STMicroelectronicsは3月5日付で、フランスの高耐圧GaNパワーデバイスサプライヤであるExagan買収を発表したが、それ以外にもこの数カ月、GaNやSiCを用いた次世代パワー半導体の強化に集中的に取り組んでいる。従来より活用が進む宇宙航空、通信、産業向けに加えて急成長が期待される車載向けを充実させる狙いがあるようだ。
以下、時系列別にSTMicroelectronicsの動きを見ていってみよう。
2019年12月
1億3750万ドルで買収したスウェーデンのSiCウェハメーカーNorstelの買収を完了、完全子会社化。SiCウェハのトップサプライヤである米Creeと、かねてより締結していた長期購買契約を5億ドル以上に拡大。
2020年1月
ローム傘下の独SiCrystalが製造するSiCウェハを今後数年間にわたって調達する契約をロームと締結。世界的なSiCの需要増に対して供給能力がタイトになってきており、ウェハの安定調達を図ることが目的。STMicroelectronicsはロームにとってSiC分野での競合企業であるが、なかなか期待通りに急成長しないSiC市場のパイを広げて需要をさらに喚起する必要があったのだろう。
2020年2月
GaNを用いたパワー半導体の安定供給に向けてTSMCと協業する契約を締結。TSMCにGaNデバイスの製造を委託し、2020年後半よりディスクリートGaN製品のサンプル出荷を開始し、その後、GaN ICの供給も始めるとしている。これについて同社は「フランスのツール(tours)工場でフランス政府系研究機関CEA-Letiと共同開発を進めているパワーGaNデバイスへの取り組みを補完するものである」とコメントしている。GaNの需要が増加してきて、自社工場での少量生産では供給が間に合わなくなることを見越してTSMCとの提携を決めたようだ。TSMCにとっても、シリコンだけではなく、GaN/SiCの非シリコンデバイスを手掛けることで将来に向けて事業拡大を期待できるという。
2020年3月
フランスのGaNパワー半導体サプライヤExaganを買収することで合意。STは、フランス規制当局の承認を待ってExaganの株式の過半数を取得する。買収額など詳細は未発表である。グルノーブルに拠点を構えるExaganは、フランスのSOIウェハサプライヤSoitecとフランスの政府系研究開発機関CEA-Letiからスピンアウトした技術者が2014年に設立したGaNパワーデバイスに特化したベンチャー企業で、200mm(8インチ)のGaN-on-Siウェハを用いた耐圧650VのGaN FETやGaNデバイス用のゲートドライバーICを供給している。
STMicroelectronicsがGaNに注力する背景
STMicroelectronicsは1996年、SiCパワーMOSFETとSiCダイオードの開発を開始したが、その後、GaNも手掛け、現在は、ノーマリーオフ型の100V耐圧や650V耐圧GaN HEMT製品などを提供している。
GaNやSiCを用いた次世代パワー半導体は、従来のSiを用いたパワー半導体に比べて、電力損失を低減しつつ、高速スイッチング動作も可能にする特長を備えており、「Si MOSFETからGaNパワーデバイスに置き換えることで電力損失は60%カットできる」と同社では説明している。
STのGaN製品は、航空宇宙、通信、産業機器といったさまざまな分野で、アダプタ(PC、携帯型機器、USB電源アダプタ、ワイヤレス充電器)、力率補正回路(PFC)サーバ、DC-DCコンバータなどの幅広い用途に活用されている。さらに、同社は電気自動車向けオンボード・チャージャやマイルドハイブリッド車向けDC-DCコンバータなどの車載機器を対象としたGaN製品も開発するなど、車載向け製品開発に注力しており、GaN、SiCともに適用アプリケーションの拡大に向けた市場開拓を積極的に推し進めている。
なお、同社は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けている欧州を拠点にしているが、フランスでは2つの多数派労働組合との間でフランスにおける半導体生産に従事する人員を半減することに同意し、3月19日から4月2日までの間、半導体を減産していると欧米の複数のメディアが伝えている。組合は労働者の健康を守るため、労働者の有給休暇取得を要求していたという。STでは、新型コロナウイルスの感染拡大の状況によっては減産の期間を延長するという。残フランス政府は、工場労働者は1m以上離れて作業することを求めているため、その距離を確保できない工場では労働者の数を削減せざるを得ない状況にあるという。