、試験しており、567回の燃焼試験により、合計約3万秒の試験時間を達成している。また、高度150mへの飛行試験を2回、高度約10kmへの飛行試験も4回実施している。

さらに、スターシップを打ち上げるためのスーパー・ヘヴィの試作機も、現時点で5機の製造が進んでいるとしている。

  • NASA

    スターシップの試作機「SN11」の飛行の様子 (C) SpaceX